「三角コーナー」「星座」「すりガラス」
「三角コーナー」「星座」「すりガラス」
(※本編終了後のお話です。店主と助手がいちゃついてます。)
夜蓋さんは食事をしません。
僕は食事をします。
だから当然、台所に立つのは僕ひとりというのが、僕が化生屋に下宿し始めた時からの日常でした。
「リッカは料理が好きか」
夜蓋さんが僕にするりと近づいてそんなことを聞いて来たのは、由希を見送った翌日。朝食を作っている最中のことです。
「いえ、特には」
苺の上にヨーグルトをかけながら答えます。後ろでオーブントースターがピーッと鳴りました。
チーズトースト、サラダ、フルーツとヨーグルト。そして牛乳。
野菜と果物の種類が季節によって変わる程度で、化生屋における僕の朝食はいつも同じメニューです。それは、自分ひとりしか食べる者がない故の『ものぐさ』でした。料理というものの工程において、献立を考えることは、案外と労力の必要なことですから。
僕は焼けたパンを白いお皿に移しました。溶けたチーズがふんわり香ります。
「得手不得手で言えば、けっこう出来るほうだとは思いますけれど」
料理は、割と小さな頃から母に習ってしていました。
だって僕が作らないと、由希のお皿には肉ばかり乗るんですから。
僕は(なんと当時十八歳にもなっていた兄のために!)カレーに入れるにんじんを星型に切ったことだってあります。由希は可愛い可愛いといって喜びました。そしてひとつも食べませんでした。ルーに染まって皿に張り付いた五つ星に、さすがの僕も心が折れそうだったことを覚えています。
牛乳パックを冷蔵庫から取り出して、そのドアをぱたんと閉める音で、僕は感傷的な気持ちを切り替えました。
「どうしてそんなことをお訊ねに?」
半透明のグラスに牛乳を注ぎながら問い返します。注ぎ終えても返答がないので顔を向けると、夜蓋さんは、あからさまに言い淀んでいました。
彼は唇を薄く開き、何も言わずに閉じ、視線を左右へ一往復させてから、またその口を開きました。
「もし、良ければ、私が作りたい」
「え。なぜ?」
純粋な疑問が零れ出ます。
別に、作っていただけるならそれは構わないのですが。食事のできない夜蓋さんが料理をしたがるというのが、僕にはピンと来ませんでした。
「分からないか」
夜蓋さんが苦笑します。いえ、単純に微笑んだようにも見えました。
「リッカの食事を作るのが、幸福なことだと思ったからだよ」
――そうか。
――このひとは、本当に、僕を手放さないと決めてくれたのですね。
僕は、なんともこそばゆいような心持ちで、牛乳パックを冷蔵庫に戻しました。
「夜蓋さん、料理のご経験は?」
「ほぼ無い。だから、リッカには先生役も務めてもらうことになる。もちろん、面倒であれば……」
「いいですよ」
僕のたったそれだけの答えに、夜蓋さんの眼がぱっと開きます。白い睫毛はやっぱり、きらきら光りました。でも今ばかりは、綺麗というより可愛らしいと思います。
「初心者向けなら、今夜のメニューはカレーにしましょうか」
そうして僕は、星の抜き型を買おうか否かと迷うのでした。




