「やきそば」「ゲームセンター」「体育座り」
『学校憑き』のあやかしの一番の楽しみといったら、やっぱり学園祭だろう。
「雷令さん、焼きそばどうですかー?」
「ゴメン~。さっき昼飯食べちゃったー」
本当のところは玉ねぎ食べられないからだけどね。
「輪投げしていきませんかー?」
「このゴミ出し終わったら寄るよー」
本気でズルしたら目隠し付きでも入れられるけど、もちろん、それじゃ面白くない。
オレは女子学生たちの誘いを受け流しつつ、校舎裏のゴミ捨て場に向かった。
今日という日に、用務員さんの出番は、けっこう多い。
もちろん主体は学生たちだが、手伝いが必要とされる場面はいくらでもある。破損した飾り付けを直すためにハシゴを運んだり、休憩所のあふれたゴミ箱を片付けたり。
ということで、集積所である小屋にゴミ袋を置く。
人の気配を感じ取ったのはその時だった。
オレはそこそこ力のある妖なので、人間の姿をしている時でも鼻と耳が利く。お祭り騒ぎの喧騒から離れたこんな小屋の裏手に、誰かが居る。それもこの匂いは、まだ幼稚園児くらいの、ちびこい人間だ。
迷子かー?
そう思ったところにちょうど、スピーカーから放送がかかる。
『迷子のお知らせをいたします。
山田ゆうき君、五歳。
山田ゆうき君、五歳。
青いシャツに、黒いズボン。
お見かけになった方は、本校舎エントランスまでお連れください。
繰り返します……』
オレは小屋の裏へ回る。
そこにポツンと体育座りしていたのは、まさに青シャツ黒ズボンの男の子だった。
べそをかいて、丸い頬がすっかり湿っている。
「ゆうき君?」
男の子はびくっと全身を硬直させた。
オレは軍手を脱いでポケットに突っ込む。足取りは意識して早くも遅くもなく、何気ない調子で近付き、しゃがんで視線を合わせる。
「ひとり?」
おずおずと頷かれる。
「そっか。お兄ちゃんが、大人のいるとこまで、送ってこうか?」
今度はぶんぶんと力強く、首が横に振られた。
「ありゃー。もしかして帰りたくない?」
数秒の間を挟んでから、こくん、と肯定。
「そっかそっか。それってさ、帰りたいけど、帰れない理由があるの? それとも、どうしても帰りたくない?」
喋りながら、オレは五本ある尾の影を一本分だけ切り離す。
分離した影は小さな狐の形になって、ゆうき君のズボンの裾から入り込んだ。影の狐が皮膚の上を駆けめぐり、手足と、腹と背中の様子を確認する。オーケー、オーケー。虐待の痕跡は無しだ。
ゆうき君は言い淀んでいたが、オレがニカッと渾身の笑顔を見せると、口を開いてくれた。
「おさいふ、おとした」
絞り出すような一言で、事情が分かる。
なるほど、なるほど。
もらったおこづかいを無くしてしまって、申し訳なさや情けなさで、逃げ出してきてしまった。そういうことらしい。
「よーし。なら、お兄ちゃんが探してあげよう。どんなおサイフ?」
ゆうき君がオレの顔をまじまじ見る。つぶらな目に、睫毛が湿って束になっていた。
「……あおい、カエルの」
「青が好き?」
「ん……」
「カッコイイもんなー。じゃあ、ちょっとだけ待っててね」
オレはすでに切り離した一本に加えて、もう三本の尾を影狐にする。四匹の影はオレが「行け」と念じると風のような速さで駆け出した。
体躯こそ小さいが、影の狐は障害物をものともしない。人や物の多いシチュエーションでの失せ物探しには持ってこいだ。
ゆうき君に手品(妖術ともいう)を見せながら、待った時間は五分ほど。
『見つけた』という感覚が頭にパチンと走った。
財布は三年C組の「お化け屋敷」の中に落ちていた。
ちなみに財布の中身もちゃんとあった。ひと安心だ。これで金を抜かれていたら、金額を聞き出してまた「手品」をするところだった。
オレはゆうき君を本校舎に連れて行く。
もう明らかに『子供が心配な父親』って分かる佇まいの男の人が、ゆうき君を見つけるなり駆け寄ってきた。
パパ、と叫んでゆうき君も走り出す。小さな体躯は、父親にしっかりと受け止められた。
「すみません、ありがとうございました……!」
再会を喜んでひと息ついたところで、ゆうき君の頭を撫でながら、パパさんはオレに礼を言う。
「いやー、怪我とかなくて良かったですよ。じゃあ、オレはこれで」
そう言ってお別れをしようとしたオレを、「まって」と幼い声が呼び止めた。
ゆうき君がお財布を開き、そのちっちゃな手で、百円玉を差し出す。
「おれい」
「ん?」
「みつけてくれたら、おれいする。テレビでみた」
あぁ。落とし物の拾い主には、その二割を請求する権利があるとかって、アレか。
ゆうき君は百円玉を乗せた手を、かたくなに突き出している。
子供らしい、子供なりのプライド。大人がしていると聞いたことを、自分もきちんとしたいのだ。
これを無下に断るだけじゃあ、キツネがすたるね。
「ゆうき君は、輪投げ、できる?」
質問に、ゆうき君はきょとんとしながらも頷いた。
「兄ちゃんは下手っぴでさぁ。その百円で、お菓子取ってくれないかな?」
「……やる!」
元気よく答えて、彼は父親の手を引っ張った。早く早くと急かして足をバタつかせる。その小さな靴の底が、やっぱり青い。
いやはや。
人間の子供ってのは、どうしてこうもかわいいかねぇ?




