第118話 鳴りゆく音に包まれて
今回は前回の場面の続きです。
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「……くそっ!
ホントにわけわかんねーヤツだな、あいつ!」
シュフェルが拳で自分の手を打ち、忌々しげに毒づいた。
「レゼル、これからどうする?
オラウゼクスが言ったことを信じて、この地になにか手がかりがないか、探してみるか?」
「……ええ。
ふたりとも、ちょっと谷底のほうに行ってみてもよいですか?」
レゼルは深い峡谷の谷底を見つめながら、提案してきた。
オラウゼクスの言いなりになるようで、シュフェルは渋々といった感じではあったが、姉の頼みであれば逆らうことはない。
黙ってレゼルに付いていくことにしたようだ。
俺たち三人は飛んでいる野生の龍にぶつかられないように気をつけながら、谷底へと降りたった。
谷底では、風が吹いたりやんだりしている。
時にはからだを包みこむように優しく、時には敵をうち倒そうとするかのように激しく。
まるで音色が違う音のように、風はさまざまな顔つきを見せている。
風哭きの谷の複雑な地形がさまざまな気流を生みだし、絡みあったり、ぶつかりあったりして、より複雑な気流をつくりだしているのだ。
ここヴュスターデでは、一日に一度は砂嵐が巻きおこるが、その風はこの谷から吹いていた。
不規則に生みだされた風が互いに逆らうことなくひとつの大きな流れとなったとき、うねりを伴った強い風が、谷から吹きだされる。
そんな風哭きの谷の風に吹かれて、レゼルは耳を澄ませるように目をつむった。
手を組みあわせ、龍神に祈りをささげるかのように。
「風が、哭いている……」
風が地表を吹きぬけるときに音を鳴らすように、風哭きの谷の風には、さまざまな自然の律動――『龍の鼓動』が含まれていた。
風そのものがもつ本来の『風』の律動。
強いちからを秘める『大地』の律動。
そしてかつてこの地にあったとされ、かすかに運ばれてくる『水氷』の律動――。
音の三要素である『大きさ』『高さ』『音色』のうち、『音色』が波のかたちの違いでしかないように。
これらの自然の律動も波のかたちが異なるだけで、本質から違えるものではないのだ。
さまざまな『龍の鼓動』を含む風どうしが、和音を奏でるように深く響きあったり、不協和音のように耳障りな音をかき鳴らしたりしていた。
そうした不協和音は、谷が哭いている声のようでもある。
――風が奏でる音で満ちた谷。
この谷には『和奏』の音と、そうでない音とで満ちあふれていた。
レゼルはそうした数々の音に包まれ、そのひとつひとつに耳を傾ける。
「そうか……。
ここで自然から学び、教われというのですね……オラウゼクス」
ただ闇雲に訓練するだけでは、『和奏』の習得は次の戦いにまで間に合わないだろう。
相棒となる龍、エウロとクラムの龍の鼓動は一時として同じことはなく、『和奏』の状態を維持しつづけることは容易ではないからだ。
『和奏』を維持するためには、龍側の鼓動の変化に対応できるようになるほどまでに、人間側が習熟するよりほかない。
しかし、和音の演奏法を訓練する際に、和音の種類、『コード』を学ぶように。
『和奏』の種類を知識として蓄積することによって、習得までの道のりは格段に近くなる。
そしてこの風哭きの谷には、風が奏でるさまざまな『和奏』の見本で満ちあふれていた。
どのように合わせれば『和奏』が奏でられ、どのように合わせると不協となるのか。
耳で聞き、心で感じ、からだに刻みこむことができた。
それこそが、オラウゼクスが彼女たちに伝えたかったことなのであろう。
――これらの『龍の鼓動』に関する理論はすべて、俺があとからレゼルに解説してもらったことではあるのだが。
目をつむって耳を澄ましていたレゼルが、俺たちのほうを振りむいた。
その表情は、どこか確信に満ちているように見える。
「シュフェル、今度からはここにきて訓練を積みましょう。
『和奏』習得への道が、見えてきたように思います」
「レゼル……!」
「りょーかいっ、姉サマ♪」
こうして、レゼルたちは『和奏』習得への足がかりをつかんだ。
これから彼女たちは『風哭きの谷』でよりいっそう過酷な訓練を積むこととなる。
……三度目のマレローとの対談まで、あとひと月。
*音の三要素『音の高さ(音波の周波数)』『音の大きさ(音波の振幅)』『音色(音波の波形)』のうち
『音色(音波の波形)』に関するお話でした。
また小難しいことをたくさん書いてしまいましたが、「いろんな音がする谷にきたので耳を澄ませば勉強になる」というご理解でオーケーです(?)。
次回投稿は2023/3/8の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




