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第164話 小群島での戦い

 レゼルとシュフェルはヴィレオラを追いかけて、死霊兵の小隊へと突入していった。

 彼女たちと別れ、俺も戦況を把握しつつブラウジと合流しようと急ぐ。


 上空で繰りひろげられる騎士団と死霊兵たちとの空中戦。

 ヴィレオラはレゼルたちから逃げつつ『冥門(めいもん)』の操作に専念しているようで、再びめまぐるしく門の開け閉めが行われている。


 手駒は死を恐れぬ軍団なので、わずかでも騎士団の陣営の内部に隙間ができようものなら、躊躇(ためら)うことなく『冥門』をひらいてくる。

 生きた人間であれば敵陣のど真んなかにでたところですぐ袋叩きにされてお終いだろうが、不死の軍団ならそうはいかない。


 斬っても殴っても倒れないのでいつまでもそこに居座りつづけ、騎士団の陣営はかき乱される一方である。

 今はまだ兵の総数でこちらが上回っているので持ちこたえているが、このまま敵兵が増えればいよいよ騎士団は危うい!


 俺はなんとか現状を打破できないかと周囲を見まわした。

 そして、()()を見つけたのであった。


「! あれは……」


 今、騎士団が戦っている位置からほど近いところ。

 シャティユモン本島の領空上に、小さな浮き島の集まり――『小群島(しょうぐんとう)』があった。

 大小さまざまな小島が、数十から数百個ほどのまとまりをもって群がっている。


 そこを拠点にして戦えば少なくとも自軍の直下に『冥門』をひらかれることはないし、群島に視界を(さえぎ)られるのでヴィレオラも今ほど自由に『冥門』を展開できなくなるはずだ。

 ヴィレオラに隠れる場所を与えることにもなりうるが、『冥門』のひらかれる位置から彼女の所在を逆算することもできるかもしれない。


 ……事態はレゼルたちがヴィレオラを倒すのが先か、騎士団の一般龍兵たちが殺戮(さつりく)されて軍が壊滅に陥るのが先かという様相を呈してきている。

 俺たちはなるべく兵士たちが死なないように対策を練り、迅速に軍を動かさなければならないのだ。


 俺はブラウジのもとにたどり着くと、すぐに彼に提案した。


「ブラウジ!

 あそこの『小群島』に移動して、あのなかで戦おう!

 レゼルたちがヴィレオラを捕まえるまでの時間を稼ぐんだ!」

「! なるほど、あそこなら持久戦にはもってこいじゃナ。

 皆の者、小群島へと移動して態勢を整えるのじゃ!!」

「「おおっ!!」」


 ブラウジの指令により、騎士団は戦いながら小群島のなかへと逃げこんでいく。



 俺たちが小群島にたどり着くと、そこにはゴツゴツとした岩肌が剥きだしの大小さまざまな小島が浮かんでいた。

 小島はせいぜい龍数匹分の小さなものから、大きなものだと街がまるまるひとつ建つほど大きなものもある。


 こういった小群島はさまざまな要因によって発生すると言われている。

 火山の噴火で噴きだされた溶岩が空中で冷めて岩となったもの。

 もともとはひとつの大きな島だったものが、島としての寿命が尽き、崩れてバラバラとなったもの……。


 とにかく俺たち騎士団員は、そうしてできたと思われる小群島のなかへと逃げこんだのである。



 数個の小隊ごと島に着陸し、陣形を整えなおして、追いかけてきた死霊兵たちを迎えうつ。


 やはり地に足を着くだけで、敵の攻めてくる方向は単純計算で上半分のみとなる。

 どっしりと構えて敵兵と戦えるようになったようだ。


 しかも、期待していた以上に島が密集しており、見通しが悪い!


 これならさすがのヴィレオラも今までのようには自由に『冥門』を展開することはできないはずだ。

 必然的に、『冥門』が多くひらかれている地帯のそばに奴は潜んでいるということになる。


 ……しかし、この俺の読みは大いにはずれ、裏目にでることとなるのであった。



 死霊兵たちとともに小群島のなかへと足を踏みいれたヴィレオラ。


「ククク、それでわたしの目から逃れたつもりか?

 その程度の小細工でわたしの死霊兵たちから逃れることはできぬぞ!」


 そう言うと、彼女は自身が乗っている屍龍(しりゅう)と『共鳴』しはじめた。


 ヴィレオラの共鳴音はひと言で表せば、(はえ)の羽音のような音。

 低く耳障りで、聞いてるだけで生理的な嫌悪感をもよおす。


 だが、そのくぐもった低音にも(ふし)があり、あたかも土中の亡者たちがいっせいに歌声をあげているかのよう……!


八叉骸(アクライヒナム)


 ヴィレオラが戦場に開けた八つの冥門から、頭蓋骨が飛びだした。


 頭蓋骨はそれぞれ宙を舞い、不気味な笑みを浮かべながら戦場を見まわしている。

 そして、ヴィレオラの眼が赤く妖しく光るとともに、空っぽであるはずの頭蓋骨の眼窩にも、赤い光が宿った。


「さぁ、血肉を求めてさまようだけの哀れな亡者どもよ。

 お前たちが働けば褒美(ほうび)として、生きた血肉を好きなだけ食らわしてやる!」


視髄共有(オウジェクチュア)』!!


 頭蓋骨たちの視界は決して明瞭なものではなく、色を識別することも不可能。


 だが、生きた人や龍の姿だけは、たとえ障害物の向こう側にあっても捉えることができる。

 命あるものは赤く光って見えるのだ。

 それは生きた肉体をもつ者に対する羨望(せんぼう)の表れであるのと同時に、自身が喰らう血肉を探しもとめるちからでもあった。


 そしてさらに恐ろしいのは、それらの頭蓋骨たちが見ている視界を、ヴィレオラが八つ同時に共有できることなのである!



 なんということだろう。


 この小群島に入って、ヴィレオラの『冥門』による兵の輸送は支障がでるどころか、その采配(さいはい)はますます冴えわたっている。

 奴の居場所を特定するどころか、かえって死角を増やし、身を隠す場所を提供してしまう結果となってしまった。


 騎士団に打つ手はなく、このままでは不死の軍団に押しつぶされてしまう!



 レゼルは乱戦場となった小群島のなか、敵兵を滅しながら懸命にヴィレオラを追いかけていた。


 ――これだけ敵味方が入り乱れてしまっては、私の『季節風(セスタニエ)』でも味方を支援することは難しい。

 でも、こうしてヴィレオラを追いかけまわしているあいだにも、皆の命は奪われていく。

 いったいどうすればいいの……!?


「ハァッ、ハァッ……!

 クソッ、コイツらいったいどんだけウジャウジャ湧いてくんだよ……!?」


 シュフェルも戦いながらヴィレオラを追いかけていたが、彼女はすでに疲弊(ひへい)し、肩で息をしていた。

 しかし彼女たちがどれだけ必死に戦っても、死霊兵の数は減るどころかむしろ増えていく一方である。



 ヴィレオラは死霊兵の群れのなかに身を潜め、レゼルたちが苦しむ姿をあざ笑っていた。


「ククク、どれだけ戦おうが無駄だよ。

 わたしの手駒は今までにこの世界で死んで冥府に行った人間、すべてなんだからな!」



 かつて遭遇したことのない敵の出現に、誰もが絶望した。

 生者へと向けられる底なしの悪意に、皆が苦しめられた。


 ……騎士団が苦境に立たされるなか、戦場に降りたつ龍騎士が、ひとり。

 その柔らかな茶色の瞳に映るのは、この世の(ことわり)に背いて(うごめ)く死霊の兵士たちである。


「あらあら、わざわざよその世界からやってきて大暴れだなんて……。

 どうやらここは、私の出番みたいですわね」




 次回投稿は2023/9/11の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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