第127話 迎撃態勢
◇グレイスの視点です。
◇
「かかれ!!」
「!!」
太陽の楼宮の入り口で待機していた俺たちに、突如としてシャレイドラの兵士たちが襲いかかってきた!
龍に乗っている兵士のほか、例の異形の虎や、巨大な怪鳥に乗っている兵士たちもいる。
俺たちも武器を構え、即座に防衛態勢へと移った。
今宵の使節団は騎士団のなかでも最精鋭の者たちで構成されている。
シュフェルや部隊長たち、重装龍兵五人衆もいて、囲まれても大抵の敵ならば相手にはならない。
目の前の敵と対峙しながら、ガレルとアレスが叫んだ。
「くそっ! コイツら臆面もなく多勢で囲みやがって!」
「楼宮のなかのレゼルさまとマチルダさまはご無事だろうか……?
我々もこのまま囲まれて一箇所に留まりつづければ、いずれ押しつぶされるぞ!」
アレスがそう叫んだところで、上空から龍のいななきが聞こえてきた。
ドレス姿のレゼルが、エウロに乗って楼宮の上層階から舞いおりてきたのだ。
彼女の後ろにはマチルダも乗っている。
――レゼルと俺とで話しあい、緊急時の脱出法については考えてあった。
楼宮に入る時点で彼女は伏兵の気配を感じとり、使節団が楼宮内で包囲されないよう、入り口のところで待機させたのだ。
こうして実際に休戦協定が決裂し、戦いへとなだれこむことになってしまったのは、非常に残念なことではあったが。
レゼルが風を発生させ、敵兵たちを薙ぎはらう。
彼女は使節団を囲む包囲網を突破して、俺たちと合流した。
囲まれて戦っていた騎士団員たちも、レゼルのもとへと集まる。
「レゼル!」
「レゼルさま、マチルダさま、よくぞご無事で! お怪我はありませんか!?」
「ええ。私もマチルダさんも大丈夫。
でも、コトハリは本性を表し、目の前でマレローさんを……。
私がついていながら、彼を救うことができませんでした……」
「女王レゼル。
貴方が自分のことを責める必要はないわ。
マレローは自身の選択を信じて生きざまを貫いたまでのこと。
今は残されたミカエリスのことが心配ではありますが……」
「おふたりさん、話はあとだ!
今はエミントスに戻ることを考えよう!」
俺はそう言って、この場からの離脱を提言する。
レゼルが合流した使節団は並みいる敵を押しのけて包囲網を突破し、エミントス側の自陣営へと戻っていった。
エミントス側では、有事に備えてルナクスとブラウジが指揮をとり、都市防衛の準備は万端に整えられていた。
都市の要所にはすでに軍の部隊が配置しており、『月の楼宮』の入り口の前の広場には、都市防衛の本部が設けられている。
騎士団所有の大テントが張られ、周囲に灯された篝火がテントを煌々と照らしだしていた。
本部の人員たちは使節団の到着を今か今かと待ちわびていたようだ。
レゼルが本部に到着すると、エルマさんのお付きの巫女さんたちが、いっせいに駆けよってきた。
「レゼルさま! 戦闘着と胸当て、肩当てはこちらに!」
「目かくし用のカーテンも、わたしたちがっ! どうぞお入りください!」
ひとりがレゼルの装備品を丁寧にたたんだ状態で差しだした。
ほかの巫女さんたちも必死に背伸びしてカーテンを持ち、来い来いと手招きしている。
「いえっ、あのっ……ありがと」
ここで着替えろと言うのか。
レゼルはそう叫びたい気持ちに駆られたが、懸命な巫女さんたちの様子に何も言いかえすことができない。
耳まで真っ赤にしながらも装備品を受けとり、すごすごとカーテンのなかに入る。
……すべてエルマさんの差し金だろう。
相変わらず悪いお人である。
巫女さんたちが一生懸命背伸びして立ちあがるカーテンのなかで。
レゼルはドレスを脱ぎ、翠の生地に銀の刺繍が入った戦闘服に袖を通し、胸当てをはめた。
「ありがとう。もういいわ」
レゼルは巫女さんたちにカーテンをさげさせる。
仕上げに肩当てをはめ、彼女は前へと歩みだした。
そのまなざしはすでに恥じらう少女のものではなく、これから戦いに臨む一国の女王のものであった。
「まもなくシャレイドラの大軍勢が、このエミントスを攻めほろぼそうと押しよせてきます。
彼らは今宵、このヴュスターデでの抗争に終止符を打つつもりです。
私たちも心してかかりましょう。
総員、ただちに迎撃態勢を!」
着替えを終え、指令を出すレゼルのもとに、マチルダがルナクスを連れて近寄ってきた。
「女王レゼル。
貴方がたにわが王家の命運を託し、危険な戦いに巻きこむことになってしまったことを、ただただ申しわけなく思うばかりです。
でもどうか、私たちにちからをお貸しください」
「マチルダさん、お気になさらないでください。
大義のためにちからを尽くすことこそ、龍神教の教義に順ずることです。
それに私たちには、心強い協力者がいます。
……グレイスさん」
レゼルとマチルダの視線が、俺のほうへと向けられたのを感じた。
「事前に打ち合わせていましたとおり。
この戦いの総指揮を、あなたに委ねてもよろしいですか?」
俺は目をつむってこれから起こる戦いの模擬を行っていたが、レゼルの呼びかけに応じて彼女を見かえした。
「ああ、任せてくれ。
必ずや良い戦いを……いや、この劣勢を覆し、みんなを勝利へと導いてみせる!」
俺だってこの一ヶ月間、指をくわえて決戦のときを待っていたわけじゃない。
マチルダと話しあいながら、今日のためにずっと準備を続けてきたんだ。
……もう遠慮して、身を引いてる場合じゃないだろ?
レゼルたちと協力して帝国を倒すことを、心に決めたんだからさ。
ルナクスも一歩、前に進みでた。
「僕も今夜のこの戦いに、命のすべてを懸けることを約束しよう。
僕の命が続くかぎり、この手が届く範囲内で。
あなたたちを先に死なせるような真似は絶対にしない」
彼の物憂げな蒼い瞳には、静かなる闘志がみなぎっていた。
次回投稿は2023/4/13の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




