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第145話 信頼と矜持

 ルナクスと部隊長たちが立ちあがり、コトハリは再び大量の『反跳球(ヤクフィズ)』を撃ちだしはじめた!


 空間内を激しく光球が飛びかうなか、ティランは光球をかわしながら、コトハリへと接近する隙をうかがっている。

 彼はすぐ近くにサキナがいることに気づくと、彼女に声をかけた。


「サキナさん!

 いっかいでいいから、ボクを手伝ってくれる? コトハリの(ふところ)に入りたいんだ!」

「ティラン……!?」

「いっかいでいいんだ。

 ボクがかならず、あいつを仕留めるから」

「……わかったわ。

 約束よ、ティラン」


 サキナにはティランの言葉を疑う気持ちなど、微塵(みじん)もない。

 ふたりは約束を結び、別れた。


 ティランは龍に命じ、光球を避けながら空中庭園の格子を駆けのぼる。

 そして飛びたち、光球の集まりがうすくなった箇所をかいくぐって、コトハリのほうへと向かっていった!


「ククク、無駄だよ。

 お前の動きは()()()()()


 コトハリも、ティランの動向に気づいていた。

 空中を飛びまわる光球の群れは、コトハリの確率操作によって、いっせいにティランのほうへと集中する!


 しかし、ティランはサキナを信じてわずかたりとも退()かなかった。


「あなたの言葉に私たちの運命を賭けたわよ、ティラン……!」


 サキナは回避に向けていた注意を放棄して、五本の弓矢をつがえる。

 五本の弓矢を同時に射て、高速で跳ねまわる光球をすべて射抜くことができる者など、この世に存在するわけがなかった。


 そう、彼女を除いては!


 ――狙ったものはかならず射抜く!

 それこそが私の矜持(きょうじ)……!!


 サキナの集中力が極限まで高まり、彼女が射抜くべき五つの光球を見極める。

 瞬間、彼女の意識からほかのすべての光球が消えうせた。


五重奏(クインセオ)』!!


 サキナが放った五本の弓矢はしなるような音を伴って飛んでいき、(まと)を射ぬいた!

 光球は物理的な作用を受けて弓矢と反対向きに飛んでいき、ティランの進路がつくられた。

 まるで(いばら)の生いしげった道が、剣のひと振りで切りひらかれたかのように……!


 サキナは自身の技が成功したことを見届けると、周囲への注意を取りもどした。

 しかし時すでに遅く、いくつかの光球が襲いかかり、彼女は囲いこまれていた。


「あぅ……っ!」


 サキナのからだを電撃のように激痛が走りぬけ、彼女は身を(こわ)ばらせた!


 彼女の左肩の筋肉と右の脇腹が、深くえぐられている。

 光球の熱で肉が焦げ、怪我(けが)の深さのわりに出血は少ないが、筋肉が損傷されたことで肩があがらなくなっていた。

 今回の戦いで、彼女が弓をつがえることはもう不可能であった。


 ――あとは頼んだわよ、ティラン……!


 彼女はただひたすらにティランを信じ、戦線を離脱した。



 ティランの身をいくつかの光球が(かす)めたが、彼は些細(ささい)な傷など気にすることなく、コトハリへと向かっていった。


「飛んでいる光球を、すべて弓矢で弾くだと……!?」


『確率操作』によりいくつもの『反跳球』を仕向けたはずが、弓矢に弾かれて道筋を開かれた。

 コトハリは想定外の事態に、不意を突かれることとなる。


 ――サキナさんの期待に、必ず応える……!


 ティランが龍の背中を蹴って跳びたち、コトハリの懐へと潜りこんだ。

『万射の鏡』をもかいくぐり、彼の短剣でも届く距離。

 ティランは両手に短剣を逆手(さかて)で持ち、コトハリの首をかき切ろうと剣を振るった。

 剣の間合い、剣圧では劣っていても、至近距離での立ちまわりならティランに分がある――!


 ティランの左手の短剣を、コトハリは曲刀(まがたな)で受けとめた。

 その隙に反対側の右手で、ティランはコトハリの首を狙う。

 コトハリは上体を(かが)めて、短剣の刀身をかわした。


 ――だが、ティランの本命は()()()


 彼は毒ガエルの猛毒をたっぷりと塗りこんだ吹き矢を口にくわえていた。


「ふぅっ!!」


 コトハリが上体を屈めて(あら)わになったうなじに矢を刺さんと、ティランは吹き矢の筒に息を吹きこむ!


 しかし、コトハリは頭上で曲刀(まがたな)をにぎっていた手首をひねり、刀身で吹き矢を弾いた。


 超至近距離で飛んできた吹き矢を頭上で弾くという、恐るべき動体視力と剣捌(けんさば)き。

 驚異的な離れ(わざ)――!


 ティランは目前で起こった出来事が信じられず、自身の眼を疑った。


 ――コイツ、やっぱり神具(しんぐ)頼みなだけのヤツじゃない……!


 ティランは全身の血の気がひいていくのを感じた。

 手札を出しきり、無防備となった彼の身を、コトハリの視線が刺しつらぬく。


()()、当たったな」


(ラァサ)』!!!


 無慈悲なる剣が、空中で無防備となったティランのからだへと振りおろされた。


 ……もしそのコトハリの剣が『()』回目だったら、その威力によって、ティランのからだはまっぷたつに分断されていたかもしれない。

 だが、彼の身はかろうじて持ちこたえることとなる。


 ティランは顔の前で双剣を交差させ、その一点で曲刀を受けとめた。

 剣圧に押され、宙に浮いていた彼の体勢が崩れる。

 ……だが、ティランの真の狙いは、吹き矢の()()()()()()


 刃が交わる刹那(せつな)、ティランは自身に言いきかせていた。


 ――たとえこの身が斬りさかれることになろうとも、あきらめるな。

 どんなに少しだっていい、なにかの役に立て!!


 コトハリが曲刀と反対側の手に持っていたのは『運命の(はかり)』。

 ティランの足の爪先には仕込み刀。

 ティランは吹きとばされる間際、体勢を崩しながらも、仕込み刀で『運命の秤』を斬りつけた!


 爪先の仕込み刀はかろうじて秤の腕を掠めた。

 秤の腕を伝って支柱に亀裂が走り、その神位性(しんいせい)が失われる……!!


「……貴様ッ!!」


 コトハリは怒りに任せて左手ににぎった曲刀を振りおろした!


「うあぁ!!」


 ティランはコトハリの剣圧に押されて、真下へと吹きとばされた。

 自身の龍からは降りており、からだが軽いことも幸いして、ティランは曲刀の刀身に斬りきざまれずに済んだ。

 しかし、空中庭園の床に強烈に叩きつけられ、彼は気絶してしまう。


「ティラン!」


 植木の影に身を潜めていたサキナが叫ぶ。

 彼女は気絶したティランが、自身が乗っていた龍にくわえられて避難させられていくのを見届けた。



 コトハリは、支柱にまで深く亀裂の入った『運命の秤』を強くにぎりしめた。


 ――確率の操作が、できぬ……!!


 今までコトハリによって操作されていた数多くの光球が制御不能となり、不規則かつ乱雑に跳びまわりはじめた。

 なかには、コトハリ自身に向かって飛んでいく光球も見られるようになった。


「おのれ、忌々(いまいま)しき餓鬼(がき)め……!!」


 コトハリは怒りに身をうち震わせた。

 余裕の笑みを見せていた彼の顔が、憎しみでゆがむ。


 しかし、コトハリが怒りにとらわれているあいだにも、彼の隙を狙う者がもうひとり――。




 次回投稿は2023/6/24の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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