第106話 湯けむりの向こう側で
前回の場面の続きです。
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お風呂でのんびりくつろいでいたレゼルの肩を、隣にいたセシリアが突っついた。
「ねぇねぇ、そんなことよりレゼル。
あいつのことはどうするつもりなの?」
「あいつ?」
はて、あいつとは誰のことだろうと、レゼルは首をかしげた。
「あいつに決まってるじゃない。
ひときわふてぶてしい態度で楽しんでる、あ・い・つ・よ」
セシリアが指さした先を見ると、そこにはネイジュがいた。
涼しい楼宮の建物の内部に入り、彼女は石箱のなかから解放されていたのだ。
ネイジュは氷水をたっぷりと入れた石桶にひとりで優雅につかっていた。
最初はほかのみんなと同じように大浴槽につかろうとしたのだが、彼女が入るとお湯が冷めて凍りついてしまうので、全員から猛反対をくらってしまったのだ。
「はぁ~。極楽極楽、でありんす♪」
しかし、ひとりだけ別待遇で石桶を準備されたのがお気に召したらしく、片手は揉みほぐし係の女性に揉まれ、もう片方の手にはファルウル産の果物をたっぷりしぼったジュースをグラスにつがれてご満悦な様子だ。
どう見ても満喫しすぎである。
「ネイジュさんがどうかしたの?
とても楽しそうにしているように見えるけれど」
「どうかしたの? じゃないでしょ、レゼル。
最近は箱に引きこもりがちだからいいけど、いつあいつにグレイスさんを奪われちゃっても不思議じゃないのよ?」
「そそそそ、そ、そんなの、べつに気にしてませんし……」
レゼルは激しく気が動転し、視線がブレまくっている。
「嘘ね。
レゼル、あなたの嘘はわかりやすいの。
体裁を気にしてるからか、今はまだグレイスさんも持ちこたえてるけど、いつ人妖の壁を超えて凍りづけの道を選んだとしても不思議じゃないわ。
……見なさい! あいつの胸を!!」
セシリアは再びネイジュのほうを指さした!
一糸まとわぬ姿で露わとなり、氷水の水面に浮かぶそれは、圧巻の代物であった。
たわわに実る奇跡の果実。
ネイジュの胸は圧倒的な体積を誇りながらも張りのあるお椀型をしており、それでいてぷるるんと柔らかである。
なんという神のいたずら。
その形状・質感・大きさは女性から見ても驚異的であるらしく、揉みほぐし係の女官は手もとはなんとか動かしているものの、視線はネイジュの腕ではなく、胸に釘づけになっている。
「こうして生で見てみるととてつもないエロさね……。ありゃとんでもないわ。
私が男だったら、胸にあんなのぶらさげられてたら理性が一瞬で砕けちる自信があるわね」
「グっ、グっ、グレイスさんはそんな誘惑に傾く人じゃありませんっ」
「甘い! 甘すぎるわ、レゼル。
男はみんな獣なの。
頭のなかは常にえっちなことで満たされていると言っても過言ではないわ。
グレイスさんとて、例外ではない」
「そ、それは言いすぎだと思うけど……」
暴論をふりかざすセシリア。
さすがのレゼルも呆れぎみである。
「レゼルが持ってるものも、けっして悪くはないんだけどねぇ。
ホント、あなたたちみんな羨ましすぎだわ……!」
「……あのぉ、下からたぷたぷしないでもらえますか……?」
セシリアは小難しい顔をしながらレゼルの胸をまじまじと見つめ、両手で下乳をたぷたぷ持ちあげている。
まるでどこぞのオヤジのようである。
「でも……。
グレイスさんが誰を選ぼうと、私がとやかく言える立場じゃないし……」
「それじゃあ、レゼルはグレイスさんを誰かに取られてもいいの? ホントにほんとう?」
グっと顔を寄せて迫るセシリア。
彼女の友人を想うまなざしは、真剣そのものだ。
「うぅん……。それは、困る、かな……」
レゼルは自分の指をイジイジしながら、ポツリと答えた。
「でしょ?
自分の気持ちに素直になって、レゼル。
あなたがどんなに重い使命を抱えていたって、誰かを好きになるのは悪いことじゃないの」
「でも、私、いったいどうすれば……」
そこでセシリアは両手を腰にあて、得意げに胸を張った。
話に夢中になって、前を隠すことをすっかり忘れている。
「むっふっふ~。
やっとやる気になったようね、レゼル。
安心しなさい、あなたのためにとっておきの情報をつかんでおいたの。
偵察兵の情報収集力をなめてはいけないわ!」
「とっておきの情報?」
「そうよ。じつはね……。
来月、グレイスさんの誕生日だという極秘情報をつかんだの!」
「誕生日!?」
自慢げに言うほどの情報でもないように思われるが、レゼルはおおいに食いついている。
親友のとてもよい反応に、セシリアは満足げにうなずく。
「そう、これは誕生日にかこつけて贈り物を渡すまたとない好機。
誕生日ともなれば一日じゅう相手の機嫌がよくて、交渉も成立しやすいというもの。
いい、レゼル?
誕生日の贈り物を渡して、そのまま告白するのよ!」
「こっ、こっ、告白ぅ!?」
「うん、告白」
「そ、そんな慌てなくたって」
「なにを言ってるの。
恋愛を決める三要素は時期・きっかけ・気分なのよ。
このチャンスをみすみす見逃す手はないわ。
私の言うことを聞いてれば間違いないんだから、黙って私に付いてきなさい?」
「ででで、でもっ……!
セシリアだって恋愛小説はたくさん読んでるけど、実際にお付き合いしたことのある方はいないじゃない」
「はうっ……!!」
……そうなのである。
レゼルを『軽小説』の沼に引きずりこんだのはセシリアだ。
数ある軽小説の種類のなかでも、レゼルは幻想戦記モノを好み、セシリアは恋愛喜劇を好んで愛読している。
そしてセシリアがさも実体験のように語る恋愛知識のすべては、小説を読んで得た知識なのだ。
……結局のところ、好む小説の種類は違えど、彼女たちはやはり似た者どうしなのである。
チーンとしょぼくれてしまった親友に、思わず慌てるレゼル。
「セ、セシリアごめん。
そんな悪気があったわけじゃ……」
再び顔をあげたセシリアは、目に涙を湛えていた。なにも泣かんでも。
「それじゃあ、レゼルはどうするの?
このままなにもせずにグレイスさんが奪われていくのを指をくわえて見ているの?
一生独身なの?」
「う~ん」
うるうると目をうるませて、レゼルのことを見つめるセシリア。
その視線にいたたまれなくなり、レゼルは答えた。
「でもまぁ……。
贈り物を選ぶだけなら……いいかな」
「よし、よく決意したわレゼル!
これでおもしろ……じゃなかった、いいから告白しろと言いたいところだけど、まずは行動を起こすことが大事だものね。
お風呂からあがったら、さっそく贈り物を選びに街に繰りだすわよ!」
コロコロと目まぐるしく表情が変わる友人に、レゼルは思わずため息をついた。
「もうっ。
あくまで街を視察するついでなんだからね?」
「わかってるわかってるって♪」
話がまとまったところで、浴槽からあがろうとするふたり。
そんなふたりの目の前に、なにかがぷかぷかとただよってきた。
「ん……?」
「あ! サキナさん!?」
ただよってきたものは、お湯に浮かんだサキナの背中だった。
いつにも増してぽーっとしていたのはやはり、のぼせていたかららしい。
慌ててレゼルとセシリアが彼女を引きあげる。
まわりの女官たちも駆けよってきて、浴場は大騒ぎになったのであった。
※ちょくちょく戦闘時とのギャップを見せつけてくるサキナさんですが、お酒もかなり弱いです。
次回、いよいよ街に繰りだします。
2023/1/19の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします!




