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「お母さんが言ってた。交通事故にあってから、私は瀬奈の事だけを忘れてしまって、今でも思い出せずにいるって」
セナは俯いたきり、口を挟もうとはしなかった。
「セナはさっき髪の長さが違うって言ってたよね。確かに、この写真に映っている瀬奈はロングで、あんたはショート。でも、これは簡単。ここ数日の間に美容室へ行って髪をばっさり切ったから」
私はセナの周りをなじるようにして歩いた。
「でもね。なんでわざわざ髪を切ったのか、イマイチ理解できなかった。だって、髪の長さなんて関係がないじゃない。そもそも、女の子がばっさり髪を切るなんて勇気がいる。ほら、よく失恋したら髪を切るって言うじゃない。イメージチェンジにはぴったりなんだけどね・・・・・・例えばほら、人間から宇宙人になるための」
ぴくり、とセナ体が少しばかり跳ねたのを、私は見逃さなかった。
「米田瀬奈を捨てて、あんたは宇宙人のセナという別人になろうとした。そうだよね、瀬奈。私があんたの事をずっと覚えていられるように」
「・・・・・・つまんないの」
そう言い捨てて、セナは下を向いたまま、「私が米田瀬奈? 違う。そんなヤツの事なんかこれっぽっちも知らない」と反論した。どんな顔をして言っているのか、前髪で隠れているせいで推し量れないのがもどかしい。
「あなたは宇宙人なんかじゃない。最初に出会った時、セナが初対面なのに私の名前と特長を言い当ててびっくりしたけど、簡単なトリックだよね。家族なんだから、私の事を何でも知ってる」
「私は、米田瀬奈じゃない」
声が震えていた。泣きじゃくる子供のような声、甘酸っぱさが胸に染みる。きっと、髪のカーテンの奥には涙が滴り落ちているのだろう。
「私、最初からセナの事を宇宙人じゃないってどこか思っていた。疑ってた。だって、まるでセナが二人いるみたいだったから。わがまま放題し尽くす常識の減ったくりもないセナと、寂しさの面影が見え隠れしているもう一人のセナ」
前者は宇宙人を装った姿、後者は。
「ねぇ、どっちが本物なの?」
私はセナの髪をかき分け、頬に手を添えた。雨に濡れたせいか、潤いが伴っていて、張りのある肌。透明感のある肌に、丸く凜々しいセナの瞳は映えていた。
「どっちも、本当の私だから」
「あっそ。私が好きだったのは、今みたいなセナだよ」
冗談のつもりで言ったのだが、はっとした。そっか、そうだったんだ。全部。私のせいなんだね。
私はセナに、妹以上の関係を求めてしまったんだ。
* * * * * * * * * * * * *
あの日のことを良く覚えている。大切なものを失った、丁度一週間前だ。
後で話があると莉奈に呼び出され、私は近所にある神社まで自転車を走らせていた。夜風はほんのりと暖かく、夏の訪れを告げようとしている。
嫌な予感があった。胸を掠めるような、この寒気。無性に行きたくなかったのだが、怖い物見たさとでも言うべきなのだろうか。私の脚は集合場所の神社へと赴いていた。
だから、面と向かって告白された時も、やっぱりそうだったかと何となく腑に落ちた。
「私、瀬奈の事が好きなの」
莉奈は拝殿の石段に腰掛け、独り言のように呟いた。拝殿の両脇を固めるようにして立っている電灯に、小蠅がわらわら集まっていた。その光に、莉奈は照らされていた。
私は暫く何も言えなかった。
莉奈の事は嫌いじゃない。むしろ、好きだ。頼りがいがあるし、包容力もある。優しいし、でも言いたい事はちゃんとぶつけてくれる。私と違って頭も良いし、運動も出来るし。料理は壊滅的に下手だけど、そこも可愛らしくて自慢の姉だった。
でも、私の「好き」と莉奈の言っている「好き」は、似て非なるもの。もっとかけ離れているはずだった。
「ずっと、ずっと好きだったの」
莉奈が今度は顔を上げて、私を見据えた。神楽殿の麓に腰を下ろしていた私と莉奈の距離はさほど遠くない。だけど、見た目以上に、私達の距離は離れているように思えた。
「・・・・・・ごめん。分かんない」
私は居たたまれなくなって、莉奈に背中を向けて岐路に立った。莉奈の顔を見たくなかったから。きっと、悲しそうな目で私を見つめているだろうから。もし、目を合わせてしまったら、自分が自分で無くなってしまう。そんな恐怖が頭を支配していた。




