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第113話 幸運の女神


 前回の場面の続きです。


 そろそろ引き時だと思い、俺はカジノでの勝負を切りあげて立ちあがろうとした、そのときだった。


「強運ですね」


 そう言って、俺が座っていたテーブルのそばを通りがかった男が声をかけてきた。

 男は爽やかな笑顔を浮かべている。


「どうも。今日はたまたまさ。

 俺にだってそんな幸運な日が一日くらいあったっていいだろう?」


 全部イカサマだけどな。

 俺は肩をすくめてみせた。


 だが、男は俺の皮肉がかった言いかたなど気にすることなく、ニコリと笑ってみせた。


「もちろんですよ!

 幸運は誰にも等しく分け与えられるものです」


 そう言うと、男はテーブルの向こう側、俺の正面の席に座った。


「私もあなたの幸運にあやかりたいものです。

 よかったら、私もお手合わせをお願いしてもよいですか?」

「今日はもう引きあげるつもりだったんだけどね……。まぁ、いいさ。どうぞ」


 俺は目の前に座った男をそれとなく観察した。


 ……年齢は、俺と同じくらいだろうか。

 小麦色の肌には張りと(つや)があり、長い茶髪をターバンで包んでいる。

 澄んだ水晶のような瞳に、整った甘い顔貌(がんぼう)

 物腰は丁寧(ていねい)だが得もいわれぬ色気を漂わせており、通りがかりの女性にでも声をかけたらすぐに付いていってしまいそうだ。


 俺はその男と、ポーカーで数勝負を行った。

 たしかになかなか運が強いようで、けっこうな確率で良い手役(てやく)を揃えてくる。

 しかし、彼にイカサマをしている素振(そぶ)りはない。


 大勝ちする必要はないが負けるのも(しゃく)だったので、勝ちすぎず負けすぎず、ほどほどの勝率でこちらが勝つように仕向けた。



 さらに数勝負を終えたところで、男はカードをシャッフルしながらひと息ついた。

 勝負は依然として、俺が少しだけ勝ち越したままだ。


「……なるほど。

 やはりあなたは非常な幸運のもち主のようだ。通常のルールでは勝てそうにありませんね」

「ほんとうに、今日はたまたまだよ。

 気分転換に、ルールでも変えてやってみるかい?」

「そうですね……。

 それでは、五連ポーカーなどいかがでしょうか?」

「五連ポーカー?」

「ええ、ここにトランプが五組あります。

 それぞれの組で勝負を行って、勝った組が多いほうが勝ちというのはいかがでしょうか?」


 五組でそれぞれ勝負を行い、勝った組数を競うわけか。


 ポーカーには細かなルールの違いを含めると百種類以上ものルールがあると言われているが、そのようなルールは聞いたことがない。

 面白そうではあるが。


「……ふぅん? 変わったルールだな。

 そうすることで、アンタになにかトクすることがあるのかい?」

「いいえ、とくにありませんよ。

 ただ、私はあなたの幸運に一目置いているのです。

 このルールだと、あなたの運の強さがよりいっそう際立って見えるでしょう?」


 そう言うと、男はふたたびニコリと爽やかな笑みを浮かべた。

 その笑顔に邪気は読みとれない。

 俺は男の誘いに乗って、勝負を引きうけてみることにした。


 決めたルールのとおり、五組同時にカードを切る。

 それぞれ不要な手札を捨てては新しいカードを引くことを繰りかえし、互いに手札をそろえていく。


「……カードは出揃いましたか?

 では、お披露目(ひろめ)といきましょう」

「ああ、俺の手札は――」


 俺の手札は、五組のうち三組がストレート、フラッシュ、フォーカードだ。

 通常、これだけの手札を揃えれば引き分け以下になることはない。

 ……というより、まず間違いなく俺の勝ちだろう。


 このルールだと、前の勝負からひきつづき使っていたひと組を除き、ほかの四組では前の出札から相手にわたったカードを予測することができない。

 そのため、確実に勝つためには必要以上に強い手役を揃えなければならなかった。


 ――たしかに、イカサマ師としてはこのルールで何回も勝負を続けたくはない。

 不自然さが際立つからだ。

 やはり、イカサマを見抜くのがこの男の狙いなのだろうか?


 だが、今回の勝負で切りあげるつもりだったから、多少不審(ふしん)に思われたとしてもなにも気にすることはない。

 幸運を目のあたりにしたいと言うのだから、手土産(てみやげ)として思う存分見せつけてやろうじゃないか!


 ……そんなことを考えながら、俺は自分の手札をめくっていった。

 男は、俺の手札をじっと見つめている。


 俺がすべての手札をめくったところで、男はうなだれた。


 最初、自分の敗北を知って落ちこんでいるのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 ……男は、笑っていた。


「ふふふ……。

 やはりあなたはすばらしい運のもち主だ。

 普通なら、これだけのカードが一度に出揃うことはない。

 しかし今宵(こよい)、勝利の女神がほほえんだのは()()()()だったようですね……!」


 男が自身の手札をめくった瞬間、俺は総毛立(そうけだ)つのを感じた。

 自分が今、目にしているものが信じられない。


「ロイヤルストレートフラッシュ……だと……!?」


 毎日何百何千というゲームが行われるカジノでも、偶然ロイヤルストレートフラッシュがでたのを俺はたった一度しか見かけたことがない。

 もちろん、イカサマでカードをたぐり寄せたとしても、数回のドローでこの限られた組みあわせを揃えることは容易ではなかった。


 しかし今、現実に、俺の目の前ではスペードの10、J、Q、K、Aが一堂(いちどう)に会していた……!


「く は は は … … !」


 俺はカードに釘付けになっていたが、ふと気づくと、男は必死に笑いを押し殺していた。

 大笑いしそうになるのをこらえているが、おかしくておかしくてたまらないらしく、腹を押さえて端正(たんせい)な顔をゆがませている。


「……おっと、これは失礼。

 勝負はまだついていませんでした。

 勝った組数で競うんでしたっけね。

 ほかのもお見せしますよ」


 そう言って、男はほかの手札を次々とめくっていった。

 そこには、さらに信じられない光景が広がっていた。


 ――ロイヤルストレートフラッシュ。

 ロイヤルストレートフラッシュ。

 ロイヤルストレートフラッシュ。

 ロイヤルストレートフラッシュ!


「馬鹿な……っ!!」


 ロイヤルストレートフラッシュがでる確率なんて、数十万分の一より低い確率だぞ……!

 俺はありえない奇跡が起こったことに愕然(がくぜん)としていた。


 ――だが、コイツは、()()()()()()()()()()

 イカサマのやりかたに精通(せいつう)している者には、他者(たしゃ)のイカサマの手口というのも見えるものだ。

 いくら巧妙(こうみょう)にカードを(さば)いてみせても、五連でやられて尻尾(しっぽ)もつかめないことがあろうはずがない……!


 男はさも自分でも驚いたかのように、わざとらしく手を広げてみせた。


「おや、これは驚き。

 今宵はとても運がよい」

「アンタ、いったいどうやった……!?」

「なにもしてませんよ。

 ただ()()()()()()だけです」


 なにもしてないだって?

 そんなわけがないだろう……! 


 しかし、こいつがなにをやったのか皆目(かいもく)見当がつかないのも事実だった。

 男はもう表情を隠すつもりはないらしく、おかしそうに笑っている。


「賭け金も要りませんから。

 はした金ですからね。

 ……あ、そうそう。申し遅れました」


 そう言って、男は立ちあがった。

 彼はすでに(きびす)をかえし、背中を見せている。


 男は肩越しに、自身の名を名乗った。


「我が名はコトハリ、帝国五帝将(ごていしょう)がひとり。

 人は私のことを『数奇(すうき)』コトハリなどと呼ぶようですがね……」


「!!」


 俺も思わず、席を立った。


 まわりで見ていたシュフェルとティランも、護身(ごしん)用の武器をにぎって身構えた。

 戦乱の世のなかなので、短刀一本程度であれば(ふところ)に忍ばせることを許されているが、ほかの武器はすべてカジノの入り口で預かられてしまっている。


 まさか、こんなところで五帝将と遭遇(そうぐう)するとは……!


 突如として生じたものものしい雰囲気に、ホール内の客たちからどよめきが起こる。

 しかし、コトハリと名乗った男は(あわ)てる様子もなく手をひらひらと振っていた。


「おっと、ここで暴れるのはよしてくださいよ。

 まわりの一般市民にも被害がでますからね。

 私もあなたたちに危害を加えるつもりはありません」

「あんた……。

 いったいなんのつもりだ……!?」

「なに、ちょっとしたご挨拶(あいさつ)ですよ。

 あなたが加入してから、翼竜騎士団は破竹(はちく)の勢いだそうですね? ()()()()()()


 ――コイツ……!

 俺の素性(すじょう)を知ったうえで、近づいてきたのか……! 


 どうやら俺の騎士団での働きは、完全に帝国の知るところとなっていたらしい。


 ……妙だとは思っていた。

 以前テーベでブラウジたちに拘束(こうそく)されたとき、俺の手配書は()()()()()()()ばら()かれたと聞いていたが、騎士団がカレドラルを出立(しゅったつ)したあと、どこに行っても手配書は撤廃(てっぱい)されていた。

 俺は自由に泳がされていたわけで、むしろお(とが)めなしであちこち歩きまわれていたことのほうがおかしかったのだ。


「あなたの手並みを見て、報告にたがわぬ切れ者であると見て取りました。

 下見にきた甲斐があったというものです。

 ……とは言え、私はあなたがたに敵対するつもりはありませんから。

 我が友マレローとあなたがたとの次の会談に、私も同席するつもりです。

 どうぞお手柔らかに」


 コトハリは妖しくも艶美(えんび)な笑みを浮かべると、雑踏(ざっとう)のなかへと紛れこんでいった。




 奴がいなくなったあとしばらく、俺たちはただ呆然と立ちつくしていた。

 やがてシュフェルが気を取りなおしたように、いつもの調子で毒づく。


「……んの野郎ッ……!

 ナメた真似しやがって……!」

「でも、ボクたちの前に突然現れて、アイツはほんとうになにが目的だったんだろう」

「言葉のとおり、下見と……そして牽制(けんせい)だろうな」

「牽制?」

「いいか、ティラン。

『お手柔らかに』ってのはな、()()()()()()相手に対して使う言葉なんだよ」


 そのとき、近くのテーブルでルーレットの球がはじかれた。


 球が(ばん)を転がる低い音が延々、無限にも感じられるほど長く続いたあと、カコンと乾いた音をあげた。

 まるで、不吉な報せが届いたことを告げる音であるかのように。




※ロイヤルストレートフラッシュがでる確率は1回あたり約65万分の1です。


 やっと第三部の主要登場人物が出揃いました。

 これから物語は、少しずつシリアスになっていきます。


 次回投稿は2023/2/16の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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