第107話 プレゼント選び
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入浴してさっぱりしたのち、騎士団は自由解散として、さっそく街のなかを見てまわることとした。
レゼルとセシリアもふたり組となって街へと繰りだす。
「さぁ、レゼル!
グレイスさんへのプレゼントはなににする?」
セシリアはウキウキ顔でレゼルに呼びかける。
初めて訪れる外国の街を探索する期待と、親友の恋の応援をする楽しみとで、ワクワクして仕方がないらしい。
「もう、他人事だと思って……」とレゼルはぶつぶつ言いながらも、自分のために真剣になってくれるセシリアに、内心では感謝しているようであった。
ふたり並んで街のなかを歩きながら、レゼルは口もとに手を当てて考えこむ。
「そうね……。
それじゃあ、まずは食べ物で探すのはどうかしら?」
「えぇ~!? それじゃ軽すぎじゃない?
食べたらなくなっちゃうじゃん!」
「うん……。
でもほら、初めての贈り物だし、重たくなくていいかなって。
お口に合わなくても、捨てたりほかの人にあげたりできるでしょう?」
「ん~む……」
セシリアは腕を組んで考えこみはじめた。
「そんな考えじゃ、想いは伝わらん!」と叱ってやりたいところだったが、友人としてここは我慢、と思いとどまる。
「……わかった。
今から選ぶのはレゼルの贈り物だもんね。
まずはあなたが思う存分選んでみて、悩んでみなさい!」
「……うん。ありがとう、セシリア!」
さっそく、ふたりは食品が売られている市場へと向かう。
市場は大勢の人でにぎわっており、さすがは大国ヴュスターデ随一の市場である。
「へい、らっしゃい!
お嬢さんがた、ちょっと寄ってきませんか? お安くしますよ!」
「さぁさ、今朝もたっぷり仕入れたよ。
でも、いいものはすぐに売りきれちゃうからね。早い者勝ちだよ!」
ちょっと歩くだけで、店先の商人にたくさん声をかけられた。
ぎっしりと詰めこむように並んだテントの下には、絨毯や机のうえに数えきれないほど多くの食品が並べられていた。
ここならきっと、グレイスに喜んでもらえる食品も見つかる……!
そんな期待を胸に、レゼルとセシリアは商品を見てまわったのだが……。
「「う~ん……」」
ふたりして首をひねる結果となってしまった。
「やっぱり砂漠だからか、乾燥させた果物とか乾物が多いですね……。
見慣れない食材が多くて、味の想像がつかないものも多いわ」
「そうねぇ、見るからに口のなかがカピカピになりそう。あたしはちょっと苦手かな」
「乾物が好きならいいんですけどね……。
日持ちもするし」
「うげ~! サソリの干物とかあるよ!
お金あげるって言われても、食べるの絶対ムリ!!」
「「う~ん……!」」
けっきょく、慣れない外国の食品を贈り物にするのはかなり危険であるという結論にいたる(実際に食べてみたらおいしい物はたくさんあるのだろうが)。
ふたりは別の路線を模索することとした。
次にふたりは、衣服をとり扱う店が多く並ぶ通りに向かった。
「……ねぇねぇ、レゼル。知ってた?
異性から下着をプレゼントされるのって、けっこう喜ばれるらしいよ」
「え、下着!?」
話を聞いた瞬間、レゼルは顔を真っ赤にしてしまった。
予想どおりすぎる反応に、セシリアはニシシ、と悪い笑顔を浮かべる。
「そぉそ!
人目につかないところだからこそ、特別感があるのよねぇ。
見えないから、意匠も遊べちゃうしね♡」
「えぇ~!! ムリですムリです!
私には障壁が高すぎて、絶対にムリ!!」
「いいじゃん。
これを機に、一皮むけちゃいなよ♡」
「ぜったいムリです~!」
そんなやり取りをしつつ、衣服をとり扱ったお店の通りにたどり着く。
露店にならぶ商品をじっくり見定めて歩く。
が、しかし。
やはりダメ……!
「う~ん、あまりグレイスさんに似合いそうなものがありませんね。
というかどれも民族色が強すぎて……」
どうしても砂漠の衣装だと、一枚の布で仕立てられたローブが多く、デザインにあまり差異はない。
しかも暑さ対策に関わるので、余計な模様の入っていない単色のものが多い。
ちなみにお店の人に聞いたところ、黒色のローブはいっけん暑そうだが、服の内部で空気の循環が起こるため、見た目の印象よりも外部の熱をさえぎってくれるのだそう。
「ご当地モノでターバンとかはどう?
ターバンならいろいろな柄のものがあって、オシャレそうなのもあるよ?」
「グレイスさんの雰囲気に似合うものがあればいいのですが……」
「まぁ、帝国風の服着てて頭だけターバンでも浮くよね。
外国人がターバンだけ巻いてたら仮装みたくなって、下手すりゃ笑いものだわ……!」
レゼルとセシリアはグレイスが変な柄のターバンを巻いたところを想像してみて、ちょっと笑ってしまった。
一歩踏みまちがえれば爆死しかねないターバンは地雷であると判断して、却下となる。
笑いを取りにいくわけではないのである。
確実に喜んでもらえそうなものを狙っていかなければならない。
その他、龍鞍などの龍関連の備品も検討してみたのだが、やはり意匠でピンと来るものが見当たらない。
いずれも単品だと、グレイスの衣装や雰囲気と合わないのである。
「なかなかプレゼント選びって、むずかしいですね……」
「そうね……」
食品、衣服と見てきたが、まるで贈り物になりそうなものがない。
だんだんと雲行きが怪しくなってきた。
レゼルたちは不安げな顔をしながら通路と通路のあいだの狭い路地を歩いていく。
と、そこで突然、後ろから見知らぬ男に話しかけられた。
「ソコのお嬢サン」
「……え?」
レゼルとセシリアが振りむいた先にいたのは、上質で艶のある絹製のターバンに、豊かな髭をたくわえた上品な紳士。
……なのは首から上だけで、首から下は庶民と然して変わらない服装であるうえ、なぜか短パンである。
男はテカテカに光沢のある顔に満面の笑顔を浮かべ、レゼルたちに話しかけてきた。
「ワタシはさすらいの商人デェ~ス。
もしかしてプレゼント選びでェ、お困りデスカ?
ワタシ、イイシナモノもってるアルヨ」
男の口調は、じつに怪しいものであった。
ヴュスターデの街の人びとが皆、こんな変な話しかたをするわけではない。
単にこの男が怪しいだけである。
レゼルとセシリアは不審そうな顔をして互いに見合わせたが、プレゼント選びに困っていたのは事実である。
ロクなことにならない予感はあったが、とりあえず話だけでも聞いてみることとした。
レゼルは恐る恐る尋ねる。
「あの、よい品物って、なんですか……?」
「よくぞ聞いてくれマシタ。
ワタシのスルドイ観察眼によればァ、アナァ~タたちは異性へのプレゼントをお探ししているとお見受けしマシタ。
そんなアナタにふさわしいシナモノは、コレネ!!」
「「ひっ……!」」
男がサッ! と前にだした手のひらの上では、どぎつい桃色をしたナマコのような物体がうねうねと蠢いていた。
あまりの気持ちわるさとおぞましさに、レゼルとセシリアは鳥肌を立たせ、思わずのけぞった。
「コレは『恋蟲』というモノデェ~ス。
コレを意中のヒトに生きたまま飲みこませればたちまち脳へとたどり着いてェ、男はアッという間に欲求の権化ェイッ!
アナタの恋奴隷へとなり果てマァ~ス!!」
恋蟲を片手に、なぜか男の息はハァハァと荒い。
さらによく見ると、反対側の手にもう一匹にぎりしめている。
「さァ、イカガですかァお嬢サ~ン!
いまなら一匹タダでプレゼントォ!
お買い得アルヨ~!!」
「こっ……!」
レゼルは泣きそうに顔をひきつらせながらも、懸命に息を吸いこみ――
「こんなけがらわしいもの、要りませ~んっ!!」
「はぼァッッ!!!」
思いきりの掌打を男の顔面に喰らわせた。
男はからだを雑巾のようにねじらせながら、遠くまで吹っとんでいく。
さすがのセシリアも心配になるほどの勢いで吹きとばされていったが、大丈夫だろうか。
「セシリア、行きましょう!」
「う、うん……」
レゼルはプンプンと怒りながら、セシリアの手を引いてその場を後にした。
セシリアが心配して後ろを振りかえると、男はピクピク痙攣しながらも、いちおう生きているようではある。
恋蟲二匹はくっついて一匹になったのち(!)、地中に潜って逃げていってしまった――。
次回もお買い物編の続きです。
2023/1/23の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




