第129話 索敵と伝達
前回の場面の続きです。
◇
俺は上空から、エミントスの市民たちの奮闘ぶりを見守っていた。
――数で負けているのなら、人手を増やせばいい。
手っ取り早く人員を増やすなら、もっとも手近な人的資源は一般市民だ。
だが、一般市民を戦争に巻きこんでよいのかという人道的な大問題がある。
エミントスが決戦の舞台になる可能性があると思った時点で、俺はすぐにマチルダに相談した。
いずれエミントスが滅べばその住人も命の危機にさらされるのだ。
戦闘への参加は強制せずに個々人の意思にゆだねること、極力市民の命を危険にさらさない計画を立てることを条件に、市民から協力を募ることを許可してもらえた。
さすがこの十年間居座りつづけた根っからのエミントス人たちだけあって、市民はマチルダへの忠誠心や愛国心が強い者たちばかり。
市民の多くが戦闘への参加を表明し、この一カ月間も熱心に下準備にとり組んでくれた。
俺は市民たちの協力を得て善戦する合同軍の活躍に満足しながら、シャレイドラから戦況を見ているであろうコトハリに向けてつぶやいた。
「あん時ぁ、よくもセコい手を使ってくれたな、コトハリさんよ。
この落とし前、きっちりとつけさせてもらうぜ!!」
俺もイカサマしまくっていたことは、この際棚にあげておこう。
だが、道具を使うなんて邪道。
イカサマをするときは清く、正しく、堂々と(?)だ。
「圧倒的な戦力差があるはずなのに、戦況が拮抗しているだと……?」
シャレイドラ側の上空で、コトハリは訝しんでいた。
――民衆がやってることは極めて原始的なことにすぎない。
餓鬼の悪戯同然と言ってもいい。
だが、問題なのはそれを仕掛ける場所と時期のよさ。
何故こうも統率が取れている……?
まるで誰かが建物を透視して戦況を俯瞰し、兵士たちと意志を共有しているかのよう。
いったい、敵はどんな手段を用いているというのだ……?
――エミントスの市民の皆様のほかにもうひとり、俺には強力な仲間がいた。
それが俺のすぐそばで龍に乗って待機してくれている彼女……。
「主様っ♡ 次はあちきは何をすればいいでありんすか?♡」
ネイジュだ。
正体が氷銀の狐である彼女には、人間にはもちえぬ超感覚がある。
気配を探るのに特定の方向に意識を向ける必要があるものの、その索敵範囲の広さと精度の高さはレゼルの『龍の鼓動』の感知をも上まわる。
龍に乗った人間ほどの大きな気配であれば、壁をいくつか隔てた向こう側にいる軍勢の大まかな人数までわかってしまう。
この探知能力の高さはファルウルの雪山で垣間見せていたので、もしかしてと思ってこの一カ月間いろいろ試してみていたのだ。
そしてもうひとつすばらしいのが、彼女が宙に出現させる氷文字。
エミントスの街中に分散して展開させている小部隊に指示を出したいときには――。
『南に二区画進め!』
彼女はかなり遠方にまで、自由に氷文字を出現させることができた。
これもファルウルでの戦いで雪原から迅速に撤退を決めたとき、ミネスポネが氷文字を使って命じていたのだということを彼女自身から聞いて知っていた。
彼女は以前は氷銀の狐どうしで通じる文字しか使っていなかったので、この一カ月間で人間が使う文字を叩きこんだ。
意外なことに彼女はここでもずば抜けて高い知能を示し、あっという間に人間の文字の使い方を吸収してしまった。
今では非常に達筆かつ流麗な文字で、遠隔にいる仲間に俺の指示を伝えることができるようになっていた。
近距離間での電気通信技術はアイゼンマキナの機龍兵軍でかつて使用されていたことが確認されているが、これだけ遠方かつ迅速に指令を伝える技術はこの世界には存在しない。
広範囲を索敵する技術も同様だ。
もし兵力差がなかったら、索敵と氷文字による伝達だけで今回の戦いは圧倒できていたことだろう。
情報を得て統制された指示を出すことができるというのは、大規模な市街戦においてそれだけ支配的な優位を得られるということなのだ。
……いろいろとお騒がせなネイジュだが、ファルウルで彼女を味方につけたことは俺の最大の功績だったのかもしれない。
やはり、俺の目に狂いはなかったのだ!(むりやり付いてこられただけだけど)
心強い仲間のちからも借りて、俺たちはこの戦いを制する!
ネイジュはグレイスの指示に忠実に従い、次々と索敵・伝達を行っていた。
「主様! 東の街路を抜けて虎の騎兵が来るでありんす」
「東の二番! 窓から物を落とせ!
『角』の分隊を迎撃に向かわせるんだ!」
「はいっ、主様♡」
各所で厄介者扱いされがちな彼女。
しかし今は自身の能力を存分に活かすことができており、いまだかつて経験したことのない充実感にひたっていた。
――すごいすごい! あちきのちからがこんなかたちで役に立つなんて。
それに、今のあちき……!
「ネイジュ! 西の十五番を通路に沿って南に移動させてくれ!」
「了解でありんす! 主様♡♡♡」
――めちゃくちゃ嫁っぽいでありんす……!
思わぬ抵抗を見せる騎士団とエミントスの合同軍。
だが、シャレイドラ軍を裏で操るコトハリは冷静さを失わない。
「想定していたよりも苦戦はしているが、戦況が五分五分ならば兵の総数が多いほうが勝つ。
数の差は絶対なのだ……!」
彼がよりいっそう事象の確率への介入を行い、『運命の秤』の左右の腕がめまぐるしく上下しはじめた、そのとき。
コトハリへと向かって、迫る者がいた――。
次回投稿は2023/4/21の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




