第147話 らしくない賭け
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――よくやったぞ、ティラン……!
この状況なら私でも奴に近づける!
コトハリの操作が失われた光球の群れの合間をかいくぐり、アレスとその龍が標的へと迫る。
アレスたちはコトハリと同じ高さまで空中庭園の壁を駆けのぼると、そこからコトハリに向かって飛びかかった!
「ぐっ……!」
途中、光球がアレスや龍の身を削る。
光球の熱が身を焦がし、痛みが全身を駆けぬけるが、それでもアレスたちは前進をやめない。
アレスの標的はただひとつ。
槍は途中で切断されて短くなってはいたものの、彼は槍を投擲するかのごとく上体をそらし、龍の勢いと全身の強靭な筋力を槍先の一点へと集約させた!
『破突槍』!!
――コイツ、『万射の鏡』を破壊するつもりか……!?
コトハリは瞬時にアレスの考えを悟った。
……アレスは先ほどガレル、ティランと光球を撃ちかえしたとき、その現象を目のあたりにしていた。
斜角で入射したふたつの光球は同じ射出角で反射されていったが、真正面から入射した光球は反射されずに受けとめられて、消滅していたのだ。
光球がひとつだけ消滅したのを見て、アレスはこう考えた。
その現象はすなわち、ちからの『反作用』。
ちからの『向きの反射』は鏡の表面でのみ行われており、反対向きに行きかうちからが内部でうち消しあった結果、光球は消滅したのではないかと。
つまり、反転しているのはちからの向きであって、物体そのものが反転しているわけではないのだ。
また、ルナクスはアレスにこうも言っていた。
「『満月の盾』と『万射の鏡』はまったく異なる効果をもつ盾だが、その本質はよく似ている」
「『満月の盾』は無形のちからを吸収する盾。
物理攻撃に対する『絶対防御』は、物体に働くちからを吸収することで成されている」
――諸々の神具はたしかに、この世を支配する自然法則の、理の外にある存在。
だが、それぞれに『理論』と『理屈』はあり、神具自身はその規則を破ることができないのではないかと、アレスはこう考えたのだ。
……光球は、自身の内部のちからがうち消しあい、消滅した。
では、槍を介してアレスがちからを加えつづければどうなるだろうか?
槍先の一点を、寸分の狂いもなく鏡に垂直に撃ちこむことができたなら……!
『万射の鏡』にも、物理的破壊作用を与えることができるかもしれない。
……以上はすべて、アレスの仮説にすぎない。
やはり神具は人智を超えたもので、人と龍が破壊することなど不可能なのかもしれない。
槍が破壊されるどころか、自身のちからでアレスが滅ぶことすらありうる。
それでももし、わずかにでも可能性があるのなら。
――賭けごとなど自分らしくもない。
だが、一縷の望みでもあるのなら、己のすべてを懸けてみせようではないか!
コトハリもまた、自身が保有する『万射の鏡』に唯一、打破されうる方法があることを熟知していた。
――だが、たとえ垂直に撃ちこむことができたとしても、『万射の鏡』が誇る硬度は人間ごときのちからでとうてい突きやぶれるものではない!
まして、動く龍に乗った状態で斯様に正確無比な一撃を繰りだすことなど不可能。
わずかにでも角度がずれれば槍の刃先はあらぬ方向へと弾かれ、体勢を崩したところを曲刀で斬りふせる!
コトハリは自身の勝利を確信し、曲刀を構えた。
しかしアレスもまた、自身の技を信じていた。
たゆむことなく鍛錬を積んできた日々と、もって生まれしこの恵まれた体躯を。
今活かさずして、いつ活かすというのだ!
アレスは龍と動きを一体にする。
彼の全身の筋繊維のひと筋ひと筋が機械のごとく精密に連動し、そして調和した。
「おおおおおおっ!!」
アレスは『万射の鏡』のど真んなかに、自身のすべてのちからをぶつける!
その一撃は、正確無比に鏡の中央へと撃ちこまれていた。
槍の先端が鏡に触れた瞬間、アレスの『破突槍』が生みだす強力な貫通力が、そのままアレスの腕に跳ねかえってきた!
「ぐぅっ……!!」
腕の骨と筋がきしみ、悲鳴をあげた。
表面を隆々と走る腕の血管がさらに怒張し、そのうちの数本がはじけ、血を噴きだす。
このまま押しこめば、アレスの腕は破壊され、二度と使いものにならなくなるかもしれない。
……だが、それでも構わなかった。
今はただ、勝利を目指してこの身を捧げるのみ。
アレスは痛みを乗りこえ、ちからを込めつづけた。
――たとえこの腕が腐りおちることになっても構わぬ!
私の全身全霊で、目の前の壁を貫け!!
「うおおおおおおおおっ!!」
「なにっ!?」
『万射の鏡』の中央に、亀裂が走った。
そして、その亀裂は深く大きく広がっていき、とうとう鏡は粉々に砕けてしまった。
甲高い鏡の割れる音とともに、細かい鏡片が光を反射して散っていく――。
そのとき、飛んできたいくつかの光球がアレスと龍の身を貫き、彼らは戦闘不能に陥る。
「ぅぐっ……!!」
アレスは口から血を吐き、龍はその場に留まろうと数回ちからなく羽ばたいたが、やがて落下していってしまった。
……アレスは光球に撃ちぬかれて敗北したが、コトハリは落下していく彼と龍から目を離せずにいた。
――コイツ、ほんとうにちから任せに『万射の鏡』を叩きわっただと……!?
コトハリは自身の無敵の鏡を割られた事実を信じることができなかった。
『万射の鏡』は今まで幾千幾万もの敵の攻撃をはじいてきたが、一度としてその守りが揺らぐことはなかった。
そしてその守りは、これからも永遠に突破されることはない。
ないはずであった。
慢心があったのは事実。
だが……!
――なんなのだ、あの弓矢の小娘も餓鬼も、この男も!!
龍騎士でも神具の使い手でもない雑魚どもが、何故この私に食らいついてくるのだ!!
コトハリは戦いのなかで、いまだかつて感じたことがないほどの怒りと憎しみを覚えていた――。
次回投稿は2023/7/2の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




