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第123話 月夜の決闘

 レゼルたちが『和奏(わそう)』を実現した翌日。


 この日の訓練はいつもより早めに切りあげ、シュフェルは騎士団の宿営地に戻り、のんびり過ごしていた。


 まだまだ継続して訓練は必要であるものの、いったん休養をはさんで体力を回復させるためだ。

 いつオラウゼクスと再戦のときを迎えることになるとも、わからぬのだから。


 しかし、シュフェルは夕方になるころにはじっとしていられなくなり、宿営地を抜けだして近くの岩場で剣の素振りを始めてしまった。

 (レゼル)にはしっかりからだを休めるように言われていたので、誰にも言わずこっそりと。


 ひとしきり訓練を終えて満足すると、シュフェルは高台(たかだい)になっている大岩のうえによじ登り、てっぺんに腰かけた。


 座りながら、砂漠の地平線に夕陽が沈みゆくさまを眺める。

 反対側からは、もうすぐ満月を迎えようと(いびつ)にふくらんだ月が、夜空の頂点を目指して登りはじめていた。


 ――気持ちが(はや)って仕方がない。

『和奏』の技術が完成したとはとうてい言いがたいが、実戦にはなんとか間にあいそうだ。

 ……いや、間にあわせてみせる。


 今ならあのオラウゼクスにも食らいつけるかもしれない。

 来たるべき戦いに思いをめぐらせると、胸が(おど)ってたまらないのだ。


 ……そうして頭のなかで戦いの想像を楽しんでいたら、ついつい時間が経つのを忘れてしまっていた。


 気がついたときにはあたりはすっかり暗くなっており、例によって砂漠の気温は急激にさがる。肌寒くなって、彼女は思わず身震いした。


 と、後ろから柔らかいなにかが覆いかぶさってきた。

 どうやら自身の肩に毛布を投げかけられたものらしい。


「こんなところにいつまでもいたら、風邪ひくぞ」

「ガレル……」


 シュフェルがひとりで訓練しに行ったのに気づき、いつまでも座ったまま帰ろうとしないので、わざわざ毛布を持ってきてくれたのだろう。


「へん、アタシは夜中にほっつき歩いて風邪なんかひかねぇっつーの。

 なにせ子どもじゃないからね」

「はいはい、左様(さよう)ですか」


 シュフェルは口ではそう言いながらも、毛布にくるまってぬくぬく暖かそうにしている。

 ガレルは苦笑いしながら、彼女の隣に腰かけた。


 ガレルはしばらくシュフェルとともに地平線の夕陽が沈んでいった方向を見つめていたが、やがて何気ない様子で、隣にいる彼女に話しかけた。


「『和奏』……完成したんだってな。

 ちからの波動が、この宿営地のほうまで届いてきたのが、俺にも感じられたよ」

「うん?

 まぁ、厳密(げんみつ)に言えばまだ完成じゃないんだけどね。

 でもアタシから言わせればすでに手中に収めたも同然な感じっていうか?

 ヨユーよ、ヨユー」

「この短期間で、大したもんだよ」

「ガハハハ、だってアタシも姉サマも天才だし? ときどき自分たちの才能が怖くなっちゃうわ。

 常人がなしとげられないことをなしとげちゃうのが、天才たるユエンなのよねぇ」

「ああ、お前たち姉妹はまぎれもなく天才だよ。……ほんとう、俺たちを置いてどんどん先に進んでいきやがる」

「……ガレル?」


 ガレルが立ちあがったので、シュフェルは不思議そうに彼を見あげる。

 彼はシュフェルから距離をとるように大岩のうえを歩いていくと、くるりと振りかえった。


「シュフェル、俺と勝負してくれ。

 手加減なしの、全力で」


 ガレルがシュフェルの足もとに一本の長剣を投げた。


 それは、いつもの木刀ではない。

 本物の長剣の刃を(つち)で叩き、刃先を鈍くしたものだ。

 身を切り裂くことはないが、全力で振りまわしても木刀のように折れることはない。


 彼もまた、同様の処理をほどこした剣をにぎりしめていた。


「そして俺が勝ったら、俺の恋人になってくれ」

「はァ!?」


 シュフェルは人形のように大きな目を見開き、顔を真っ赤にさせている。


「急になに言ってんのアンタ、戦場で頭打たれすぎて、とうとうおかしくなったか!?」

「俺は本気だ」


 ガレルの表情は真剣そのものだ。


 その顔を、目を見て、シュフェルも彼が本気であることを悟った。

 彼女はくるまっていた毛布を脱ぎすてる。


「……死んでも知らないわよ」


 シュフェルは立ちあがり、剣を両手でもって構えた。

 月明かりが、長剣の刀身を照らしだす。


「お前に殺されるなら本望だ。

 勝つけどな」


 ガレルもまた、剣を構える。

 自身の全身全霊を、剣にかけた人生のすべてを、一滴残らずその刀身に(そそ)ぎこみながら。


 どちらからということもなく、激しい打ち合いが始まった。


 二本の刀身が、まるで情熱的な踊りのように、互いの動きに合わせて付いては離れ、月夜を舞っている。


 いつも、訓練に手を抜いているわけではない。

 だが、今宵のふたりは本物の命のやり取りであるかのように切りむすび、命の瀬戸際(せとぎわ)でせめぎあっていた。


 ――ガレルの剣をかわし、いなし、受けとめながらシュフェルは思いをめぐらせていた。


 シュフェルは知っていた。

 剣を交えるたびに、彼の剣が少しずつ、だが確実に強く、鋭くなっていることを。

 そうして彼は、騎士団随一(ずいいち)の剣士の座にまで登りつめてきたのだということを。


 負けてあげてもいいかな。


 ……ふと、そんな考えが彼女の頭をよぎる。

 真正(しんせい)の負けず嫌いであった彼女に、一度たりとも浮かんだことのない考え。


 今までの彼女だったら、そんなこと思いつきすらしなかっただろう。

 自身の変化に、なにより彼女が驚いていた。


 単に自分に勝ちたいだけなのか。

 はたまたほんとうに自分と付きあってみたいのか。


 ガレルの真意はわからない。

 ただ、剣を通して、彼の熱意だけが痛いほどに伝わってきていた。


 ――でもなんなんだよ、その真剣な表情。

 そんな必死な顔つきされたら、本気で応えないわけにいかないだろッ……!!


 一閃。


 シュフェルは大上段から真っすぐに振りおろし、ちからずくでガレルをねじ伏せた。

 ガレルは剣を横にして受けたが、なすすべなく地に叩きつけられる。


 ……ガレルはたしかに強くなっていた。

 だが、レゼルと日々切磋琢磨(せっさたくま)する権利をもち、ミネスポネとの激闘を制し、オラウゼクスと剣を交えた。

 それらの経験が、シュフェルを常人には到達しえない速度で成長させてしまっていたのだ。


 それは彼女にとってなによりもうれしくて、なによりも望んでいたことだったはずなのに。

 今の彼女には、そのことが悲しくて悲しくて仕方がなかった。


 シュフェルは大粒の涙をポロポロとこぼしながら、叫んだ。


「アンタがアタシに勝てるわけないだろ! バカっ!」


 彼女はそう叫ぶと、どこかへと走りさっていってしまった。



 ――シュフェルが走りさったあと、たまたまガレルを見かけて追いかけてきてしまったティランが物陰からでてきた。

 彼は大の字になって倒れているガレルのもとに寄りそい、心配そうに彼の顔を覗きこむ。


「ガレルぅ……」

「馬鹿野郎、でてくんな。

 これだからガキは……。

 メチャクチャかっこ(わり)ぃじゃねえかよ……!」


 ガレルは手で顔を覆った。

 手の下で、くしゃくしゃになった泣き顔を隠して。




 次回投稿は2023/3/28の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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