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第128話 運命の秤

 俺はヒュードに乗ってエミントスの上空、月の楼宮の上層の高さまで飛びあがり、そこで滞空してもらった。


 すでにシャレイドラ軍は土煙をあげて押しせまり、ちょうどエミントスの都市の境界である堀や城壁をまたごうというところであった。

 まさしく、都市を飲みこんでしまうほどの大軍勢だ。


 シャレイドラ軍はもともと規模の大きな軍であることが知られていたが、財政的な繁栄とともにエミントスから人材を吸いあげ、帝国軍が加わり、さらにコトハリが連れてきた謎の軍勢も合わさって、その総勢は十万騎をゆうに超えていた。


 対して、こちらエミントス軍は騎士団と合わせても二万騎に届かないほど。

 個々の騎士の質は高いが、まともにやりあえば勝ち目がないのは明白だ。

 ……だが、俺はない頭をひねってこの圧倒的な数の不利を(くつがえ)さなきゃならない。


 俺がこうしてあらためて上空から状況を確認しているあいだにも、城壁の際で激しく敵味方の軍勢がぶつかり合いを始めた。


 しかし、こちらの人員が限られている以上、都市の前面をすべて防ぐことはできない。

 衝突をまぬがれた敵兵たちが、どんどん都市の内部へと侵入してくる。


 街路(がいろ)のあいだを異形(いぎょう)の虎が駆けめぐり、逃げまどう一般市民を追いまわしている。

 さらに白い怪鳥も鋭い爪でつかんだ巨岩を次々と落として建物を破壊し、なかに潜む住人たちをいぶりだそうとしていた。

 奴らは完全に市民を皆殺しにし、都市を壊滅させるつもりで攻めてきているのだ。


 エミントス軍の騎士や騎士団員が懸命に市民を守ろうと戦っているが、やはり人数が足らず、とうてい守りきれるものではない!

 市民から犠牲者を出さないようにするためには、レゼルとシュフェルのちからを大いに借りる必要があるだろう。

 しかし、戦いの序盤からそんなに飛ばしていては、コトハリやオラウゼクスにたどり着く前に彼女たちがちから尽きてしまう。


 ……一般龍兵たちのちからを活かして戦うしかないのだ。

 彼らのちからを最大限に引きだして勝利に導くのが、俺の仕事。


 しかしそんな俺たちをあざ笑うかのように、戦場のあちこちで次々と自軍に不利なことばかりが起こっている。

 建物が倒壊すれば自軍のほうに倒れ、武器が破壊されれば破片は味方に刺さり、適当に道を曲がれば味方どうしでぶつかりあってしまう。


 ――『確率の操作』。


 コトハリと戦場で(いく)たびか剣を交えたルナクスから聞いた、奴の能力。

 いや、正確には()()()()()()の能力――。



 コトハリはグレイスと同様、上空から戦況を俯瞰(ふかん)していた。

 彼が乗るのは獅子のからだに、龍の翼、蛇の尾をもって空を舞う怪物。

 コトハリが独自の技術をもってして生みだした合成獣だ。


 彼は例のおし殺すような独特な笑いかたで、その美しく整った顔をゆがめさせた。


「くははは……!

 今宵(こよい)も運がいい。

 運命の女神は私の味方だ……!」


 コトハリの左手には黄金でかたちづくられた天秤(てんびん)がにぎられていた。

 天秤の腕は何も乗せられていないのに右へ、左へと揺れうごくように傾いている。


 ……いや、何も乗せられていないのではない。

 そこには、未来の事象(じしょう)が乗せられているのだ。


 コトハリは四つの神具を持っていた。

 レヴェリアを造りだした龍神たちとは異なる神話体系の神が造りし道具。


 そのうちのひとつ――『運命の(はかり)』。




 『運命の秤』:わずかにでも起こりうる事象なら五分の四の確率まで自由にひきあげることができる。

 ただし、コトハリが起こりうる結果を脳内で理解し、認識できている事象に関してのみ干渉(かんしょう)できる。

 生命の営みなど、生体に直接働きかけることはできない(突然死や病死をひき起こすことはできない)。




 俺は戦場で起こっている数々の不幸を観察し、絶望的な状況にうちひしがれていた。


 ――どうやらおよそ確率の要素が入る事象はすべてコトハリの手のうちにあるといっても過言ではないようだ。

 戦いが進めば進むほどに、こちらに不都合なほうへ、不都合なほうへと物事が進んでいく。

 兵士たちも一度ならただの不運で済ませられることも、事あるごとに不運に見舞われていては戦意を保ってなどいられようはずがない。


 事前に予測できていた事態ではある。

 なるべく運や(かん)に頼った戦いかたをしないように心がけ、あまり気落ちしないようには指導してあったが、それでもやりきれないのが人と龍の心というものであろう。


 勝負は時の運。

 ただでさえ多勢に無勢なのに、こう不運つづきではまるで勝ち目がない。

 残念ながら負けを認めざるをえず、ハナからお手上げってもんだ。


 ……これが、勝負の行く末が運に左右される戦いなのであればな!


 シャレイドラ軍は、兵士だろうと一般市民だろうと無差別に襲いかかってくる。

 奴らはエミントスの住人を皆殺しにするつもりなのだ。


 しかし、シャレイドラ軍の巨大な怪鳥が市民を追いかけて建物と建物のあいだを通りぬけようとしたとき……。


「今だ! せぇのっ!!」


 建物と建物のあいだに垂らしてあった強靭(きょうじん)(つな)が、ピンと張りめぐらされた!

 屋内で綱を引っぱっているのは、(おとり)になっているのとは別の市民とその飼い龍だ。


 張られた綱はアイゼンマキナの鉄線を織りこんだカレドラル製の綱。

 ファルウルでのクラハとの戦いにサキナが用いたのと同じ綱であり、その強度はお墨付(すみつ)きだ。


 巨大な怪鳥の翼のちからに完全に勝つ必要はない。ちょっと絡めて邪魔してやるだけでいい。

 あとは後続の大軍勢が勝手に追突して、騒ぎをデカくしくれる。


 敵兵がもつれあって建物のあいだに落ちこんだところで、さらに別の市民たちが火炎瓶を投げこんだり、高所から重量のある家具を落としてぶつけている。

 敵兵が混乱に(おちい)ったところを、騎士団員がまとめてとどめを刺すといった要領だ。


 また別の地点では、逃げまどう市民を異形の虎に乗った敵兵の部隊が追いかけている。

 奴らが市民を追いかけて角を曲がったところで――。


「!!?」


 敵兵たちは次々に建物の壁へと激突していった!

 後ろから見ていた敵兵のひとりが、思わず驚きの声をあげる。


「『月光石』でつくられた建物の壁に泥を塗って、通路の暗がりに見せかけるだと……!?」


 月夜のなかでは、月光石で光る建物の壁に泥を塗れば、壁がないように見える。


 ちなみに囮となって逃げこんだ市民たちは地面すれすれにつくった地下壕(ちかごう)に滑りこんでまんまと逃げおおせている。

 もちろん、とどめを刺すのは騎士団とエミントスの合同軍の仕事だ。


 エミントスの市民たちは互いに激励しあい、士気を鼓舞していた。


「みんな、俺たちの街を守るために戦うんだ!!」

「「おぉ!!」」


 彼らの気迫のこもった叫び声が、月明かりの街に響きわたっていた――。




※コトハリがカジノの五連ポーカーで勝ったときに「今宵は運がいい」と言ったのは、ただの皮肉ではありません(第113話)。


 4/5(80%)の5乗で、ロイヤルストレートフラッシュを五連で出す確率は32%ほどであったからです。

 実際、彼は幸運を見事にひき寄せていたことがわかります。


 次回投稿は2023/4/17の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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