第104話 『富国王』マレロー
前回の場面の続きです。
◇
俺たちは楼宮内で飼っている龍に乗せてもらい、王の間へとたどり着いた。
案の定、黄金がふんだんに使用され、自身の美しさを謳いあげるような芸術品の数々が並ぶ、華美な広間。
その広間の奥に、男はいた。
『富国王』マレロー。
豊かな髪に、豊かな髭。
恰幅のよいからだには数多くの宝飾品が巻きつけられており、街で見かけた資産家などの比ではない。
まさしく歩く金銀財宝。
マチルダとはまるで正反対な男だが、よぉ~く見ると目鼻立ちは似ている。
とてもよい暮らしをしているためか、マレローのほうが若々しく見えるが、年代も同じころなのだろう。
彼は自身の権勢と財力を誇示するかのように大きく身振り手振りをしながら、俺たちを迎えいれた。
彼が少しからだを揺り動かしただけで、身につけた宝飾品が擦れあい、じゃらじゃらとした音が鳴る。
「わっはっはっは!
ワガハイの名はマレロー!
翼竜騎士団の諸君、我が国ヴュスターデにようこそおいでなさった!
どうだ、すばらしいであろう?
この国、とくにシャレイドラの街並みは!」
マレローの勢いに、俺たちは気圧されてしまう。
さすが金持ちは違うな。
ヴュスターデのこともすっかり「我が国」呼ばわりである。
彼はズンズンとレゼルのほうに歩みよると、ズズイと顔を寄せ、豊かな髭をたくわえた口元をニンマリとさせた。
レゼルは思わずのけぞる。
「して、レゼル君。
いきなり本題に入るが、貴国カレドラルの総資産は如何ほどかな?
財政が苦しければ、我が国から多額の融資をしてもよいぞ!」
「えっ、ええぇ?
いちおう、カレドラルの財政は成りたっているとのことですが……。
国に残ってくれた大臣たちが頑張ってくれているようですので……。
総資産は、えぇと……」
マレローの不躾な問いかけに、律儀に答えようとするレゼル。
幹部衆の何人かは互いに目を見合わせ、「なんだこのオヤジ……」と思っているのがありありとうかがえる。
たしかに、想像以上の金の亡者っぷりである。
しかし、そんな俺たちの戸惑いなど気にかける様子もなく、マレローは再び金持ち笑いの声をあげた。
「わっはっはっは!
冗談であるよ、冗談!
だが、金が必要となればいつでも貸すから、遠慮なく申すのだぞ?
ワガハイは貴国と協力関係を結びたいのであるからな。
わははは!」
レゼルはコホン、と咳ばらいをして自身の態勢を整える。
「シャレイドラの主マレロー様。
このたびは私たち騎士団を視察にお招きいただき、ありがとうございます。
貴殿が私たちに望むことはエミントスとの休戦協定の仲介、そして帝国との和解とうかがっていますが……」
「うむ、使者から申し伝えてもらったとおりだ。
レゼル君、君たちが表立って帝国に反旗を翻していることはワガハイもよく知っておる。
過去にカレドラルが受けた仕打ちを思えば、帝国を許せないと思う気持ちもわかるのだ」
マレローはさも騎士団のよき理解者であるかのように、腕を組んでウンウンとうなずいている。
「だが、真の幸福にたどり着くには過去の矮小な怨みにとらわれず、時には大局の流れに身を任せてみるのも大事なことだ。
個々の国など、世界を動かす流れのなかでは、大河に浮かび流される小さな木の葉のようなもの。
無理に抗おうとすれば、身の破滅を招く」
そこで、マレローはレゼルの両肩をがっしりとつかみ、真正面から彼女を見据えた。
彼の瞳には、レゼルを我が子と思って教え諭すかのような真摯さにあふれている。
「レゼル君。
世界の流れを生みだし、皆を真の幸福へと導くもの。
それがなにか……今の君にならわかるね?」
幹部衆は、再び互いの目を見合わせた。
「金のちからだよ、レゼル君。
莫大な富だけが唯一、人の心を動かすのだ。
人の心の動きが、世界の大いなる流れを生みだすのだから」
「「「「「 う、う~~~ん…… 」」」」」
これには、その場にいた騎士団員全員が首をひねった。
価値基準が明確なのはよいことだが、基準が極端すぎるのもいかがなものだろうか?
俺も商人の端くれとして儲かれば人並みにうれしいが、そこまで拝金主義ではないぞ。
「我が国の経済力と、帝国の軍事力が組みあわされば、カレドラルどころか世界じゅうの国々を余すことなく幸福に導くことができようぞ。
どうだ、レゼル君。
ひと口乗ってみないかね?」
レゼルは目が点になって固まってしまっている。もはや、なにも返す言葉がでてこないようだ。
「君はまだまだ若いから、ワガハイの話は少し難しかったかね?
わはははは!」
「お、お金がとても大事だということはよくわかりました……」
レゼルが当たり障りのない答えを返すと、マレローはキラーンと目を輝かせてみせた。
「むふふふ、もしかしてワガハイのことを金と権力にだけとり憑かれた人間とお思いではないかな?
そんなことはないぞ。ワガハイには夢がある。
あれをご覧なさい」
そう言って、マレローは窓の外を指ししめした。
俺はここにいる誰しもがアンタをそういう人間だと思ってるよと言いたかったが、ぐっとこらえる。
彼が指ししめした先を見ると、シャレイドラの都市内部に建てられた巨大な建造物があった。
古代の神殿を模したような厳かな雰囲気の建物。
カレドラルの大聖堂よりはひと回り以上小さいが、それでもかなりの規模である。
外見の派手さや華やかさを重視するシャレイドラにおいて、異質な雰囲気の建物でもある。
建物からの出入りも活発なようで、学者風の人たちが議論を交わしながら、何人も歩いているさまが見受けられる。
「あれはワガハイがつくりし『学殿』である。
あらゆる分野における一流の専門家、世界じゅうの研究者や医学者を金のちからで集め、日夜研究させているのだ。
もちろん、研究にかかる設備や費用も出し惜しみなく提供し、彼らは夢のような研究生活を送っておるぞ」
そう言って、マレローは自分が造りあげた『学殿』を愛おしげに見つめた。
「金と権力はすでに手に入れたが、そんなワガハイにも夢がある。
人は知恵を磨き、自分たちの手でまだ見ぬ道を切りひらくことができると、ワガハイは信じておるのだ。
学問と文化の発展にちからを注ぐこともまた、世の権勢者に課せられた使命なのだから」
おや、と思う。
口では金、金と言っているマレローだが、金以外にもなにか大事なものがあるような……。
『学殿』を見つめる彼の姿は、今までとはちょっと違った印象を受けるように見えたのだ。
「なに、話を聞くよりも実際に見てもらったほうが早いであろう。
この街のすばらしさを、思う存分に見ていってくれたまえ!」
――こうして、俺たちは街を自由に視察してまわることとなった。
七日ののち、この街を見てまわった感想を踏まえて、再びマレローと会談をする約束をして退室した。
*マレローはオモローな男です。
次回投稿は2023/1/11の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




