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第143話 胸に宿る想い

 ミカエリスの声によってルナクスたちが立ちあがったのと、時を同じくして。


 ――気がついたとき、レゼルは闇のなかにいた。


 どれくらいの時間、そこにいたのだろうか。

 光も音もなにもない、完全なる闇。


 ……そうか、ここは死後の世界。

 自分はオラウゼクスに敗れて死んだのに違いない。


 子どものころ、よく死後の世界を想像しては怖くて泣いていたものだが、思っていたよりもなにもないところだ。

 自分なりに、今日までよくがんばった。

 夢の実現はならなかったけど、世のため人のためせいいっぱい戦ったじゃないか。

 これで、ようやく休める……。


 ――いや、違う!


 ここであきらめたら、私の勝利を信じて待っていてくれた人々はどうなるの?

 戦場にひとり残されたシュフェルは?

 お父さまとオスヴァルトが守ろうとした龍御加護(たつみかご)の民は!?

 世界中の平和を待ち望む人々は!!


 レゼルは心が張りさけそうになり、声をあげて泣きたい気持ちに駆られた。

 そして、彼女は走りだす。

 闇のなかをどちらに行けばよいかもわからず、ただがむしゃらに。

 走っても走っても、出口は見あたらない。


 ……だがそのとき、どこからか彼女のことを呼ぶ声が聞こえたような気がした。

 聞きおぼえのある、(はかな)くも美しい女性の声。


 レゼルは声がした方向を振りむく。

 振りむいた先の闇に、かすかな光が見える。

 彼女はその光へと向けて、手を差しのばした――。



 ――ドクンッ!!


 そのとき、レゼルの心臓が拍動を再開した。


「……っは……! はぁっ! はぁっ!」

「レゼル……!!」


 グレイスは、レゼルの心臓の拍動とともに、龍の鼓動も再開したことに気づいた。


「……ここは……?」


 レゼルはうっすらとまぶたを開いた。

 まだ呼吸は荒いが、たしかに息を吹きかえしている。



 ……対象となる者が音声を認識できる範囲内にいなければ、命令は実現しない。

 まともに考えれば、レゼルがいる場所にミカエリスの『声』が届くはずはなかった。

 その奇跡は、レゼル自身の魂の執念(しゅうねん)なのか、グレイスの呼びかけによるものなのか、はたまたミカエリスの『想い』が能力に進化をもたらしたのか……。

 その戦いの場にいた誰にも、なにが起こったのか知る由はなかった。


 だが、事実、レゼルは息を吹きかえした。

 彼女は再び目をひらき、エウロとともに立ちあがることとなる。



「レゼル!!」

「えっ?」


 グレイスは思わずレゼルを胸に引きよせ、強く抱きしめた。


 レゼルは急に誰かに抱きかかえられ、朦朧(もうろう)としていた頭が一気に覚める。

 声から相手を察し、彼女は頬が燃えるように熱くなるのを感じた。


「グっ、グっ、グっ、グレイスさん……!?」

「レゼル……!

 ほんとうに、ほんとうによかった……」


 レゼルは突然のことに動揺しながらも、徐々に倒れる前の記憶が蘇り、なんとなくではあるが状況を把握(はあく)する。

 どうしてグレイスがここにいるのかはわからないが、彼は自分のために危険なこの場所まで駆けつけてくれた。


 レゼルはグレイスの胸のなかで強く抱きしめられ、彼の暖かみに触れた。

 ……顔が見えないのではっきりとはわからないが、彼は少し、泣いていたかもしれない。


 その暖かみに包まれ、彼女は目をつむる。


 ……龍御加護の民や、世界中の人びとの幸福は心からの願い。

 皆が幸せに暮らせる『夢の国』をつくることは彼女のまぎれもない夢であった。

 それは高尚なる願い、崇高(すうこう)な夢。


 だが、今はそれだけではない。

 彼女は自身の想いを、強く自覚しはじめていた。



 ――あぁ、そうだ。

 (まも)り、護られ……。

 私はこの人とともに、生きていきたい。



 オラウゼクスの戦いと強さへの渇望(かつぼう)が純粋な欲求なのだとしたら、彼女の胸に宿ったのは生きることへの渇望!

 それはいつも誰かのために戦いつづけてきた彼女がはじめて見いだした、自身のための戦う理由なのであった。


 レゼルはその手でそっと、彼の胸を押しかえす。


「グレイスさん、ありがとうございます。

 私はもう大丈夫です」

「レゼル……」


 レゼルは立ちあがる。

 新たに燃えあがる闘志を秘めて、彼女は上方を見あげた。


「上ではシュフェルがまだ戦っています。

 私は行かなければなりません。

 ……この戦いに、必ず勝ってきます」


 グレイスは自身の周囲で風が静かに、だがちから強く巡りはじめたのを感じとっていた。

 エウロに乗って、再び死闘に身を投じようとする彼女に、彼は語りかける。


「レゼル、俺は戦いで役に立てない自分の弱さを情けなく思う。

 俺にはここで君を応援していることしかできない。

 でも、どうかお願いだ……」


 グレイスもまた、自身の切なる願いを自覚していた。

 彼にはその願いを、レゼルに伝えることしかできなかったのであった。


「必ず生きて帰ってきてくれ」


 レゼルは彼をしっかりと見つめかえし、応えた。

 そのほほえみには死地へと(おもむ)く悲愴さなど欠片もなく。

 青い草原を駆けぬける一陣の風のように、故郷の街を吹きわたる優しき風のように。


「はいっ!」




 次回投稿は2023/6/16の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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