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「酔っ払い」「同義語」「瓜」


 お酒をたくさん飲める人を『うわばみ』と言いますよね。


「何故なんでしょうか」

「食事を丸呑みする様子から連想して、という説はある。あとはヤマタノオロチになぞらえてか」

「ヤマタさんは酔っ払って倒されたのでは?」

「そのとおりではあるが、退治に用いられた八塩折(やしおり)の酒はかなり強い酒とされているからな」


 そんな事情もあるためか。


「あやかしたちは、酒にめっぽう強い者と、めっぽう弱い者の両極端に分かれがちだ」


 そう教えてくれる夜蓋さんの手には、ぐったりと垂れ下がる一匹の蛇がいました。

 先ほど玄関先で発見されたお客様(推定)です。蛇らしい模様に彩られた茶色の身体は、長さおよそ七十センチほど。

 夏という季節柄、その弱った様子だけなら熱中症を疑うところですが……。

 夜蓋さんに比べればこじんまりとした彼は、それはもう明らかに、お酒の匂いを漂わせていました。


「うぅ……」


 呻く蛇さんを、夜蓋さんはテーブルの上に乗せます。そこには僕が先程用意した水皿がありました。蛇さんは水に顔を突っ込むなり、それこそガブガブと飲み出します。

 やがて濡れた頭を持ち上げると、彼は口を薄く開けて言いました。


「頭が痛え……」

「蛇さんも二日酔いになるんですねぇ」

「あやかしならばあり得る症状だな。純粋な蛇にアルコールは毒だが」

「のんびり言ってねぇで、何かしら肝の強い生き物に変身させてくれよぉ!」


 細い尾が哀れにテーブルを叩きました。


「俺ぁ、ヒトに化けなきゃ酒が抜けねぇのに、調子が悪すぎて上手く化けられねえんだよぅ」

 

 卵が先か鶏が先か。嫌なデッドロックですね。

 楕円の瞳孔で見上げて、蛇さんは化生屋の店主に助けを求めます。その頭を優しくさすってやりつつ、夜蓋さんは、至極自然な疑問を呈しました。


「薬屋の領分に思えるが、あちらの店には寄らなかったのか?」

「………」


 沈黙。

 先程テーブルを叩いた尾だけが、バツが悪そうに揺れます。鱗が整然と波打ちました。あまり艶はありません。

 夜蓋さんの片眉が上がります。


「飲み過ぎるのは今月で何度目だ?」

「四回くらい……っすかね……」

「仏の顔も尽きるころだな。薬を売ってもらえなかったのか」


 蛇さんは弱々しく頷きました。泣ける生き物なら涙ぐんでいたかも知れません。いや、滝のように泣かれても全く同情は誘われませんけれども。

 なるほど、と夜蓋さんは答えます。


「悪いが私も気が進まん。臓腑に関わる変化へんげは対価もそれなりに重い」

「そんなぁ」


 打ちひしがれ、蛇さんの顎はぐったりと卓上に崩れ落ちます。


「何とかなりませんかぁ」

「その姿でも野菜の汁が飲めるようなら、西瓜スイカくらいは出すが」


 へー。

 スイカって、二日酔いに効くんですか。

 冷蔵庫にはちょうど、お裾分けでいただいた果物がありました。スイカは四分の一程度のカットサイズとはいえ僕一人で食べるにはちょっと多めで、お客様が来たらお出ししようかと話していたところです。

 蛇さんが「飲める」とおっしゃったので、僕はスイカをミキサーにかけてきました。

 赤いジュースをこれまたゴクゴクやって、蛇さんはテーブルに伸びます。僕がお皿を片して戻って来ても、彼はピクリとも動きません。

 そのへたばり具合に、まだお酒を知らない僕は、ちょっと訊ねてみたくなりました。


「月に四度も飲み過ぎるなんて、お酒ってそんなに美味しいんですか?」

「いやぁ……。美味いってのもあるんだが」


 逆三角形のかたちをした頭が、僕の方へと向けられます。


「俺な、世話になった女がいるんだよ。そいつが冷え性でよ」

「さようですか」

「あぁ。だから、俺がいよいよ寿命だなって頃になったら、マムシ酒になる約束してるんだ」


 ちろちろ。

 赤い舌が、空を舐めて。


「俺の漬かった酒があの女の熱になると思うと、それが、どうにも良い肴でなぁ」


 ——笑った。

 蛇には目蓋も頬もなく、しかし、僕は確かに、彼の笑む気配を感じ取りました。


「お……。スイカ、効いてきたな」


 一瞬浮かんだあやしの空気を霧散させ、蛇さんはトイレトイレと訴えます。僕は彼を丁重に手洗い場へお連れしました。中へお通ししてドアを締めます。本蛇(ほんにん)は大丈夫だとおっしゃいましたが、手足のない身で用は足せるのでしょうか。ちょっと心配しながら待つことしばし。ジャーっと水を流す音がして、ドアが開きます。 

 

「ふぅー、ずいぶん楽になった」


 出てきたのは、着流し姿の男の人でした。

 黒い着物に、ヘビ柄の帯を締めています。目蓋がついたとたんに、その眼は食えない感じの切れ長でした。


「どうも、世話を焼かせて申し訳ない」


 蛇のあやかしが僕と夜蓋さんに謝ります。

 化生屋店主は、許す言葉の代わりにこんなことを言いました。


「マムシ酒を作るには、一ヶ月ほど蛇に何も食わせず腹の中身を空にする」


 蛇さんは、動じませんでした。


「あぁ、知ってるよ」

「つまり生きた蛇でなければ良い酒になれない。ころりと逝かぬ程度に、控えておけ」


 飲み過ぎるな、という忠告。

 今度は蛇さんにも反応がありました。反省の念なのか後ろ頭を掻いてから、自分の右腹を撫でます。


「肝に命じておくよ」


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