第116話 月下にたたずむ者
◇
マレローとの二度目の会談を終えたあと。
『太陽の楼宮』をでて、俺たちは夜のシャレイドラの街中を歩いていく。
「レゼル、シュフェル。
あいつらの話を聞いて、どう思った?」
歩きながら、俺はそばを歩いていたレゼルとシュフェルに話しかけた。
「アタシはあの場であの野郎をブン殴りに行きたかった……!」
ガルルル、と虎のようにうなりながら答えるシュフェル。
だろうな……。
シュフェルは宴会場でもひとりだけ殺意を剥きだしにしていた。
姉によく言い聞かせられていたとは言え、よくなにも言わずに我慢したよ。
「レゼルはコトハリの言うこと、どう思ったんだ?」
俺はレゼルにも話を振ってみた。
彼女が正直なところどう考えていたのか、聞いてみたかったのだ。
「私たちが協力することでほんとうに帝国を倒せるのかどうか、私には判断しかねましたが……。
あのコトハリという男、顔には笑顔を貼りつけていますが、その裏の感情や心の動きはまったく読みとることができませんでした。
迂闊に話を飲みこむのは、危険であるように感じられます」
「同感だな。
帰ったら今晩の話の内容をマチルダさんにも伝えて、よく相談してみよう」
「ええ、そうですね。
……ところでグレイスさん、『風哭きの谷』のことなんですけど」
レゼルに風哭きの谷のことを振られ、俺は過去の記憶を掘りおこしてみた。
「ああ。
風哭きの谷なら以前ヴュスターデに来たときに近くまで行ったことがあるから、行きかたは知ってるよ。
危険な場所だと言われてるから、なかにまで立ちいったことはないけどな」
「『行き詰まっている』って、『和奏』の習得のことだよね?
ホントに行くの? 姉サマ」
「たしかに、オラウゼクスはなにが狙いなのかよくわからんしな。
どうするレゼル……って、あれ?」
気がついたらレゼルがいない。
後ろを振りかえってみると、彼女は立ちどまって太陽の楼宮のほうをじっと見つめていた。
「……」
「? レゼル、どうかしたか?」
「……いえ、なんでもありません」
そう言って、再びレゼルは前に進みはじめ、俺たちのもとまで追いついてきた。
そして彼女は、こう述べた。
「グレイスさん、シュフェル。
風哭きの谷へ、行ってみましょう。
和奏習得の手がかりが、そこで見つかるかもしれません」
「レゼル……」
「姉サマがそう言うなら、アタシはもちろん付いてくよっ、姉サマ♪」
なにか感じるところがあったのか、今のレゼルに迷いは感じられなかった。
――こうして、俺たちは後日風哭きの谷へと向かうこととなった。
◆
富国王マレローとの二度目の対談を終え、騎士団員たちはエミントス側にある宿営地のほうへと帰っていく。
そして、『太陽の楼宮』の屋上から、そのさまを眺めている者がひとり。
――五帝将、『雷轟』オラウゼクス。
彼は雷龍に乗って楼宮に降りたっていた。
雷龍の金色のからだが月の光に照らされて、輝きを放っている。
……はるか遠く、小娘がこちらの気配に気付き、振りむいたのを感じる。
だが、彼女はオラウゼクスに戦意がないことを確認すると、再びエミントスのほうへと歩みを進めていった。
「騎士団の首領を風哭きの谷に招くとは、いったいどういうおつもりですか?」
オラウゼクスの背後には、コトハリが立っていた。
もちろん、彼の接近をオラウゼクスは認識していた。
オラウゼクスは振りかえらないが、構わずコトハリは話をつづける。整った顔立ちに、不気味なうすら笑いを浮かばせながら。
「罠にでも嵌めて、その場で殺すつもりですかね?
それともまさか、剣の稽古をつけようとでも?」
「……たいした意味などない。
今の奴らでは戦う価値すらないから、指示をだしただけだ」
コトハリは、芝居がかった素振りで首を横に振った。
「あなたが一度、騎士団と接触しているという情報は確認済みです。
なぜ奴らを皆殺しにしなかったのですか?
あなたなら造作もないことでしょう」
そのとき、オラウゼクスのからだからかすかな殺気とともに、雷電が小さくほとばしった。
「黙れ。
私のやり方に口出しするな。殺すぞ」
コトハリは再び芝居がかった素振りで、両手をあげてみせる。
「おっと。
あなたに文句を言うつもりはありませんよ。
あなたに本気をだされたら、私に勝ち目はないですからね。
……ただ、あなたがちゃんと私の味方をしてくれる気があるのかどうか、確認したかっただけですよ」
オラウゼクスはコトハリのほうをふり返ることないまま、ほとばしっていた雷電を治めた。
「……安心しろ。
あの小娘どもは私が必ず殺す。
それが私の仕事だからな」
「頼みますよ。
ただ、私のほうとしてもあのレゼル嬢は帝国にとって利用価値があると踏んでいます。
値踏みが終わるまでは殺さないでおいてくださいね。ふふふ……」
そう言いのこすと、コトハリは物音ひとつ立てずに、夜の闇に紛れていった。
彼がいなくなると、オラウゼクスは舌打ちした。
「ちっ、道化が。
いちいち癇に障る奴め」
コトハリが去ったあとには、オラウゼクスと雷龍だけが月の明かりに照らされて、たたずんでいた――。
次回投稿は2023/2/28の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




