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終焉都市の雑草~凶悪な魔物達に侵略された都市で、たった一人の生存者~  作者:
第二章 森の守護者編

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46話 少女の門出

な、長なった・・・・・・

「ちょっとおじいちゃんと話してくるね!」


 じゃあ! と手を振って駆け出していくイナの背を見送り、残されたフォルナは一人、宙に手をぶらつかせる。やることもなく立ち尽くすよりは、と村の中を見回し、そのまま手助けになりそうな相手を探して歩き出した。


 まず初めに訪れたのは狩人のルグの家だ。


 最初に足を向けたのは、狩人ルグの家だった。

 彼も先の戦いで傷を負っている。重傷というほどではなくとも、ポーションで傷口は塞がっても流れ出た血までは戻らない。しばらくは無理に狩りに出ず、誰かが代わった方がいいと考えたのだ。


 しかし、庭先に積まれた食料を目にした瞬間、その懸念はあっさり覆される。

 そこには十二分どころか、数日以上は困らぬほどの備蓄が整っていた。


「おっ、フォルナじゃねえか! 新鮮な肉があるんだが、是非持ってってくれ!」


 丁度玄関の扉が開かれ、中から姿を出したルグがフォルナに肉を持っていくよう促す。

 頬が僅かに赤みがかっている所を見るに、夕方から酒を呷っていたらしい。


「狩猟の手伝いが出来ればと思ったのですが」


 庭先に視線を向けるフォルナに、ルグは嬉々とした笑みを浮かべる。


「ああ、フォルナの仲間だっていう鬼人の男がいただろ? そいつが今朝の狩りを手伝ってくれたんだよ」

「なるほど」


 どうやら朱里が先に手を貸したらしい。


「フォルナの仲間だっつうから薄々分かってはいたが、あの兄ちゃんも強いのなんの。逆に生態系が壊れないように抑えることになるとは思わなかったぞ。はっはっは!」


 鬼人族は元来、闘争本能が強い種族だ。

 朱里自身が体を動かしたかったという理由が大きいだろうとは思いつつも、誰かの助力に繋がる行動を率先する動きに自然と敬意が芽生える。


「お力になれたなら良かった。それで、朱里の姿が見えませんが?」

「丁度さっきまで一緒に酒盛りしてたんだがな。次は子供達との遊ぶ約束があったと飛び出していったよ」


 酒を飲んだ状態での子供達との遊び。

 その光景を想像した瞬間、胸中で抱いていた敬意がわずかに削がれる。


 都市の中では、基準が強さであったが、外に出た今はまた新たな尺度で彼等を見ている。

 人生の先達としてその考えに興味を示しつつも、欲に忠実な朱里は、どう真似すればよいものか、まだ判別がつかないでいる。


「そんなことよりだ。俺はまだお礼が言えてなかったからな。手を貸してくれてありがとう。お前さんのおかげでまだ村の奴等も俺も生きてる」

「・・・・・・いえ、偶々力があっただけです。力を持っていなかったら、逃げていたと思います」


 正面から向けられる感謝の言葉に不意に感じる居心地の悪さ。

 生存を重視しているために考えた合理的な思考が間違いだとは思わないが、賞賛の言葉を貰うには、手を貸すまでの判断が遅かったと認識しているフォルナは、少し視線を逸らす。


「逃げるのは当たり前だ。他人の俺達に命を掛けることはない。俺が感謝しているのは、そこまでの強さを身に着けたお前のこれまでの努力についてだ」


 フォルナの返答に対し、見当違いのものだと笑い飛ばして、ルグは改めて感謝の言葉を続けた。


「その強さが一朝一夕で身に着いたものではないことぐらい俺でも分かる。おかげで奇跡に縋るしかなかった状況で、生還を必然にしてくれた」


 生存を考慮した合理的な判断は薄情ではない。

 それは人の持つ当然の権利であって、内心で燻らせるような種であってはならない。


 だからその不要な罪悪感を消すように、ルグは内心を吐露した。

 駆け付けてくれた正義感に感謝しているのではない。

 感謝の矛先は、フォルナがこれまで積み重ねてきた道程そのものに向けられていた。


「ありがとな。途中で投げ出さないでくれて」


 似合わない台詞を、少し照れ臭そうに投げかける。


「・・・・・・はい」


 一拍を置いて、フォルナは首肯を返した。

 悩みが消えた声音で。相手の感謝を正面から受け入れるように。



 その後、余った肉を受け取ったフォルナは、ルグの家を後にして村を散策する。

 ルグには丁度助けとなる朱里がいたが、他の村人はそうもいかないだろうと考えたからだ。


 しかし、予想に反して助けを求める村人はいなかった。

 その理由は単純で、体調の崩している人物がいなくなっていたから。


「うぉおおおおおお!!」

「てやんでえええい!!」

「まだまだぁあああああ!!」


 むしろ、皆が妙に元気すぎるほどだ。

 老人も若者も、まるで競い合うように声を張り上げ、普段では考えられないほど活発に体を動かしている。


(・・・・・・どういうことだ?)


 思わず眉を寄せながら歩み寄ると、その原因がすぐに目に入った。

 切り株に腰を下ろし、楽しげに光を宿した瞳で村人たちを眺める精霊の姿。


「あら、戻っていたのね? お疲れ様」


 フォルナに気づいた精霊が、軽やかに迎えの言葉を投げかけてくる。


「あれは一体・・・・・・?」

「少しだけ生命力を与えたのだけど、過剰だったみたいね」


 激しい動きをすれば息が上がりそうな年齢の者達が、子供に負けず劣らずの機敏な動きを見せている光景には唖然とするほかない。


 後々影響がないか心配するも、当の本人たちがサムズアップしながら『ふははっ、大丈夫さ!』と言うのだから、わざわざ手を出すのも藪蛇だろう。精霊からいずれ落ち着くとの発言を聞いて、怪我しないようにだけ伝えてその場を去った。



 最後に村の門の方へと足を向ける。


 瘴気の消滅作業から戻る途中にも見かけたが、そこではトゥラが村の防衛用魔道具の改修を進めていた。

 本来、余所者が関わっていい領域ではない。だが、魔道具を一手に担っていたイナが強く推したことで、滞在費の代わりにトゥラが手を加え、性能向上を図ることになったのだ。


 先ほどまでは作業の最中だったが、今は一区切りついたのか、木陰に背を預けて休んでいる姿が目に映る。


「お疲れ様」


 声を掛けると、トゥラは軽く顎を上げて応じた。


「ふむ、ある程度性能も向上した。視認と魔力感知の二点に絞れば、そこいらの魔物には察知されないだろう」


 淡々と口にするが、それが決して容易な作業でないことは分かっている。

 魔道具の扱いに長けた彼だからこそ、まるで片手間のように仕上げてみせたのだ。


 立ち上がったトゥラは、門を挟むように設置された新たな装置の前に歩み寄る。

 両脇に並ぶ灯籠型の機械。その内部には赤い魔法石が組み込まれ、周囲を探るように淡い光を脈動させていた。


「軽く侵入者に対しての防衛機能も付けたしたんだが、少し試運転に付き合ってくれるか?」

「丁度手持ち無沙汰だったところだ。付き合おう」


 村を隠すことだけで、防衛機能としてはやや不足を感じ設置した魔道具。

 急ごしらえのため大きな効果は期待できないが、ないよりは遥かにまし。性能テストの相手としては少々不適合ではあるが、丁度手の空いているフォルナは嬉々としてその役目を受けた。


 それから半刻、新たに設置された防衛機能の試運転に付き合い一定の結果を得る。

 今回相対した呪い本体を退ける程の能力はないながらも、逃げるだけの時間を稼げる程度の能力は有しているというのがフォルナの感想。


 とはいえ別に防衛要塞を作ろうという訳ではない。

 本来の性能向上の点に関しては、十二分に果たせただろうと判断して、一度村長宅に戻る。


 既に日が傾いて、足元が見えにくくなる時間帯。


 村長宅に戻ると、既に夕飯の準備が整っており、机に配膳しようとしているイナの姿が目に入る。


「お帰り~」


 振り返ったイナが、いつもの笑顔で迎える。


「はい。残りは俺がします」


 残りの皿を手早く机に移動させる。

 丁度配膳が終わるタイミングで、精霊もひらり戻ってきた。

 朱里は今晩男衆で飲み明かすらしく、既に一報をイナに伝えて姿を消したらしい。


 各々が食卓に座り、食事に手を付けようというタイミングで、イナが控えめな声音で切り出す。


「あの・・・・・・夕飯を食べ終わったら、相談したいことがあるんだけどいいですか?」


 少し控え目に声を掛ける相手はフォルナ、というよりフォルナを含めたトゥラ、精霊の三人に向けてだ。


「分かりました。特に作業もなさそうですし」

「できれば朱里さんにも相談したかったんだけど、『なんか分からんが、残りの連中の判断に従うから俺は無視していいぞ!』と言ってすぐ出て行っちゃって・・・・・・」


 己の欲望に正直な彼が、酒に釣られて一目散に飲みに行く姿が易々と想像出来た。


「女の子の相談を無下にするだなんて。あの二本角男は後で木にでも縛り付けておくわ」

「い、いえいえ! そこまでするようなことでもありませんし!」


 なんとはなしにイナに甘いと感じる精霊の物騒な発言に慌てるイナがなんとか諫めながら、夕飯を食べて腹を満たした。


 その後、村長宅の一室でユナンを含めた五人が集まる。


「それで、ご相談なのですが!」


 張り詰めた声。

 緊張を孕み、少し改まった様子でイナが言葉を紡ぐ。


「皆さんの旅に私も同行させて欲しいのです!」


 予想だにしなかった発言に、フォルナはすぐに返答できず、言葉を探して沈黙する。


「この子は一度も外の世界を見ていない。そして今までは少し過保護に育て過ぎたという負い目もあってね、そこに丁度フォルナ君達が来た。これは、別に護衛任務じゃないから、もしもの時の責任はこの子にある。それでも、どうだろうか?」


 ユナンの声音には、既に何度も意見を交わしたうえでの結論めいた響きがあった。イナが帰宅してから、家族で話し合ったのだろう。


「魔道具士に重要なのは知識とひらめきだ。その点で外の世界に踏み出すのは避けては通れない道とも言える。ただ、村に籠っていた少女が自身の行動の尻拭いまでできるとは思えない。・・・・・・私達の足を引っ張らないと言い切れるか?」

「それは・・・・・・絶対に迷惑を掛けないとは言い切れません。私にはそれを断言できるだけの知識がないから」


 イナは俯くことなく、まっすぐに答えた。


「ただ、だからこそ学びたいんです。外の世界に出て、失敗して、そこでしか得られない経験を力に変えたいんです!」


 拳を握りしめ、視線を逸らさずに言い切る。


「足を引っ張ったのなら、それ以上に私が支えになります」


 その覚悟はこの場に全員にありありと伝わった。

 村のために魔道具を研究し続けた彼女だからこその、確かな覚悟の見える台詞。

 トゥラはふっと息を吐き方を竦めた。


「その証明は外に出ないと分からない、か」

「なぁに恰好つけてるのよ。私は賛成ですよ。旅には可愛らしい女の子が居てくれた方が賑やかでいいですしね」


 意見を出した二人が視線だけフォルナに向ける。


「・・・・・・この村にいるイナさんには、何一つ不自由がないように見えました。なのに、何故外にでるのでしょうか」


 フォルナがどうしても引っかかった点。

 自分の居場所があるのに、そこから離れる理由が思い浮かばなかったからだ。


 求めてくれる人が居て、寝床があって、お腹も満たされる場所。

 己の身に変えて考えれば、決して離れようとは思わない理想に見える場所だった。


 イナは一瞬だけ視線を伏せ、そして小さく笑みを浮かべた。


「うん。そうだね、ここにいるのはとっても幸せ。でも、今のままじゃこの幸せな場所が壊れちゃうかもって、あの戦いで気付いちゃったから」


 呪い本体に効力を及ぼすまでにはならなかった首のペンダントを触りながら、言葉を続ける。


「居心地のいい場所に甘え続けていたら、きっと同じ事が起こる。・・・・・・だから私は見切りをつけるの。皆に甘えるだけの自分に。ここは絶対に守りたい場所だから」


 それがイナなりの割り切った考えの答え。

 今の平穏から抜け出して、未来に繋ごうとする意志を聞いたフォルナは、素直に『そういう考えもあるのか』と小さく頷いた。


「俺も今、夢とはいかないまでも小さな目標があるんですよ」


 咄嗟にそう零したのは、大きな一歩を踏み出した眼前の少女に、自分の目標が取るに足りないものであるかを聞きたかったからかもしれない。


「・・・・・・自分が稼いだ金で、屋台の串焼きを食べたいんです。正面から買って、腹を満たしたい」


 独り言のような声音。

 少し自信の無さが垣間見える中で、少女の声は優しく響く。


「とっても幸せな夢だね。私も隣で一緒に食べたいな!」


 満面の笑みを浮かべながら、イナはその小さな夢を、心から肯定した。




 その後、見事旅に同行する権利を得たイナは、フォルナを離れに連れて行きある魔道具を見せる。


「じゃじゃ~ん! 魔道馬車~」


 それは馬の形をした魔道具だった。

 村が危険になった時の逃走用に作っていたようだが、全員を乗せられるだけの材料がなく。二体のみが奥にしまわれていた。


 フォルナには保有している馬車がなく不便だろうと、イナが提供と整備を打診した。


 洞窟からの帰りで、突然『馬車だ!』と叫んだことの答えはここに行きつくらしい。


「ど、どうかな? ちょっと整備は必要だけど、数日したら使えるようになるし、馬車があれば色々と便利だと思うんだけど」


 後々支えられるようにとは言っても、お世話になりっぱなし現状が耐えられず、なんとかお礼になるものをと考えてひねり出した移動手段。

 ちらりと視線を上げれば、やや好感触に思えるフォルナの表情が視界に入った。


「いいですね。徒歩だと野盗やらに襲われると聞いたことがあります。無駄な争いを避けるためにも是非」

「ほっ本当?! よしっ、じゃあ二、三日で動けるようにするから待っててね!」


 早々に整備に取りかかるイナの傍らで、フォルナたちも村を出る準備を始めた。

 小さな旅立ちの空気が、離れの空間に柔らかく満ちていく。




 イナの宣言通り、二日後には整備が完了した。

 フォルナたちはイナの準備が整うまで待つつもりだったが、当の本人は後髪を引かれないように、と翌日には村を出る決意を固めていた。


 帆付きの二台に魔道馬車を繋げ終わると、イナは見送りに来たユナンや村人たちと言葉を交わす。


「もう少しゆっくりしてからでも良かったと思うのだが・・・・・・」

「時間をかけるだけ気持ちが揺らいじゃうから」

「その勢いの良さは親譲りだな」


 長く共に過ごした分、離れることに寂しさを覚えるユナン。一方で、孫であるイナの胸には、寂しさと同じくらいに、外の世界への期待と興奮が混ざっていた。


 エルフの王国に救援要請に向かっている親の帰りを待っても良かったが、その時期が未定であるため、親子の再会は旅からの帰還後になりそうだ。


「イナを、どうかよろしくお願いします」

「はい。勿論です」


 旅の同行者であり、護衛対象ではないとわかりつつも、ユナンは親族としてフォルナたちに頭を下げる。

 その真摯な想いを受け、フォルナは即答した。イナは赤の他人ではなく、これまで様々なことを教えてくれた存在。彼女の身を守ることに、過大な要求だとは受け取らなかった。


「ちゃんとご飯食べるんだよ」

「都会は人が多いって言うからはぐれるなよ」

「お菓子をあげるって言われても着いて行っちゃ駄目だぞ?」


「もぉ! 皆して私を子供扱いするな~!」


 見た目だけなら完全に子供の為、傍から見れば妥当な心配にも聞こえる不思議。

 なんだかんだ全員との別れを終え、フォルナ達は荷馬車に乗る。

 魔道馬車を起動させ、ゆるやかに走りだした所で、荷馬車の後ろから体半分出したイナは大きく腕を振って村に別れを告げた。


「じゃあね~ 絶対帰って来るから! その時まで!」


 村の姿が木々に隠れるまで。

 手を下ろし荷台に体を戻した彼女は少し目端に涙を浮かべ、しかしその表情は前向きなものだった。


 ――ふっふっふ、いずれ世界をあっと沸かせる物を作って見せるよ!


 いつかの日、リリクに言った自分の夢。

 それすらも叶えて見せると瞳に覚悟を灯して。


「よぉし、頑張るぞ!」


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