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第105話 ご入浴のお誘い

 第36話のあとがきで掲げた公約を、ついに果たすときがきました。


◇グレイスの視点です

◆神の視点です


 マレローとの対談を終え、俺たちは楼宮の一階のホールへと向かう。

 ホールで待つ使節団と合流し、いざ、街に()りだそうというところである。


 しかし、王の間をでてすぐに、宮仕えの女官たちにとり囲まれてしまった。


 彼女たちはエミントスに訪れた使者の女性たちと同様、若くてきれいな女性ばかりで、見るもまぶしいほどに華やかだ。

 ……そう言えば、この楼宮に仕えている人たちは若い女性ばかりだな、ということに今さらながら気づく。


 なんだなんだやっぱり罠か、一戦交えようってのかと俺たちが身構えていると、女官のひとりが明るい声で案内を始めた。


「栄光ある翼竜騎士団御一行さま、この度はようこそ太陽の都シャレイドラにお越しくださいました!

 都市をご観光なさる前に、当宮殿自慢の大浴場にご入浴はいかがですか?

 せいいっぱいおもてなしさせていただきますよ♡」

「ご、ご入浴……?」


 予想外のお誘いに、戸惑いの色を隠せないレゼル。


「貴重なオアシスの水を贅沢(ぜいたく)に使い、大地の恵みたる地熱で温め、絢爛豪華(けんらんごうか)な大浴場をお楽しみいただく。

 それが、このヴュスターデにおける最上級のおもてなしなのです♡」

「い、いえ、でもきたばかりでそんな厚かましいですし……」

(とうと)きご身分ですから、異国で武装を解かれるのはご不安ですよね。

 でもご安心ください、ご入浴中は我が国最精鋭の騎士たちである王直属親衛部隊が身辺の警護を務めさせていただきます!」

「いえ、あの、そうじゃなくて……」

「外にご観光に行かれましたら、また汗をかかれることでしょう。

 もちろん、帰りに再度ご入浴いただくのも、大丈夫ですよ(ニッコリ)」

「……あのぉ~……」


 シャレイドラの女官たちと、騎士団側の人間たちと、全員の視線がレゼルへと集まる。

 皆の視線に気づき、レゼルはほんのりと頬を赤らめ、ポツリとつぶやいた。


「私、入浴してみたいです……」



 ――『太陽の楼宮』に備えつけられた大浴場。


 使節団の女性陣はレゼルの(つる)のひと声により、女官たちに導かれるまま大浴場に入浴しにきていた。

 さすがに警備をシャレイドラの兵士たちにすべて任せるわけにはいかないため(そこまでシャレイドラ軍に心を許してはいない)、先に女湯に女性陣が入り、男性陣は浴場の外で万が一の襲撃(しゅうげき)に備えてもらうこととした。


「すごーい。

 こんな広いお風呂、はじめて見ました……」


 布一枚で前を隠し、大浴場に足を踏みいれたレゼルが感嘆の声をあげた。


 中央に湯をたたえる浴槽は、人が百人同時に入れそうなほどの広さだ。

 周囲にはいくつもの給水口が配置され、オアシスから汲みあげた温水が湧きでて、中央の浴槽へと流れこんでいる。

 お湯は薬草の成分やアロマ油を混ぜているのかほんのり桃色で、よい香りがあたりにただよう。


 こんな暑い国でお風呂、と思うかもしれないが、大浴槽を囲む建物はうまく外部の空気を取りこむ構造になっているらしく、常にどこからか涼しい風が吹いてくる。

 砂漠の砂までは入ってこないから、かなり()った造りになっているのだろう。


 レゼルは軽くからだを流すと、大浴槽のなかに身をひたした。

 湯けむりの向こうに広がる大浴場の景観は、まさしく見事のひと言。


 奥行きを感じさせる空間の各所には陽光石と大理石を織りまぜた彫刻が配置され、それぞれ天使や龍のすがたをかたどっている。

 全体的にはうす暗くなるように光量が調節されているが、いくつかの天窓(てんまど)からは光の筋が射しこみ、湯けむりの粒子を浮かびあがらせていた。


 さすがご自慢の大浴場というだけあって、心地よい湯に、目で見て楽しむ幻想的な景観。

 思わず時間を忘れてくつろいでしまう、癒しの空間である。


 ……はずなのだが、浴場の壁沿いには見るも美しい女官たちが、洗髪係、背中ながし係、揉みほぐし係、アロマ係と、おもてなしする気マンマンで今か今かと出動の機会をうかがっている。

 果ては、さらに浴場のなかを涼しくしようと、大きな葉をかたどった(おうぎ)を懸命にあおいでいる者たちまでいる始末。


 もてなしてくれる気持ちはおおいに伝わってきたが、こんな状況に置かれて落ちつけるわけがない。

 レゼルは思わず苦笑いしてしまった。


 とは言え、こんな広い浴槽に足を伸ばしてゆっくりつかれるのはたしかに気持ちがよい。

 レゼルは目をつむって自分の動向を注視している女官たちの姿を見ないようにすると、背中を浴槽にもたれかけさせた。

 すらりと長い肢体(したい)を伸ばし、(つや)やかな銀の髪からしたたった水滴が、彼女のかたちのよい胸の谷間へとそそがれていく。


「はぁ。

 ほんとうに、こんなところでのんびりしていてよいのでしょうか……。

 ついついお風呂の誘惑に負けてしまったけれど。

 私はいったい、ここになにをしにきたのかしら……」


 自分の今の状況にいささかの疑問を感じつつも、日々の疲れがほぐれて湯に溶けだしていくようで、レゼルは思わずため息をついてしまった。


「いいんじゃない?

 最近はずっと訓練しっぱなしで疲れもたまってたんでしょ?

 息抜きも大事よ、ダ・イ・ジ」


 隣で答えたのはセシリア。

 レゼルの友人としてちゃっかり使節団に紛れこんでいたセシリアは、彼女のご入浴にもしっかりと付いてきていた。

 セシリアの頬も湯の熱で火照(ほて)り、しっとりと(つや)めいている。


 ちなみにほかの女性陣はどうしているかというと、シュフェルは広い大浴場にはしゃいで、浴槽の中央のほうまで泳ぎに行ってしまった。

 カレドラルの険しい山々に囲まれて育った彼女だが、さすが運動神経がすばらしく、泳ぎもとても達者(たっしゃ)であった。


 サキナはときどきひとりでぽーっとしていることがあるが、今日は気持ちよいお湯につかっているからか、いつにも増してぽーっとしている。

 心がどこか彼方(かなた)に行ってしまって、完全に風景と一体化していた。

 彼女のことを知らぬ者が見たら、大浴場の彫刻の一部だと思うかもしれない。


 エルマやお付きの巫女たちは使節団には同行しておらず、本日はエミントス側に設営した宿営地でお留守番だ。

 エミントスに戻ったら、次はいっしょに行かないか誘ってみるのもよいかもしれない。


 来訪した女性陣は皆、思い思いに貴重な入浴体験を楽しんでいる。

 レゼルもそんな女性団員たちを眺めながらのんびりくつろいでいたのだが、隣にいたセシリアが彼女の肩を突っついた――。




 や、やったぞ!

 これが伏線回収というやつだ!(ちがう)


 湯けむり編は次回も続きます!!


 次回投稿は2022/1/15の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします!

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