第144話 月下に舞う翼
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「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
崩れた『月の楼宮』の最上階で。
シュフェルはボロボロになりながらも、オラウゼクスの攻撃をかわし、いなして、かろうじて生きながらえていた。
だが、すべての攻撃を回避することは難しく、すでに体力も精神力も、限界へと到達していた。
――ちくしょう、どんだけ強えんだコイツ。
アタシに雷の耐性がなかったら、もう三回は死んでる……!
一対一になることで、残酷なほどまでに突きつけられる実力の差。
幾度となく紫電で撃ちぬかれたが、彼女が生存しているのはまさしく奇跡であった。
姉が生きていることを信じる心だけが、彼女の身を支えていた。
……しかし、それももう限界。
あと一撃でも受ければ、彼女は倒れることだろう。
「貴様ひとりで私に勝つことは不可能。
よく粘ったが終わりだ、小娘」
そう言って、オラウゼクスはシュフェルに剣をかざした。
雷の長剣ヴァリクラッドの刀身が次の雷撃を放とうと、雷電を蓄えはじめる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
シュフェルもエウロも疲労が極限に達し、もはやまともに思考をすることすらかなわない。
彼女たちは地に這いつくばったまま、構えることもできずにいる。
次の一撃を、かわせるべくもなかった。
オラウゼクスが最後の一撃を振りおろそうとした、まさにそのときであった。
『神風』
「!!」
地の底から舞いあがってきたのは、銀髪の騎士と緑翠の龍。
まさに神が吹く風と一体になり、常人では目に捉えることすらできぬほどの速力でもって、彼女たちは飛んできた。
オラウゼクスはとっさに反応し、その神速の一撃をかろうじて受けながした。
刃が交わう鋭い金属音が、あたりに鳴りひびく!
復活したレゼルとエウロはオラウゼクスの脇を掠め、そのまま上空へと舞うように飛翔していく。
再び姿をみせたレゼルに、シュフェルは喜びの声をあげ、オラウゼクスは瞠目していた。
「姉サマっ!」
「なに……!?」
――馬鹿な……!
あの小娘は確実に死んでいた。
こうして戦線に戻ることなど、不可能なはず!
……だが、この娘ならありえるかもしれない。
そうオラウゼクスは思いあらためる。
人と龍の理を超越して、不可能を可能にする。
そう思わせるだけの神性を、レゼルは身にまといつつあった。
――ほんとうに、これほどまで気分が高揚するのはいったいいつぶりだろうか。
いや、生まれて初めて得られる感情かもしれない。
なんと小気味よいことか、目の前で弱者がみるみる成長していくうえ、今度は死の縁からよみがえって再び自分に挑んでくるとは!
それはまさしく、神がもたらした福音。
死線へと身を投じる悦びにまた浸れることに、全身の血が沸きたつのを感じる。
オラウゼクスはいまだかつて経験したことのない興奮を自覚し、そして笑った。
「フハハハハ!! 期待以上だぞ!
やはり貴様は最高だ、小娘……いや、カレドラル国女王レゼル!!」
エウロとともにくるくると宙を舞っていたレゼルは、自身のからだを支える翼のごとく、双剣をにぎる両腕を大きく広げた。
空に浮かぶ満月を背景に、彼女は最後の勝負を挑む。
すべては生きるために。
かけがえのない明日を迎えるために!
「勝負はまだ終わっていません……!
そして、明日を生きるのは私たちです。
決着をつけましょう!
『雷轟』、オラウゼクス!!」
次回投稿は2023/6/20の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




