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第157話 影撫での国

 俺たちはシュフェルの訓練に付きあったのち、騎士団が駐屯している基地へと戻った。

 すでに陽は沈み、これから夜を迎えようという時刻にさしかかっている。

 基地のなかではポツポツと明かりのための篝火(かがりび)が灯されはじめていた。



 ルペリオントの領空に設営された翼竜騎士団の駐屯基地。

 五万におよぶ大軍勢の基地ではあるが、深い森のなか、さらに周囲を険しい崖に囲まれており、島の外から基地の所在を把握することは容易ではない。

 迫る帝国軍との戦いに備え、兵士たちは鍛錬を積み、武具を磨きあげ、ちからを高めていたのであった。

 

 さて、その駐屯基地の中心部では大テントが広げられ、此度(こたび)の軍事会議が開かれようとしていた。


 翼竜騎士団の幹部たちが大テントのなかへと召集されていた。

 レゼルをはじめとした旧来の幹部衆に加え、現在では各国の志願兵の代表者たちが加わり、俺が騎士団に加入したころと比べてずいぶんとにぎやかになったものだ。


 識者も増え、ともすると議論があさっての方向へと進んでしまうことだろう。

 そうならぬよう、ブラウジが威厳をもって会議の開催を宣言し、しっかりと手綱(たづな)をしめる。


「さて、騎士団の幹部衆および各国の代表者たちよ!

 今夜はよくぞ集まってくれたのう。

 皆の奮戦により、とうとう帝国本国を目前とするところまで軍を進めることができたゾ」


 ブラウジは会議の参加者たちの顔をゆっくりと見まわし、()()をつくった。


「じゃが、ほんとうの戦いはこれからじゃ!

 ワシらの目標は悪しき帝国をうち倒し、レゼル様が理想とする争いなき世界をつくること。

 生まれ育った国は違えど、その志を同じくするからこそ、ここまでともに戦ってきてくれたはずじゃ。

 皆の者、そうじゃな?」

「「おおっ!!」」


 参加者たちは各々(おのおの)に賛同の意をあらわし、士気の高さをうかがわせている。


 期待どおりの反応に、ブラウジは満足げにうなずく。

 ……しかしそこで、彼は再び表情を硬くひき締めた。


「間もなく各協力国の準備が整い、帝国への総攻撃が始まる!

 じゃが、その前にもうひとつだけ、我々でやらねばならぬことがあるのじゃ。

 ……グレイス、続きを頼むゾ」

「ああ、任せてくれ」


 俺はブラウジの指名を受け、皆の前にでた。


 ――帝国に向けて進軍しながら、支配されている各国を解放。

 味方となる国を増やして帝国を包囲するという作戦は当初の予定どおり。

 ファルウルやヴュスターデといった大国の協力も取りつけ、ここまでは非常に順調にきていると言っていい。


 ……だがブラウジが言ったとおり、連合軍が集結し、世界をひっくるめた大戦が始まる前に、どうしても俺たちでやっておかねばならないことがあるのだ。

 俺は世界の島々の配置図を指ししめしながら、述べた。


「帝国最直近の国、シャティユモンさ。

 この国を先に制圧しとかないと、俺たちは帝国攻撃の真っただなかに裏を取られちまうんだよ」


 ――『影撫(かげな)での国』、シャティユモン。


 神聖軍事帝国ヴァレングライヒの真下にあり、常にその影に撫でられている国。

 帝国最直近の国にして、純然たる属国である。


 俺たちの味方をすることはとうてい考えられず、無視して帝国本国に攻め入ろうとしても背後から挟みうちにされてしまうことは必至だ。

 帝国に攻め入るためには先にこの国を制圧し、無力化しておかなければならないのである。


 俺の説明がひとしきり済むと、とある国の参謀(さんぼう)を務める男が前にでて発言した。


「そなたの言い分は相分(あいわ)かった。

 しかし、帝国最直近の国とはいえ、所詮は小国。

 帝国本国からの援軍には注意が必要だが、落とすこと自体は造作もないのではないか?」


 俺は彼の指摘にうなずいた。


「ああ、国力的にはな。

 だが、そこはやはり帝国本国のお膝元。

 ひと筋縄にはいかない理由があるんだよ」

「ひと筋縄にはいかない理由?」


 再び、俺はうなずいた。


「……このシャティユモンは帝国五帝将がひとり、『ヴィレオラ』が縄張りにしている国なんだよ」

「「!!」」


 大テントのなかが、一気にざわついた。


 今までに五帝将の戦いぶりを一度でも見かけたことがある者ならば、その恐ろしさはよくわかることだろう。

 たとえ実際には見たことがなかったとしても、その実力の高さは世界じゅうに知れわたっているところである。


「なんと、シャティユモンには五帝将のひとりが……」

「ああ。

 ヴィレオラは五帝将の名に恥じぬ実力をもった女将(にょしょう)であるらしい。

 しかも彼女は『死霊(しりょう)の軍勢』を率いて、敵対するあらゆる勢力を蹂躙(じゅうりん)してしまうとのことだ」

「死霊の軍勢……!!」


 かつて聞いたことのない異形の存在をほのめかされ、会議の参加者たちは恐れおののいた。


 ――この世界(レヴェリア)には死者の国、『冥府』が存在することが神話として語りつがれている。


『冥界』は現世にぴたりと密接するように存在しながらにして、決して交わることのない並行世界。

 その『冥界』の地の底に広がる国が、『冥府』なのである。


 生前に罪を犯した者は死後に『冥府』へと送りこまれ、死んだのちも永遠(とわ)に罪を償いつづけることになる。

 そういった()()()()()という概念は皆の共通認識としてあるものの、死霊の軍勢などというものは、誰ひとりとして見たことも聞いたこともなかったのである。


 俺は会場のざわめきが落ちついてきたところで、話を続けた。


「シャティユモンはたしかに小国だが、五帝将がいる限り苦しい戦いになることは間違いないだろう。

 もしかしたら、今まででもっとも過酷な戦いが待ちうけているかもしれない」


 そこで、今まで会場の一番奥に座し、静かに話を聞いていたレゼルが口をひらいた。


「帝国本国にたどり着くまでの最後の難関というわけですね。

 ……しかし逆に言えば、相手方の重要戦力を各個撃破する好機(チャンス)とも捉えられます」

「そのとおり。

 シャティユモンを制圧すれば帝国はいよいよ丸裸だ。

 打倒帝国が、一気に現実味を帯びてくるぜ!」


 レゼルは深くうなずき、席を立つ。

 ゆっくりと会場の中心へと歩みを進め、それぞれの決意を確認するように、皆の顔を見まわした。


「皆さんのこれまでのご協力、心より感謝します。

 目標の実現まで、あと一歩のところまできています。今一度、私たちにちからをお貸しください!」

「「おおーっ!!!」」


 レゼルの呼びかけに呼応し、各国の代表者たちが雄叫(おたけ)びをあげる。

 ビリビリと痺れるほどの咆哮(ほうこう)が会場に木霊(こだま)し、お互いの意気をますます高揚させたのであった。




※本作では『冥界』は死者の世界、『冥府』は死者の国として用語を使いわけますが、おおむね同じものとして認識していただいて大丈夫です。


 次回投稿は2023/8/14の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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