表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/330

第100話 私たちが守りたかった街

 マチルダは、王家の歴史について語りはじめた。



 ヴュスターデ本来の王家の末裔(まつえい)は、紛れもなくマチルダとルナクスである。

 彼らの祖先は大地の龍神からの祝福を受けてヴュスターデ建国の(いしずえ)をつくり、数千年にもわたってこの国を治めてきた。


 しかし長い歴史のなかで、ヴュスターデ王家のなかでも本家と分家に分かれる者たちがでてきた。

 派手さを好まない本家の者たちに対し、絢爛豪華(けんらんごうか)を求めた分家の者たちは、王都である『月の都』エミントスとは真逆の都市、『太陽の都』シャレイドラを築きあげた。

 つまりひと言で言えば、エミントスとシャレイドラは本家と分家の関係なのである。


 エミントスとシャレイドラは、決していがみあっていたわけではない。

 むしろ互いの文化の違いを尊重(そんちょう)していた。

 都市どうしの交流は盛んであったし、ひとつの国に真逆の文化が共存していることを楽しんですらいた。

 十年前に、帝国の大規模侵攻が起こるまでは。


 徹底抗戦の姿勢を見せたエミントスに対し、金銭的に豊かではあったが武力で劣っていたシャレイドラはたちまち降参し、陥落してしまったのだ。


 ……ヴュスターデがほかの国とは異なる、奇異な顛末(てんまつ)をたどるのはここからである。


 通常、帝国に反抗の姿勢を見せた国家は徹底的に破壊されるか、利用されつくすかのどちらかである。

 しかし、シャレイドラが降伏するやいなや、帝国は分家の主をヴュスターデの正統な王として祭りあげ、国家統治の全権を委ねた。

 国家統一事業のなかにはエミントスの攻略も含まれており、十年経った今でも、シャレイドラから襲撃を受けつづけているわけである。


 武力の面ではエミントスが優っていたが、帝国の軍門にくだったシャレイドラでは不思議なことが起こるようになる。

 シャレイドラの経済的な発展は絢爛豪華な文化に()かれて人が集まり、観光業や商業が発達したためにもたらされたものであったが、帝国侵攻後からは次々と貴重な油田(ゆでん)や地下資源を掘りあてるようになり、たちまち世界でもっとも裕福な都市へと成りあがったのだ。


 富が富を呼び、富が動けば人も動く。

 エミントスの富と人的資源はまたたく間にシャレイドラに吸収され、今や軍事的優位は完全に逆転していた。


 ――シャレイドラを統率する分家の主、マレローという男はいつしかこう呼ばれるようになっていた。

 世界でもっとも多くの富をもつ男、『富国王(ふこくおう)』と。


 ヴュスターデ王家では本家と分家の者が婚姻関係を結ぶことがあり、彼とマチルダにも遠い血のつながりがある。

 富を蓄えていくマレローに対して、月日を経るごとに貧しくなるエミントスの主、マチルダは『貧国の女王』などと呼ばれ、国民から揶揄(やゆ)されるようになっていた。



 ひととおり話を終えて、マチルダはため息をついた。


「誠に情けない話ですが、私たちはシャレイドラ……マレローに富も兵も奪われ、もはやいつ攻めおとされても不思議ではありません」


 そう言いながら、マチルダは窓辺へと向けてゆっくり歩いていく。

 窓から見える外の景色は、いつしか夜空になっていた。


「……本来なら、ヴュスターデの正統な血筋を守ることなどに固執(こしつ)せず、帝国に屈するのが民のためなのかもしれません。

 しかし、今日までこの街を守ってこられたのは私を信じて付いてきてくれた騎士たちのおかげ。

 そして、これが……」


 彼女は窓辺へとたどり着き、こちらを振りかえった。


「私たちが愛した街。

 私たちが守りたかったエミントスです」


「わぁ……」

「きれい……!」


 女性陣を中心に、幹部衆から次々とため息が漏れる。

 窓の外に広がるのは、昼間のくすんだ街とはまるで違う印象を与える光景。


 夜空高く浮かぶ月の光に照らされて、街の建物は淡く、青色に光っている。

 この都市を構成する建物は、月明かりを浴びると光る性質をもつ『月光石(げっこうせき)』でつくられている。

 この街が、月の都と呼ばれる所以(ゆえん)である。


 ルナクスもまた、エミントスの街を見おろしながら、つぶやくように話しはじめた。


「これがエミントスの美しき夜の姿。

 王家が守る、ヴュスターデ本来の都市の姿だ」


 レゼルはルナクスの話を聞きながら、感動で目を(うる)ませている。


「ほんとうに……ほんとうにきれいです。

 この街も、この街に住む人々も……」


 マチルダがうなずく。


「あなたにもそう思っていただけて大変光栄です、女王レゼル。

 ただ……」


 そこで彼女は、悲しげに表情を(くも)らせた。


「残念ながら、もはや私たちだけのちからではこの国を守ることはかないません。

 外国からいらしたあなたがたにお願いするのは心苦しいかぎりなのですが……。

 どうか、私たちにちからを貸してはいただけませんか……?

 この国を守るための、ちからを」


 マチルダからの願い出に、レゼルは応えた。

 一国の女王にふさわしい、気品と風格に満ちたまなざしで。


「この美しい国を守るため、ぜひ私たちに協力させてください」



 ……こうして、騎士団はエミントスの防衛に協力すべく都市に駐留することが決まったのであった。




*ちなみに、グレイスがカレドラルで鉄製武器の闇取引をしていたヴュスターデの商人たち(第一部第4話参照)は、シャレイドラとエミントスとの紛争を利用して暗躍していた地下組織の者たちです。

 こうして文字に書きおこしてみると、グレイスさんはとっても悪そうなことしてますね!


 次回投稿は2022/12/26に予約投稿の予定です。何とぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ