第148話 頂のその先
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――『月の楼宮』で、ぶつかり合うちからとちから。
勝負は互角。
……いや、レゼルとシュフェルがこれほどの技を放ってもなお、わずかにオラウゼクスが優勢であった。
しかし、決して負けはすまいと、彼女たちはちからを振りしぼる。
全身をさいなむ痛みと疲労に、必死に耐えながら。
オラウゼクスもまた、剣をにぎる手によりいっそうのちからを込める。
――これほど満ちたりた瞬間は、今までの自分の人生のどこを切りとっても、なかった。
……彼の脳裏に、今までの生きざまが走馬灯のようによみがえった。
この広い空には十数の国々と、大小あわせて数千数万にもおよぶ島が浮いていると言われている。
そんな数多くの島のなか、どの国にも属さない小さな島で、オラウゼクスは生まれた。
その小さな島には、村がひとつあるだけである。
突然変異ともいえる個体群なのか、生まれつき強靭な肉体をもち、幼少になるころには驚くほどの戦闘力をもつようになる民族。
はるか遠い昔には王直属の騎士としてとある国で重用されていたこともあるが、そのあまりに強大すぎるちからを恐れて追放されて以来、ひっそりとその小島に住みつづけていた。
龍御加護の民と同様、龍との親和性が強く、龍と心を通わせる者も少なからずいた。
彼らは龍の鼓動を『共鳴』させることよりも、龍のように強靭な肉体をもつことに特質が色濃くあらわれた民族ではあったが。
だが、まだ帝国の大規模侵攻が始まるよりもはるかに昔、オラウゼクスが言葉もままならぬ稚児であったころのこと。
その小村すらも、彼らの秘めたるちからを恐れた近隣国が総力をあげて滅ぼしにかかり、村は焼きつくされ、住人たちも皆殺しにされる。
オラウゼクスと、彼を連れて逃げだすことに成功した母親のふたりを除いて。
ふたりは幸運にも、とある国の小さな街に流れつき、心優しき住人にかくまってもらうこととなる。
残念だが、オラウゼクスが物心ついたころには母は病死してしまったが。
母が亡くなってほどなくして、彼はその家をでた。
彼は母親から、自分たちが誇り高き民族であること、故郷を滅ぼした国への恨みを聞かされつづけてきたが、正直彼にはどうでもいいことであった。
彼が旅にでた理由は、純粋なる強さへの興味。
野盗を返り討ちにしては物資を調達し、独力で戦いかたを学び、戦いの場を求めて諸国を巡った。
強くなるごとに、彼は戦場で命のやり取りを交わすことに快楽を覚え、ますます戦いに魅了されていった。
独力ながらみるみる強くなっていく彼が、気がつけば単身で故郷を滅ぼした国をも滅ぼし、自身と同等以上のちからをもつシュバイツァーや帝国皇帝と合流するのは、自然な成り行きであった。
善悪などどうでもよい、戦う場所さえそこにあれば。
彼は帝国の大規模侵攻において、如何なくそのちからを発揮し、五帝将の座についた。
……だが、いつのことからだろうか。
戦うことに面白みを感じられなくなってしまったのは。
オラウゼクスが強くなれば強くなるほどに、戦いの楽しみが減っていく。
彼はあまりにも強くなりすぎてしまっていたのだ。
さらにその後、帝国が世界を統一して均衡にいたり、戦いの場すら失われてしまうこととなる。
日常を退屈が支配し、彼は強者を求めてまた世界を放浪するようになった。
生きる楽しみのない空は、日に日に色あせていった――
オラウゼクスとレゼルたちが激突し、一進一退のせめぎ合いが続いていた。
ちからがほぼ互角である今、勝敗の行く末は彼と彼女たちの心の在りかたに委ねられていた。
今、オラウゼクスは目の前の敵を相手に全身全霊で対峙している。
彼が自身の限界に向きあうことなど、彼の生涯においていまだかつてなかったことかもしれない。
これほど心わきたつときを、どれだけ待ちわびていたことか……!
――『強さ』の真の頂を見る……!
レゼルとシュフェルもまた、オラウゼクスに負けまいと限界までちからを振りしぼっていた。
すべては、彼女たちの目標を実現するために!
――私たちは『夢の国』をつくる!
閃光に包まれてせめぎ合う混然一体の風雷と、極電圧の雷電。
轟音でかき鳴らされるのはオラウゼクスが求めた極彩色の調べ。
――だが、『強さ』を極めたその先に、いったい何がある?
極限の命のやり取りのなかで、
――すべての人たちが幸せに暮らせる『夢の国』をつくるんだ!!
交錯する想い。
……そして勝負は決着がつき、静寂が訪れた。
次回投稿は2023/7/6の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




