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第141話 潰えた鼓動

 レゼルとエウロのからだは宙を高く舞ったのち、床に落ちて跳ね、楼宮の真芯(ましん)にあいた大穴の(ふち)から身を乗りださせたのち……。

 重みに引きずられて、ゆっくりと落ちていった。


 オラウゼクスもまた、雷龍(らいりゅう)とともに宙を舞っていた。

 楼宮の最上層数階は彼の技によって蒸発し、消滅していたからだ。

 彼は底へと続く穴から落下していくレゼルたちを視認していた。


 戦いを終えた者にもう用はない。

 ともに落ちていく龍もろとも消滅させるべく彼はとどめの一撃を放とうとした。

 必要最低限の雷電のみをまとわせ、ゆっくりと剣を振りあげる。


遠雷(フェルネリッツ)


「……!?」


 しかし雷の矢を放とうとした直前、彼の顔面めがけて正確にナイフが飛んできた!

 しかも、水氷(すいひょう)の自然素をまとったナイフ。


 とっさにオラウゼクスは、剣でナイフを弾いた。


 ……大した技ではない。

 だが、たしかに自然素の使い手による仕業(しわざ)


 少量の消費で済むとは言え、彼はまとわせていた雷電を防御に使うことを余儀(よぎ)なくされた。


 ――いったい、誰の仕業だ?


 オラウゼクスの視界が捉えたのは見慣れない男と煉瓦(れんが)色の龍。

 その男と龍は落ちていったレゼルを追いかけて、大穴のなかへと飛びこんでいく。


 ――龍騎士はもうひとりいたのか。

 大した実力はなさそうだが。


 オラウゼクスも男を追いかけて大穴のなかに入ろうとした。

 しかし――


「待てコラ、アタシはまだ死んでねェぞ……!」


 彼を呼びとめる声があった。

 瓦礫(がれき)を押しのけ、立ちあがる影。


 シュフェルとクラムだった。

 自然素による防御と同属性への耐性が、彼女たちの身を守り、かろうじて保たせていたのだ。


 シュフェルは頭をふらつかせて気を失いそうになりながらもなんとか(こら)え、息巻いた。


「姉サマが戻ってくるまで、アタシが相手だ!」

「……耐性があるとは言え、あの技を受けて立ちあがるとは見事。だが、貴様がいくら足掻(あが)いてみせようが無駄だ」

「あんだとォ……!」


「落ちていった小娘……。

 あの娘は死んでいる。

 龍の鼓動がとまっていたからな」


「なに……!?」



 俺とヒュードは落ちていったレゼルとエウロを懸命に追いかけていた。


 とっさにヒュードと共鳴して投げた氷のナイフは、オラウゼクスの動きを一瞬だけでもとめることに成功していたようだ。

 ここ最近はネイジュがいつも近くにまとわりついていたため、ヒュードの体内に水氷の自然素が(たくわ)えられていた。


 この高層の楼宮の真芯に開いた大穴は、建物の底のほうまで続いているようだ。

 気を失ったレゼルとエウロが地面に叩きつけられる前に、受けとめる……!


 ヒュードは自然落下の速度を超え、真下へ、真下へと飛んでいく。

 そして、レゼルとエウロの姿を捉えた!


 ――間一髪。


 俺とヒュードはレゼルたちと地面のあいだに滑りこみ、彼女らを受けとめることができた。

 代わりに俺とヒュードが地面に叩きつけられてしまったが、無防備なレゼルたちの身を護れるのなら、痛くもなんともない!


 ……だが、俺はすぐに異変に気づく。

 龍鞍(りゅうくら)の固定をはずし、彼女のからだをエウロの背中から降ろして抱きかかえた。


「レゼル……?」


 彼女のからだは虚脱(きょだつ)し、うっすらひらいた眼は虚空(こくう)に向けられて何も捉えていない。


 まさか……!

 俺は彼女の口もとに耳を寄せた。


 ――息をしていない……!


「おい、嘘だろ……!?

 レゼル起きろ、目を覚ませ!!」

主様(ぬしさま)!」


 ネイジュが俺を追いかけてやってきた。

 彼女はオラウゼクスを避け、建物の一階のほうから龍に乗って飛んできていた。


 ネイジュはレゼルの気配が消失したことを察知していたが、その異変を目の当たりにして、手で口もとを覆った。


「レゼ殿……!?」


 俺はつたない探知でレゼルの『龍の鼓動』を感じとろうとしたが、やはり彼女のからだからはなんの波動も感じない。


「レゼル……! レゼルっ!!」


 ――『龍の鼓動』の停止。

 それはすなわち、心臓の拍動の停止を意味する。


「レゼルうううぅぅぅっ!!」



「主様……」


 レゼルの死に直面して取りみだし、悲痛な叫びをあげるグレイスを、ネイジュはただただ見守ることしかできなかった――。




 次回投稿は2023/6/8の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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