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第126話 交錯する闘志

 マチルダとレゼルからだけではなく、マレローからも提案を拒絶されるかたちとなったコトハリ。


 コトハリはがくんとうなだれた。

 その場にいた誰もが、彼はうち沈んでいるのだと考えていた。


 ――だが、それは違う。

 彼は必死にこみあげる笑いを押し殺していたのだ。


「そうか……。残念だよ、()()()()

 君が今までどおり私の言いなりでいてくれたなら、皇帝を殺すまでは生かしておいてやるつもりだったのに」


「!?」


 コトハリが指をうち鳴らした、そのときだった。


 天井が崩れ、瓦礫(がれき)がシャンデリアとともにテーブルの中央へと落ちてくる。

 そして落下したそのシャンデリアには、異形の怪物がしかみついていた。


 ――巨大な獅子(しし)に、龍の翼と蛇の尾が生えた合成獣。

 コトハリの秘術によって生みだされし怪物。


 獅子は潰れたテーブルの上で(たけ)り、獲物を狙う目つきでレゼルとマチルダをにらみつけた!


「その者たちを捕らえろ!」

「!!」


 コトハリが指示をだし、四方の部屋から彼の私兵(しへい)が次々となだれ込んできた。

 一瞬にして、宴会場が戦場へと変わる。


 武装した兵士たちが襲いかかるが、レゼルとマチルダは剣がなくとも武術の達人。

 ドレス姿のまま戦い、敵兵を叩き、蹴り、投げとばす。


 しかし、目の前の敵を相手どっているうちにミカエリスが敵兵に捕らえられてしまった。

 さらに、マレローのもとにはコトハリが駆けより、彼を拘束(こうそく)してしまう。


 コトハリはマレローの首に短刀を突きつけ、耳元でささやいた。


「マレロー、君はもうじゅうぶんに私の役に立った。最後にこの国をもらうよ」

「コトハリ、貴様……!」


 コトハリはマレローを拘束したまま、獅子の尾をつたって背中へと駆けのぼる。

 そして、マレローへと言いはなった。


「くははは……!

 今まで私の言いなりとなって財を集めてくれた褒美だ。

 最後に娘に言いのこす時間をくれてやる」


 ――こやつは、本気でワガハイを殺すつもりだ!


 コトハリの(まご)うことなき殺気を感じとり、マレローは死を覚悟する。


 彼は首に短剣を突きつけられながら、戦場と化した宴会場を見まわした。

 姿を見ることはできないが、必死に戦いの喧噪(けんそう)のなかから、娘の気配を探りだそうとしていた。


「ミカエリス、ミカエリスよ!

 今もこの場にいるのか!?

 いるのなら声を聞かせてくれ!」

「父上! 私は、ここにいます!」


 ミカエリスは敵兵に後ろ手をつかまれながらも、父に自分の存在を知らせようと必死に叫んだ。


「おぉ……!

 そこにいるのだな、ワガハイの最愛の娘よ……!」


 マレローは、娘の声がするほうを振りむき、眼に涙をあふれさせていた。


 ……残念ながら、彼の眼はミカエリスの姿を捉えてはいない。

 彼がどれだけ財をつぎ込んで学者に研究をさせても、呪いを解く方法はついに解明できなかった。


「ワガハイはお前の成長した姿をこの目で見てみたかった……!

 さぞ母さんのように美しく育っていることだろう……!」

「父上……!」


 ミカエリスはこの場でやっと、父の想いを知ることとなる。

 彼女もまた、眼から涙をあふれさせていた。


 ――どうして自分は父のほんとうの気持ちを知ろうとはしなかったのだろう。

 自分の悲しみや後悔にばかりとらわれて、父を見ようとしていなかったのは自分のほうではないか!


 しかし父は、そんな風に(かたく)なに心を閉ざしていた自分に、今もこうして想いを伝えようとしてくれていた。


「ミカエリスよ、お前の『声』はすばらしい。

 ワガハイがこうなったのはお前のせいではない、ワガハイ自身のせいだ。

 だからどうか、自分の『声』を呪わずに生きていってほしい」


 マレローはこの場のどこかにいるはずの娘へと向けて、訴えつづけた。


 最期になるであろうこのときに、自身の想いのすべてを託そうと。

 彼女が後悔して生きていかぬように。

 彼女が自分自身の存在を、受けいれてあげられるように。


「ワガハイはお前の心を救うために邁進(まいしん)してきたはずなのに、いつの間にかお前をよりいっそう置いてけぼりにしてしまっていた。

 こんな愚かな父親を許してくれ……。

 だが、これだけは忘れないでほしい。

 ワガハイが、お前のことをなによりも愛していたのだということを!!」


 ……そのとき、マレローのからだにとある奇跡が起こる。


 死を経ずしてミカエリスの『絶対服従の声』によってなされた『命令』が解除されることなど、起こりうるはずがなかった。

 しかし、彼は涙のヴェールに包まれたその向こう側に、たしかに()()姿()を見ていた。


「おぉ……! やっと……見えた……!!」


 マレローの眼に、ミカエリスの姿が映しだされる。

 神に懇願(こんがん)しても懇願しても、何をやっても見ることができなかった娘の姿が今、その眼に……!


「お別れの挨拶は済んだかな?」


 コトハリは娘の眼前で、富国王の首をかき切った。


「父上えええぇぇぇ!!」


 マレローは首から大量の血を噴きだし、その瞳から光が失われる。

 運命に翻弄(ほんろう)され、富に魅入られた哀れな男の生涯が、幕を閉じた。



「コトハリ……!」


 目の前の敵と戦いながら、レゼルは巨大な獅子の背中に立つコトハリを見あげた。

 普段は穏やかな彼女の心に、激しい怒りの炎が宿る。


「マチルダさん、こちらです!!」


 彼女はドレスの(すそ)(もも)(あら)わになるまで破くと、マチルダの手を引いてバルコニーのほうへと駆けだした。


「女王レゼル、そちらは窓ですよ!?」

「大丈夫です、私を信じて!」


 レゼルは通りがかりにあった燭台(しょくだい)をつかみ取ると、投げ(やり)のようにして投げ、窓の硝子(がらす)を叩きわった。

 そしてそのまま、マチルダとともに夜の闇へと身を投じる。


 ――夜の闇のなか、飛散する硝子の破片とともに。

 空を舞うふたりのドレスが月の光に照らされて、きらきらと光を放つ。


「窓から身を投げたぞ!?」

「いいから、気にせず撃て!」


 バルコニーの窓辺に立った敵兵たちが、レゼルとマチルダへと向けて、一斉に弓矢を掃射(そうしゃ)した。


 矢の雨が彼女たちへと降りそそぐ。

 空中で体勢を取りなおすことができないレゼルたちに身を守る手段はなく、なすすべなく射抜かれるのを待つよりほかはない。

 ……ない、はずであった。


 ――そのとき、どこかから龍のいななきが聞こえてきた。


旋風(トゥルビネ)』!!


 闇夜に清澄(せいちょう)な共鳴音が響きわたり、激しい旋風が巻きおこった。

 風は降りそそがれた弓矢をすべて()ぎはらい、窓辺にいた敵兵たちをも(ほふ)った。


 ……空中でエウロが、レゼルとマチルダを受けとめたのだ。

 エウロの背中には、ちゃんとリーゼリオンも()わえつけてある。


 レゼルは言いつけどおりに飛んできてくれたエウロの背中をなで、声をかけた。


「ちゃんときてくれると信じてたわよ♡ エウロ」

「ガル!」


 レゼルは結わえつけてあったリーゼリオンをほどき、にぎりしめると、自身が飛びおりたバルコニーのほうを見あげた。

 夜の風が、彼女の流れるような銀の髪をなびかせている。


「ほう……?」


 コトハリもまた、不敵な笑みを浮かべて窓辺からレゼルたちを見おろしていた。

 抱えていたマレローの亡骸(なきがら)を、足元へと投げすてる。


 交錯(こうさく)する視線。

 互いに視線の先にいる敵へと、闘志を向けて。

 ――今、ヴュスターデの命運を決める戦いが始まる!!


「五帝将コトハリ!

 あなたは私たち翼龍騎士団とエミントス軍が、必ず倒します!!」


「くははは!

 やれるものならやってみせよ、女王レゼル!

 今宵(こよい)命運が尽きるのは貴様らのほうだ!!」


 レゼルはコトハリへの宣戦布告を終えて顔を(そむ)けると、そのままエウロに乗って使節団(しせつだん)のもとへと戻っていった。


 いっぽう、コトハリは兵士たちのほうを振りかえり、命じる。


「さぁお前ら、待たせたな。

 もう遠慮することはない、今すぐ出撃だ!

 今宵、エミントス軍と騎士団を滅ぼす。

 そして今日から始まるのだ。

 私がこの世界の覇者(はしゃ)となるための、戦いの日々が!!」


 コトハリの私兵たちは彼の宣言に応え、雄叫(おたけ)びをあげた。




 やっと煮込み完了!

 いよいよ第三部の戦いが始まります!


 次回投稿は2023/4/9の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします!

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