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第155話 この空の覇者


 前回の場面の続きです。


 コトハリは『(さそり)』の針を、己の反対側の腕に突き刺した。


 ――『幻神(げんしん)(さそり)』。

 残りの寿命の五分の四を捧げることにより、異界の空の神のちからを手に入れる……!


「うおおおおぉ……!!」


 コトハリのからだのかたちが変形してゆく!


 全身の血管が浮かびあがったのち、肉が盛りあがり、骨が(きし)む音が響きわたった。

 背中から二本の骨が突きでたが、骨には毛と羽根が生え、またたく間に龍のごとき翼と化した。


 全身の皮膚を(うろこ)甲殻(こうかく)が覆い、腰からは蠍のような尾が伸びでる。

 美しかった彼の顔貌は醜くゆがみ、化けものの顔となった。


 右手ににぎっていた折れた曲刀(まがたな)は、そのまま体内へと取りこまれていく。


 彼は人間であることをやめ、人外の存在へと変貌を遂げたのだ。

 その姿は、彼がいた異界の空の神の姿。


『はああああぁぁぁ……。最高の気分だ。

 これこそが、新たな神たるこの私にふさわしい姿……!』


 ……そしてもっとも恐るべき変化は、彼が『蠱惑(こわく)の声』のちからを身につけたことだった。


 ミカエリスの『絶対服従の声』とは違い、何度でも相手に命じ、服従させることができる。

 神と化した自身より下等の生物……すなわち人間を意のままに操るちからを身につけたのだった。

 声が届く範囲の人間を、すべて支配する悪魔のごとき能力。


 コトハリは龍のごとき翼を羽ばたかせ、蠍のような尾を(うごめ)かせながら、呪いの言葉は言いはなった。


『帝国皇帝よ、我に『 ひ れ 伏 せ 』!!』


 しかし、皇帝は平然として異形の者となったコトハリへと歩みを進めた。


『……聞こえておらぬのか?

 皇帝よ、我に『 ひ れ 伏 せ 』!!』

『聞こえぬな。

 無様な毒蟲(どくむし)の鳴き声になど、耳を傾ける価値はない』


 皇帝はもっていた()()を振りかざし、さらに歩みを進めた。

 やはり、皇帝には『蠱惑の声』が作用する気配はない。


 ……オラウゼクスは、レゼルたちにひとつ伝え忘れていたことがあった。

 いや、正確には死を間際にして、わざわざ伝える必要がないと判断されたのだ。

 五帝将のなかにはただひとり、()()()()()()()()()()()がいたのだということを――。



 ――なぜ、私の命令が通じない!?


『ならば、ちからに物を言わせるまで!

 帝国皇帝よ、今日で貴様もお終いだ!!』

『安心しろ。

 わざわざ剣を交えるまでもない。

 すでに()()()()()()のは、貴様のほうだ』

『……なにっ!?』


 コトハリが気づいたとき、すでに彼は身体のあちこちが欠損していた。

 片方の腕や足、胴や尾。

 身体の各所がくり抜かれていた。


 ……いや、くり抜かれたという言い方ではあまりにも生やさしい。

 まるで最初からそこには存在していなかったかのように、完全に肉と骨が消失していた。


 ――馬鹿な! いったいいつの間に……。

 私はいったい、何をされたのだ!?


 コトハリは自身に起こった出来事をなにひとつ理解できず、混乱に陥っていた。

 身体を半分以上欠損して意識を保っていられることこそが、皮肉にも彼が人外の存在へと到達した唯一の証明であった。


『ぐっ……、ぐっ……、ぐああああぁぁぁ!!』


 遅れて、残されたコトハリの身体に激痛が走った。

 中途で切断された肉体の断面で生じる痛みだけではない。


 魂ごと刈りとられたことによる、精神の苦しみ。

 それはおよそ、ひとりの人間が生涯において味わうことなど、不可能なほどの痛みと苦しみであった。


 肉体と精神の苦しみに(もだ)え、死にゆくコトハリの姿を眺めながら、シュバイツァーはつぶやいた。


「哀れだな、コトハリ。

 その異形の姿から異界では神として崇められた存在なのだろうが、所詮は()()()()

 今のお前では、皇帝陛下の御技(みわざ)の真髄を見極めることなどできはすまい」


 ――下等生物だと……!?

 この神たる私の姿を見て、下等生物だと抜かしたのか、コイツらは……!


 許せぬ!

 たとえ我が身が滅ぼうとも、貴様らを地獄に引きずりこんでやる……!!


五月蠅(うるさ)いぞ。

 貴様は魂まで残すことなく消滅するがいい』

『うああああぁぁぁ!!』


 コトハリは、闇に飲みこまれた。

 欠片すら残すことなく、コトハリは存在ごと消滅した。

 彼が消滅したあとには、ただ何もない空間が存在するのみ。


 ――人間だったころのコトハリは、たしかに男としては驚くほどの美貌の持ち主だった。

 だが、それはあくまでも人間の領域での話にすぎない。


 窓から射す光が、帝国皇帝の姿を照らしだした。

 長く艶やかに垂れる髪は闇夜を思わせる(けし)(むらさき)


 黒曜石のように輝く漆黒の鎧に身を包み、男女の枠を超えて人間を(とりこ)にする顔貌の美しさはまさしく、神格に属する者と言わざるをえなかった。

 そして生きとし生けるものすべての頂点に立つ存在である彼の尊厳(そんげん)さは、見る者すべてを魅了すると同時に、恐怖のどん底へとおとしいれた。


「……美しい。

 皇帝陛下、やはりあなたはすばらしい。

 まさしくこれぞ、神の御姿(みすがた)……!」


 皇帝の立ち姿を見たシュバイツァーの頬を、ひと筋の涙が伝った。

 彼は帝国皇帝に心酔し、その身のすべてを皇帝に捧げることを誓った男だった。


 ……まさしく、皇帝の言葉は神の託宣そのものにほかならない。


『我こそが神である』


 ――帝国皇帝、デスアシュテル!!

 彼こそが皇帝にして闇の龍神、絶対無二の神の存在なのであった。




 第三部、完結です。


 第四部は作成完了済み、現在は第五部を鋭意作成中です。

 ご好評いただけるかはわからぬのですが、第四部は第三部を上まわる文字数・熱量をもって書きあげたつもりです!

 ひきつづき、本作をよろしくお願いいたします!


 第四部『冥府の王』。

 1週間おやすみをいただいたのち、2023/8/6の19時予約投稿から、スタートです!

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