第102話 休戦協定
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エミントスの楼宮に到着すると、なにやら宮中は騒がしくなっていた。
どうやら俺たちが訓練に外出しているあいだに、珍しい客がきていたらしい。
客はなんと、シャレイドラからの使者であった。
しかも、使者たちは翼竜騎士団の首領、つまりレゼルとも話がしたいのだという。
面会をするための個室が準備され、エミントス側からはマチルダやルナクスと護衛の者が数人。
騎士団側からはレゼルと幹部衆から数人が選ばれ、同席した。
(いつものごとく、俺もこっそり紛れこませてもらってしまった)
シャレイドラからの使者は、皆きれいどころの若い娘を集めたようだった。
彼女らはヴュスターデの民族衣装を艶やかに着飾っており、害意がないことを示すように愛想を振りまいている。
使者の代表である娘が簡単に自己紹介を済ませると、さっそく本題を切りだした。
彼女も若いが、ほかの娘たちと比べるとしっかり者のお姉さん、といった風情だ。
「マチルダさま、そしてカレドラル国女王レゼルさま。
かねてよりお会いしたく存じておりました。
私どもが主、マレローからことづかりました提言はただひとつです。
それは……」
そこで使者の娘はさぞめでたいことでも伝えるかのように、ポン、と手を打った。
「『休戦』、です」
「休戦……!?」
エミントス側と騎士団側の双方から、とまどいの声があがる。
しかし使者の娘は、こちら側のそんな困惑など意に介することなく、話を続けた。
「そうです。
神聖国家カレドラルの皆さまに醜い内輪争いをお見せすることになってしまい、主マレローはたいへん心を痛めています。
そこで、カレドラルの皆さまの来訪を契機に、休戦を提案したいのです。
今こそ分断されていたヴュスターデ王家をひとつの全きものへと再統合し、長きにわたる抗争に終止符をうつ。
そして、この歴史的変革の立会人として、女王レゼル、あなたさまに和解の仲介をしていただきたいのです」
「私に、仲介を……!?」
レゼルは驚いたように自分の胸に手を当て、身を乗りだした。
「はい、そうです。
国家として、これだけの大役を任せられるのはあなたさましかいないと、私どもは考えております。
お引き受けいただけますでしょうか?」
「それは……。
ヴュスターデの皆さんの国益となるのであれば、協力することにやぶさかではありませんが……」
レゼルはチラリ、とマチルダの顔色をうかがった。
ルナクスも隣で、母親の動向を注視している。
目をつむって使者の話を聞いていたマチルダが、その双眸をひらいた。
「お断りします。
今までのシャレイドラ軍から受けた蛮行の数々。
そして、私はマレローがどういう男なのかよく知っています。
今回の休戦を持ちかけたのにも、なにか裏があるとしか思えません。
あなたがたの提言は、信用するに足らないのです」
マチルダは使者を見据え、固辞の意を示した。
使者の娘はマチルダの毅然とした態度にわずかに動揺を見せたが、予想されていた答えではあったようだ。
彼女はそれ以上とり乱す様子は見せずに、話を続けた。
「マチルダさま。
誠に残念ですが、あなたさまがそのようにお答えすることを、主マレローは予想されておりました。
……そこで、実はもうひとつ、提言をことづかっております。
帝国に統治を認められて生まれかわり、よりいっそう繁栄した現在のシャレイドラを、第三者であるカレドラルの皆さまに視察していただくというのはいかがでしょうか?
今のシャレイドラが、いかにすばらしい都市であるかを見ていただきたいのです」
「私たちが、視察を……!?」
レゼルは再び驚きを表した。
幹部衆の面々も皆、困惑して顔を見合わせている。
……そうだ、今のシャレイドラは表向きはヴュスターデの統治を許されているが、帝国の支配下にあり、その実情は知れない。
通常であれば、罠と考えるのが普通だ。
しかし、使者の娘はニッコリとほほえみを浮かべ、悪意がないことを示してみせた。
「ええ。
あなたさまがた翼竜騎士団が帝国と敵対してきたことは伺っております。
しかし、ちからに訴えて相手を従わせることが、必ずしも正解とは限りません。
……敵対から、共存へ。
今までの戦いで残したすばらしき戦果によって、帝国のあなたさまがたへの評価・接しかたも変わっていることでしょうし。
今回の視察をきっかけに、皆さまと帝国との関係性も大きく変わるかもしれませんよ」
……つまりこの使者の娘は、シャレイドラのように帝国と共存する道を選ぶことこそが、カレドラルの繁栄につながるのだと言いたいのだ。
それこそが、主であるマレローの主張であると。
――帝国と共存して、幸福になった都市がある……?
突如としてだされた提言に、今まで帝国を打倒するために戦いつづけていたはずのレゼルに、いささかの迷いが生じることとなる。
すべての人が幸せに暮らせる『夢の国』を目指して、彼女は戦いつづけてきた。
しかし、戦うことばかりにとらわれてほかの選択肢を見失ってはいないか、検証しつづけることを忘れてはならない。
今さら父やオスヴァルトの犠牲を裏切ることはできないが、彼女とて争いを好んで戦っているわけではない。
戦争を続ければ、巻きこまれる民がいることはわかっている。
使者の娘が言うとおり、帝国が対外への態度を改めている可能性だってあるのだ。
「し、しかし……。
今までの戦いに巻きこまれた者たちの犠牲を裏切るわけには……。
意固地になるのがよくないことはわかっていますが……」
そのとき、迷いが見られるレゼルの答えをさえぎったのは、まさかのマチルダであった。
「よいでしょう。
カレドラル国女王レゼル、その提言を受けてください。
私からも、あなたにシャレイドラの視察をお願いしたい。
一国を治める者として、あなた自身で感じ、考え、正しいと思う選択をしてください。
結果として、私たち正当な王家の血筋が絶えることになろうとも、それは所詮そこまでの運命だったということでしょう」
「マチルダさん……」
「ただし」
そこで、マチルダは使者の娘に厳しい視線を投げかけた。
亡国の危機にさらされているとは言え、そこに漂うのはまさしく女王の風格。
「視察に行った騎士団を襲うなどといった卑劣な行為を見せた場合、我がエミントス軍は国家の存亡を顧みずに戦いを挑み、騎士団の救出に向かいます。
いくら強大なシャレイドラ軍とは言え、ただでは済まされぬことでしょう。
……マレローに、そう伝えてください」
このマチルダの威厳ある言葉に、使者の娘はおびえることなく、恭しく頭をさげた。
「謹んで、申し伝えておきます」
……これは俺の素朴な感想にすぎないのだが。
この使者の娘も時代の奔流に巻きこまれたひとりの女性に過ぎないのだろうが、若くしてじつに立派な人物だと思った。
話が少し脱線した。
こうして俺たち翼竜騎士団の面々は、後日シャレイドラの街並みを視察しに行くことになったのであった。
年内最後の投稿です。
来年もひきつづきよろしくお願いいたします!
次回投稿は2023/1/3の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。




