第124話 王家の秘密
◇グレイスの視点です。
◆神の視点です。
◇
とうとう、満月の夜がやってきた。
マチルダを交えて、マレローと三度目の会談をする日。
幹部衆を中心とした騎士団の最精鋭と、エミントスの近衛兵数百騎は、使節団としてレゼルとマチルダの護衛を名目に彼女たちにつき従っている。
使節団は『太陽の楼宮』を目指して、夜のシャレイドラを進んでいく。
そしていよいよ使節団が楼宮の入り口へとたどり着き、いざなかへ立ち入ろうとしたときだった。
「…………!」
レゼルはなにかを感じとったのか、片手をあげて一行の動きを制した。
彼女は使節団の皆のほうへと向きなおり、指示をだす。
「ここから先は私とマチルダさんだけで行きます。皆さんはこの場で待機していてください」
「しかし、レゼル様……!
完全に丸腰では、さすがに危険ではありませぬか……!?」
騎士団の何人かが、心配してレゼルに声をかける。
ご指摘のとおり、今夜のレゼルとマチルダは正装のドレスを着ていて、身を守るものはなにひとつ身につけていない。
ふたりともあまりにも麗しい姿だが、敵になるかもしれない輩の本陣に乗りこむのには心許ない。
「武器を持たぬからこそ、こちらの誠意が伝わり、相手側の本音が引きだせるというものです。
……大丈夫、私とマチルダさんを信じて」
そう言って、レゼルは目の前にそびえ立つ太陽の楼宮を見あげた。
……今までにレゼルが俺たちの信頼を裏切ったことはない。
裏切るどころか、いつもその信頼を超える実績を残してきた。
俺たちは今夜も信じるしかないのだ。
彼女のことを。
彼女が起こす、奇跡を……!
◆
三度目の会談は再び、マレローの王の間でひらかれた。
中央の長テーブルには前回と同様……いや、前回以上に豪華な食事が並んでいる。
しかし、その食事に手を付けようとする者はいない。
明るく華やかな宴会場には不似合いな、張りつめた空気が満ち満ちていた。
今回の会談にもコトハリとミカエリスは参加していたが、前回と同様、コトハリは涼しげな表情を浮かべており、ミカエリスは沈んだ面持ちのままうつむいている。
やがて沈黙をうち破るように、マレローが話を切りだした。
「さて、また君と話し合いの機会をもててうれしいよレゼル君。
……そしてマチルダよ、久しぶりだな。
息災であったか?
レゼル君から話はよく聞いていることであろう。
ワガハイたちとの休戦協定について、話を飲んでくれるつもりにはなったか?」
マチルダに親しげな様子で話しかけるマレロー。
しかし、マチルダは鋭いまなざしで彼をにらみかえした。
「息災か、ですって?
祖国を裏切り、十年にもわたってエミントスに襲撃をかけつづけたあなたが、よくそのようなことを言えたものですね」
「なにを言っておるか。
ワガハイたちはお前たちが歩みよってくれるのをずっと待ちつづけておったのだぞ?
そのために、シャレイドラの軍事力を示すだけに留め、今までエミントスを滅ぼさずにいておいてやったのだ。
それもすべては、このヴュスターデを統一し、国家に平穏をもたらすための事業なのであるぞ」
「暴力にうったえ、同じ血を分かつ民どうしに殺し合いをさせる事業など、あってよいわけがないわ……!」
隠すことなく敵意を露わにするマチルダに、マレローはため息をついた。
正攻法では彼女を説得することは難しいと判断し、別の角度から攻めることにしたようだ。
「マチルダよ、せっかく今までのことを水に流してやろうと言っておるのに、頑ななヤツだ。
……レゼル君、君からも彼女になにか言ってやってくれんかね?
君は今回の休戦協定について、どう思っているのかということを」
マレローはレゼルに話を振った。
今まで静かに話を聞いていたレゼルは、そこで初めて口をひらいた。
「私は、マチルダさんと同意見です」
「レゼル君……」
マレローはなにか言いたげだったが、レゼルは構わずに話を続けた。
「たしかに、シャレイドラの街の繁栄はすばらしいものがあります。
しかし、エミントスの民の犠牲の上に成り立つ繁栄など、許されてよいわけがありません。
そして、帝国の庇護のもとそのような政策を進めていた都市がエミントスを併合したところで、より外の国から新たな富を搾取するようになるだけでしょう」
レゼルはかねてから感じていた疑念と反対の意思を、ついに言葉としてはっきりと表明した。
彼女は自身が見たシャレイドラの街並みと、そしてエミントスの街並みを思いうかべていた。
生活に苦しむエミントスの人々の、つらい表情。
彼らの暮らしぶりを見ていたレゼルにとって、シャレイドラがいくら繁栄していたとしても、それはどうしてもつくりものの繁栄であるようにしか思えなかったのだ。
「私は宗教や民族の垣根を越えて、誰もが幸せに暮らせる国をつくることを夢見ています。
ですがその『幸せ』とは、国が抑圧することによってつくりだされた虚構などでは、断じてありません……!」
レゼルの言葉にマレローもとうとう怒りを表し、反論しようとした、そのときだった。
拍手で手をうち鳴らす乾いた音が、王の間に響いた。
手をうち鳴らしていたのは……コトハリだ。
「ふふふ。すばらしい……じつにすばらしい志です、レゼル様。
その理想を実現できれば、世界じゅうの人々が幸せになることでしょうね。
しかし残念ながら、あなたがただけではちから不足であるのも事実。
我々と手を結び、帝国を平らげれば、あなたの思うがままの国づくりをすることができるのですよ……?」
コトハリはにこやかに語りかけているが、レゼルは真剣な表情を崩さずに彼を見返した。
「帝国は強大です。
とくに帝国皇帝は、今の私たちが束になってもかなわないほどの相手なのはあなたも重々承知のはず。
私たちが手を結べば勝てるという、その根拠は?」
「ふふふ……。
単純な武力の比較であれば、あなたの言うとおりでしょうね、レゼル様。
しかし、帝国皇帝のもとにまでさえたどり着ければ、それでじゅうぶんなのです。
……マチルダ様、あなたはご存知のはずだ。
『陽光の歌姫』ミカエリス様が秘めている、すばらしきちからの存在を……!」
「!!?」
皆の視線がミカエリスへと集まった。
彼女は青ざめ、怯えたように両手で顔を覆っている。
「はて? ミカエリスが秘めたちからとはいったいなんのことでしょうか……?」
「ふふふ。とぼけてみせても駄目ですよ、マチルダ様。
私は知っているのですから。
ミカエリス様に秘められたちから、それは……」
そしてとうとう、ヴュスターデ王家の秘密が明かされることとなる――。
次回投稿は2023/4/1の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




