第115話 新たなる提案
前回の場面の続きです。
◇
「……最終的な決断をくだすのには、もう少し時間が欲しいというのが正直なところです」
「ふむぅ。
まぁ、国家の命運を決める選択になるであろうから、レゼル君が慎重になるのもわからんでもないぞ」
マレローはレゼルの迷いに理解を示した。
しかし、そこでとうとうあの男が口を挟んだ。
「はて?
レゼル様にとって、はたしてそんなに迷う必要があることでしょうかね……?」
コトハリが、例の涼しげな笑顔を浮かべたまま、レゼルに疑問を投げかけた。
「ほう、コトハリ君。
やはり君も、カレドラルは帝国との共存を選ぶべきだと考えるかね?」
「いいえ、その逆ですよ」
「逆……!?」
コトハリの思わぬ返答に、マレローは驚きを見せた。
会場もざわつきはじめる。
「ええ。
レゼル様、あなたがたが与するというのであれば、我われはもう帝国の傘下にある必要はありません。
軍は小規模ながらも三人もの龍騎士を擁する翼竜騎士団、シャレイドラの軍と財力、そしてヴュスターデ王家のちからが揃えば、帝国をも覆せると、私は踏んでいます」
ヴュスターデ王家のちから……?
マチルダやルナクスのことを言っているのだろうか。
幹部衆の何人かはコトハリの言葉にわずかな引っかかりを覚えたが、彼は構わずに話を続けている。
「曲がりなりにも、五帝将のひとりに数えられる私もいますしね。
条件次第ではオラウゼクスさんも仲間に引きこめると思いますよ。
彼は利害が一致してるから帝国に属しているだけですし」
そこで、彼は爽やかに「ははっ」と白い歯を見せた。
「……そうすれば、マレロー殿とレゼル様こそがこの世界の真の支配者となるのです。
理想の国づくりも思うがまま。
ね、簡単でしょう? なにも迷うことはない」
コトハリの突然の提案に、マレローも考えるような素振りを見せた。
「なるほど。
そのような話はワガハイも初めて聞いたが、面白い話ではある。
できれば、事前に相談しておいてもらいたかったものだがね」
「すみません、マレロー殿にも驚いてもらいたかったもので」
コトハリは悪気のない顔でほほえんでみせる。
そのほほえみは人懐っこくて屈託がなく、逆に小憎らしいほどだ。
「して、レゼル君。
今の話を聞いて、君はどう思うかね?」
マレローは再び、レゼルへと話を振った。
その場にいた全員の視線が、レゼルへと向けられる。
突如として舞いおりた話ではあったが、彼女は冷静であるようだった。
エメラルドの瞳でしっかりとマレローを見返し、彼女は答えた。
「この場でお答えすることはできません。
今回の視察の第一の目標はシャレイドラとエミントスの休戦協定の仲立ちをすること。
協力して帝国と戦うにしても、マチルダさんの意向を無視して話を進めることはできないはずです。
一度エミントスに話を持ちかえらせてはいただけないでしょうか?」
――うまい!
レゼルはマチルダを引っぱりだすことで、自然な流れで判断を保留にし、熟考するための時間を稼ぎだしている。
これなら自分の考えを表明する必要はないし、建前として休戦協定を持ちかけた立場である以上、マレローたちもこれ以上は踏みこんでこれないはずだ。
「ふむ。
レゼル君の言うことはもっともだ。
あのマチルダが素直に話を聞くとは思えないが……。
今宵はちょうど満月の夜。
次の満月の夜に再び会談の場を設け、そこで君たちの決断を聞こうではないか!
レゼル君、次はマチルダも招くから、彼女にもよく言って聞かせておいてくれよ?」
「帰ってよく話し合いをさせていただきます」
レゼルは恭しく頭をさげた。
今晩の話し合いはこんなところでお開きとなった。
食事を終え、俺たちは席を立つ。
王の間を後にしようとしたところで、コトハリが呼びかけてきた。
「あ、そうそう。
レゼル様、シュフェルさん。
オラウゼクスさんからあなたがたに伝言がありますよ」
「オラウゼクス、さんから?
私たちに……?」
「ええ。
『行き詰まっているのであれば、風哭きの谷に来い』だそうですよ」
「『風哭きの谷』……?
それは、どちらにあるのでしょうか」
「さぁ。
私もこの国の出身ではありませんからね。
物知りそうなグレイスさんなら、知ってるんじゃないですか?
私は伝言をお伝えしたまでです。
行くかどうかは、あなたがたにお任せしますよ」
そうだけ言うと、コトハリはマレローたちに続いて立ちさっていった。
ミカエリスもなにかを伝えたそうにこちらを見ていたが、マレローの従者に連れられて行ってしまったようだった。
……こうして、俺たちはマレローとの二度目の会談を終えたのであった。
次回投稿は2023/2/24の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




