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第101話 『和奏』の原理

 俺たち騎士団がエミントスに滞在するようになったのちも、シャレイドラ軍から幾たびかの襲撃があった。


 ファルウルで『氷銀の狐』たちから執拗(しつよう)に襲撃を受けたときのように、一回一回の襲撃は小規模で、明らかに全力のものではなかった。


 しかし、氷銀の狐たちの襲撃が騎士団の心身の余力を削りとることが目的であったのに対し、シャレイドラ軍の目的はもっと別のところにあるように見えた。

 なにか俺たち騎士団の実力を評価し、値踏みしているかのような……。

 敵と相対(あいたい)しながら、そんな嫌な手触(てざわ)りを覚えたのだ。


 とは言え、エミントスと騎士団の合同軍は、シャレイドラ軍の襲撃をなんとか退(しりぞ)けられている。

 今回も都市の防衛は一般龍兵たちに任せ、レゼルとシュフェルは『和奏(わそう)』の習得に明け暮れていたのだが――。



「「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」」


 レゼルとシュフェルはふたりとも息があがり、膝に手をついて苦しそうに(あえ)いでいる。


 レゼルとシュフェルの『和奏』の訓練に、俺とエルマさんも付きそっていた。


 レゼルたちは、エミントスの近くにある岩場で、大きな岩がせりだして陰になっている場所で訓練を積んでいた。

 日陰の外側では、相変わらず灼熱の陽光が砂漠の砂をじりじりと照りつけている。


 レゼルとシュフェルは日課である剣の修行と、龍に乗った状態での模擬戦を普段どおり……いや、普段以上に強度を高めてこなしたうえで、『和奏』の訓練に取りくんでいた。


 オラウゼクスの前でも見せたように、龍との『共鳴』は繰りかえすだけでも高度な精神力と集中力を要求され、奇跡の媒介(ばいかい)となる身体には重い負担が強いられている。

 その大変さは未熟なりにも俺も体験しているところであり、まして『共鳴』のその先の境地に至ろうともなれば、彼女たちが直面している事態の困難さは推し測りようもない。


 オラウゼクスが見せつけた圧倒的な実力の差が、彼女たちを厳しい訓練へと駆りたてている。

 だが、レゼルたちはもちろんのこと、彼女たちの訓練に付きあっているエウロとクラムもへとへとに消耗してしまっていた。


 そして、この暑さ!!


 普段、レゼルとシュフェルは自身の体内で自然素をめぐらせ、ある程度の熱の変動に耐えることが可能である。

 シュフェルが自身の雷電の熱に身を焦がさずに済んでいるのにも、理由があるのである。


 だが、今は『和奏』の習得にすべてのちからを注いで疲弊(ひへい)しており、体温の調整に気をまわすだけの余裕がない。

 ヴュスターデの酷暑(こくしょ)が容赦なく彼女たちの体力を奪い、レゼルたちは滝のように汗を流していた。


 ……そんな、暑さに彼女たちが苦しんでいるときであった。

 俺とヒュードが責任をもって管理し、持ちはこんでいた石箱の蓋がズズ、とひらいた。


「ん?」


 物音に気づいて俺が振りむくと、わずかにひらいた箱と蓋の隙間から、手首が伸びてきた。

 氷の彫刻のように青白い手首がニョッキリと伸びだしているさまは、なんだかとても不気味である。


 隙間から伸びた手首は、レゼルたちに手のひらを向けると、冷気を吹きだした!


 普段なら冷たすぎてからだが凍りついてしまいそうになるほどの冷気だが、この炎天下のなかではとても心地がよい。

 手のひらから吹きでた冷気は、レゼルたちの火照(ほて)ったからだから熱を奪い、身体の機能を正常化させていく。


「ネイジュ……!」


 俺は思わず声をかけたが、隙間から伸びた手首は役目を果たすとなにも言わずにまた箱のなかへと引っこんでいき、ズズ、と箱の蓋がしまった。


(キツネ)オンナ……」

「ネイジュさん……ありがとうございます」


 ネイジュの冷気によってからだの火照りがおさまり、レゼルは散逸(さんいつ)していた意識を再び統一させた。


 ――解決の糸口は、すでにつかんでいた。

 経験豊富なエルマとの対話を重ね、何度も相棒の龍(パートナー)との『共鳴』を重ねた。

 そうして積みあげた実践のなかで、オラウゼクスが見せた完成像が、身体感覚として捉えられつつあったのだ。


『和奏』の正体、『共鳴』と『和奏』の違い……。

 それは『同調』ではなく、『ずれ』。


 龍の鼓動は自然本来がもつ律動(りつどう)であるが、音の周波数と同じく、周期性をもつものである。


 人と龍が鼓動を同調させ、調和を生みだし、奇跡をひきだすのが『共鳴』。

 まさしく、振動数が等しいものどうしが鳴らしあう共鳴現象そのものである。

 しかし、『共鳴』は単一の音を鳴らしているにすぎない。


 対して、『和奏』は和音の原理のごとく。

 周波数を合わせるのではなく、()えてずらす。


 ある程度以上のずれが倍音の一致を生みだし、単音では得られない音の響きと深みをもたらす。

 そうして得られた調和こそが、『共鳴』の数倍以上もの出力をもってして龍から奇跡を引きださせるのである。


 原理がわかっているのであれば、あとは実践あるのみ。


 レゼルは目をつむり、精神を集中させた。

 生涯をともにしてきた相棒であるエウロの龍の鼓動に、今こそすべての神経をそそいで耳を傾ける。


『同調』ではなく、『ずれ』。

 未知の領域だが、自身の感覚を信じて、やるしかない!


『和奏』!!


 レゼルとエウロは清澄(せいちょう)でなおかつ深みのある『共鳴音』を響かせ、自身の周囲に猛風を渦巻かせた!


 それは、今まで以上の質と量を伴った風の自然素の奔流。

 レゼルの『和奏』はついに成功したかに見えた。

 だが――


「きゃあ!」

「レゼル!」

「姉サマっ!」


 いざ生みだした風を操作しようとした段階で、レゼルとエウロの連結が断たれ、統制を失った風が暴発してしまった。

 レゼルとエウロは自身が生みだした風によって、身を切りきざまれてしまった。


 すぐにエルマとセレンが駆けつけ、傷ついたレゼルとエウロの治療を開始した。

 暴発した風は、レゼルの腕を深くえぐってしまっている。


 ……龍が秘める『龍の鼓動』は、まさしく自然本来の律動そのもの。

 気まぐれで予測不可能であり、一時として変化しないことはない。

 ましてや戦闘中ともなれば、その変化はいっそう激しいものとなる。


 この変化が激しい性質こそ、龍御加護(たつみかご)の民をもってしても『共鳴』を難しくさせている最大の要因である。

 予測不可能な旋律に合わせるだけでも難しいのに、それを一定の周波数ずらして合わせつづけることが、いかに難しいことか!


 だが現実に、『和奏』を戦闘中に実現させている者がいることを、レゼルたちは知ってしまった。


 和音の歌唱を習得するためには訓練を重ねてからだで覚えるしかないのと同様に、『和奏』を習得するためには研鑽(けんさん)を積みあげるしかない。

 そしてそのための経験と練習量が絶対的に足りていないことを、レゼルは自覚していた。

『和奏』の存在を知ってからの日が、あまりにも浅すぎるのだ。




 エルマさんは『治癒の波動(コンソリオンデュ)』で、レゼルとエウロの傷の手当てを終えた。

 レゼルは申しわけなさそうに母の腕に身を預けており、シュフェルも心配そうにレゼルの顔を覗きこんでいる。


「ごめんなさい、お母さま……」

「いいのよ、レゼル。

 私はあなたを支えるためにここにいるのだから」

「でも、もう少しだったね、姉サマ!」

「ええ。取っかかりは、つかめているような気がします。

 ……ただ、ここから実戦で使える域に到達するためには、まだまだ乗りこえなければならない山がいくつもあるような……。

 そんな、道のりの遠さを感じます」


 レゼルはそう言うと、ため息をついた。

 娘の落ちこんでいる顔を見て、エルマはいつもの優しいほほえみで、レゼルを励ます。


「高度な技術を習得する過程では、そのように感じるものよ。

 あるとき急にできるようになるものでもあるから、めげずに頑張りなさい」

「……はい、お母さま」

「うん。アタシも頑張るね、母サマ!」


 母の言葉に、レゼルとシュフェルがうなずく。

 エルマさんはもう一度ほほえみを浮かべてうなずくと、抱えていたレゼルを離して立ちあがった。


「さあ、でも今日は怪我もしてしまったことですし、訓練はこの辺にしておきましょう。

 疲れを残してしまってはいけないわ。

 明日からまた、頑張りましょう」


 エルマさんの言うことに従い、俺たちはエミントスの楼宮のほうへと戻っていくこととした。




※音楽用語でいえば、ユニゾンではなく和音でハモろう! という話がしたかった回です。

 ユニゾンは、同じ音程でいっしょに歌うことです。


 次回投稿は2022/12/30の19時に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

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