第138話 重衣の曲刀
◆
激しく光球が飛びかうなか、ガレルは必死に剣で光球をうち弾いていた。
「んの野郎ぉっ! こんなんが遊びだなんてふざけやがって……。
だが、ようやくこっちも目が慣れてきたぜ!」
無理にかわそうとしなくとも、剣で光球を捌けるようになってきた。
ガレルは今なら、光球をうち弾きながらコトハリに近づけると踏んだのだ。
――光球をぶつけようとしてもダメだってんなら、直接斬りふせてやる!
そう考え、彼は龍に指示をだし、上方にいるコトハリ目がけて飛んでいった。
ガレルの乗る龍が大きく翼をはためかせ、宙に舞いあがっていく。
「コトハリぃっ!!」
「!」
コトハリと、彼が乗っていた異形の獅子はガレルの接近に気がついた。
獅子はそのいかめしい外見とは裏腹に、山猫のように柔軟な動きで迎えうつ体勢をとった。
意外だが、この獅子はちからの強さや動く速さで龍に対抗しようというよりは、柔軟性やしなやかさを武器にしているようだ。
しかし、光球飛びかうこの限られた空間において、どんな体勢でもとれる柔軟性はたしかに非常に厄介な長所であった。
ガレルの襲撃に対しても主が剣を振るいやすい位置をとれるように、地を這うような低い姿勢で庭園の架橋にしがみついていた。
「くははは……!
ようやく近づいてきたか。
誰もやってこなくて、退屈してたところだよ」
そして、コトハリは腰に携えていた剣を鞘から抜きはなった。
刀身に複雑な紋様が描かれた、曲がりの強い刀剣。
ルナクスから得た情報では、奴がもつ剣も神具のひとつだと考えられている。
だが、剣に関しては能力の見当がついていない。今まで奴とまともに切り結ぶことができた者がいなかったためだ。
――だが、恐れているだけじゃ戦いには勝てねぇ!!
「退屈させて悪かったな!
すぐにそんな余裕はなくしてやるぜ!!」
ガレルはコトハリに斬りかかり、ふたりは剣を交えた!
――こいつもかなりの剣の使い手……!
ひと太刀交えただけでわかる。
だが、剣圧だけなら俺のほうが上……!
ちからで押しきれることを確信したガレル。
しかし同時に、胸騒ぎにも似た嫌な予感を覚えていた。
まず第一に、剣から伝わってくる感触がおかしい。
金属どうしをぶつけたときの震えや鳴りがいっさい伝わってこないのだ。
まるで、硬質な革の塊を斬りつけたかのような独特な感触。
そして、剣の刀身に書かれた文字のような紋様。
見たことがない国の文字だが、なにやら数字を表しているように見える。
――その刀身の文字が、かたちを変えていく。
『壹』から、『貳』へ――。
「「!!?」」
コトハリが振りおろした二撃目を受けとめ、ガレルのからだを衝撃が駆けぬける!
ガレルの算段では、コトハリの二撃目を捌き、生じた隙に渾身のひと振りを叩きこむつもりであった。
しかし、その目論見はおおいに崩れることとなる。
コトハリは軽く剣を振るったにすぎない。
だが、その二撃目は一撃目よりもはるかに重いひと振り。
ガレルは両手で刀身を支え、相手の剣を受けとめるのがやっとであった。
そして、ガレルはすぐ目の前で起こっている事象の変化に気づき、驚愕していた。
――おいおい冗談だろ、これは俺の目の錯覚か……?
奴の刀身がダブって見えやがる……!!
まるで蜃気楼のように空間に歪みが生じ、コトハリの剣の刀身に寄りそうようにもう一本の刀身が現れた。
二本の刀身は一緒になってガレルの剣を押さえつけている。
その剣圧は、単純計算で一撃目の二倍……!
――『重衣の曲刀』!
コトハリがもつ神具のひとつ。
斬りつける度に剣の威力が倍増していく。
刀身に刻まれている紋様は数字を意味しており、『壹』『貳』『參』『肆』『伍』と数字が増えていくのに伴い、重なる刀身の数が増える。
そして、『伍』になると――。
『參』!!!
「ぐっ!!」
三撃目でコトハリの『曲刀』の刀身は三本となり、とうとうガレルは剣を弾かれてしまった。
大きく崩されたが、かろうじて上体の姿勢を保つ。
『肆』!!!!
「うああぁっ!!」
コトハリの四撃目で、ガレルは乗っていた龍もろとも撃ちとばされ、地面へと強く叩きつけられてしまった!
地に落ちたガレルを見おろしながら、コトハリは剣を上段高く構えた。
「くははは……!
一騎で『伍』まで耐えきった者を見かけたのはいつぶりかねぇ。
それだけで賞賛に値するよ。
……褒美として、貴様に死の快楽を味わわせてやろう!!」
『伍』!!!!!
コトハリが『曲刀』を振るうと刀身が光り、斬撃が衝撃波となって飛んでいく!
飛んできた衝撃波は空間を斬りさき、ガレルへと襲いかかる。
ガレルと相棒の龍は地面に強く叩きつけられたまま、まだ身動きがとれない!
「ガレル!!」
とっさに、ルナクスが『満月の盾』を携えてガレルを庇った。
『盾』は衝撃波を吸収してくれたが、吸いこみきれない分の衝撃がルナクスのからだへと伝わる。
「くぅっ……!」
「ルナクス!!」
「……僕は大丈夫だ。ガレル、まだ動けるか?」
「ああ、俺も大丈夫だ。すまねぇ……!」
そう言っているあいだにも、また大量の光球が押しよせてきた。
ふたりは慌てて、的にならないように別々に動きだした。
コトハリはそんなふたりの様子を上から眺めながら、また愉快そうな笑い声をあげた。
にぎった曲刀の数字の紋様は、また『伍』から『壹』へと戻っていく。
「せいぜい惨めに逃げまどうがいい。
私には近距離戦だろうが遠距離戦だろうが、隙は微塵もない!
相手ならいつでもしてやるがな。くははは!」
言いたい放題に言われ、ガレルは悔しそうに舌打ちした。
――畜生、腹立つがたしかに奴の言うとおりだ。奴は近距離戦も遠距離戦もなんなくこなしやがる。
……だが、もっている神具の特性はわかった。
必ずてめぇをそこから引きずりおとしてやるからな……!
ガレルはもっていた剣を、よりいっそう強くにぎりしめた。
『壹』『貳』『參』『肆』『伍』は漢数字の大字の旧字体というもので、『一』『二』『三』『四』『五』にあたります。
実際に曲刀の刀身に『壹』と書いてあるわけではないのですが、ガレルたちにとって見慣れぬ国の字であるということを表現したものとなります。
次回投稿は2023/5/27の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




