第161話 死へと誘う黄泉の騎士
前回の場面の続きです。
◇
「前方で第一軍が交戦しているようだぞ!
取りかこまれているようだ、急げ!!」
指揮官の号令のもと、第二軍は本軍に加勢しようと龍を急がせた。
龍たちの翼が空をはたく音が、兵士たちの戦意をも高揚させる。
……しかし、先を急ぐ第二軍の鼻の先に、再び大きな『門』が口をひらこうとしていた。
龍を急がせていたところに突然『門』がひらいたので、とまりたくともとまれない!
「とまれえええぇっ!!」
「押すな!」
「うわあああっ!」
後続の兵士たちにぶつかって押され、指揮官をはじめ主要な幹部を含む何人かが、『門』のなかに飛びこんでいってしまった。
「かっ……はっ……!」
「グアァウッ!」
「あ゛あ゛あ゛ぁっ!!」
『門』のなかに入った人と龍は即座に苦しみだし、首を押さえ、全身の穴という穴から血を噴きだしはじめた。
――『瘴気』。
冥界に満ちるという『死』の空気。
生きた者にとっては猛毒であり、肺の奥まで吸いこめばたちどころに死にいたる。
一方で、現世における『自然素』にあたるものでもあり、死霊たちの動くちからの源となる。
騎士団の第二陣は早々に指揮官を失ったばかりではなく、玉突き状に兵士たちがぶつかりあい、大きく隊列が乱れた。
前に進もうとしていた軍隊のど真んなかに楔を打ちこまれたかたちである。
第二軍が大混乱におちいる最中、『門』のなかから悠々と姿を現したのは……。
当然、屍の龍に乗った死霊兵の軍勢である。
「ツァっ、ツァイス司令官……!」
戦闘の死霊兵の口には、先ほど『門』のなかに入ってしまった第二軍の指揮官の首がくわえられていた。
『オ゛オ゛オ゛ォ……』
死霊兵たちはおぞましいうめき声をあげながら、浮き足立ってしまった第二軍の兵士たちに襲いかかった!
再び、本軍の戦況へと戻る。
瞬く間に苦境に陥る騎士団だが、当然、この危機にレゼルとシュフェルが動かないわけがない!
『旋風』!!
『放雷』!!
空の戦場を斬りさくように、龍の御技が炸裂する。
彼女たちの技に巻きこまれた死霊兵たちは、ひとたまりもなく消滅して空の塵へと帰した。
自然素による攻撃は有効と見たレゼルは、シュフェルへと指示をだした。
「シュフェル!
龍の御技であの『門』を潰せるかどうかはわかりませんが、ともかく敵兵の出どころを断ちに行きましょう。
私は右斜め前方の『門』に行きます。
シュフェルは左下方の『門』へ!」
「りょーかいっ、姉サマ!」
こうして、彼女たちは各々に『門』を目指して向かった。
敵兵の出どころが明らかなので、そこを叩けば効率的に敵の数を減らすことができるはずだ。
しかし、彼女たちが『門』に近づいていったところで……。
「!?」
目の前にあった『門』は閉じてしまった。
通過する途中で閉じられてしまった死霊兵のからだが空間ごと断絶され、こちらの空間に残った部分が無限の空へと落ちていく。
代わりに、遠く離れたところで新たな『門』がひらかれ、そこからまたあふれるように敵兵が湧いてくる。
よくよく見れば、ほかの『門』もあちこちで閉じたりひらいたりして移動している。
こうすることで敵兵たちは俺たち騎士団に的を絞らせず、効率よく包囲することができているのだ。
死霊兵たちの凶暴さとは裏腹に、その敵軍の展開の見事さはただ闇雲に『門』をひらいているわけではない。
騎士団の動きを読み、着実に軍の急所を狙う切れ者の仕業だ!
……そしてついに、その者は現れた。
新しくひらいた『門』のひとつから姿を見せたのは、この醜悪な死霊兵たちのなかにあって驚くほどの麗人。
銀の髪……いや、レゼルと比べればはるかに白に近い。
瞳は水晶のように青いが、その瞳孔は死者が生者に抱く羨望と憎しみのように黒く塗りつぶされている。
そして、またがる龍はすべて骨だけになっていたが、ほかの屍の龍たちと比べてはるかに大きく、骨格も禍々しく変形していた。
『屍龍』として区別すべき、破格の個体である。
偵察兵たちの命懸けで得た情報により、その者の存在は知れていた。
だが、俺たちは実際に彼女を目のあたりにして、初めてそのふたつ名の由来を知ることとなる。
彼女は驚愕の表情を浮かべるレゼルたちへと向けて、語りかけた。
「ククク、そんなに亡者を虐めようとするなよ。
そうそう無くなるものじゃないが、わたしの手勢がもったいないだろ?」
五帝将、『冥門』ヴィレオラ!
死を操り、生者を死へと誘う黄泉の龍騎士である。
次回投稿は2023/8/30の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




