44話 異種
森の中、戦闘を終えたエルフの集団が村へ向かう。
ユナンの背には、落ち着いた呼吸で眠るイナが体を預けている。
「フォルナ君、ありがとう」
「感謝はいりませんよ。これは村への宿泊費の代わりなので」
「ははっ、ならばそういうことにしておこうか」
それでもユナンは感謝の念を抱かずにはいられない。
それだけの差が敵との間にあり、あのままであればどう見積もっても最悪の結果に導かれていたのは全員が理解している。
後ろにいる集団は皆が満身創痍で、体を引きずるようにして歩いている。
連戦は不可能。とても洞窟にいた異形と戦えるような状態ではなかった。
それどころか尖兵に後れを取っていた始末だ。
敵の戦力は少なく見積もっても、精鋭一個師団の戦力はあったとユナンは見ている。
(とても、そんな相手と戦ったようには見えないが)
対峙したフォルナは無傷。
服の乱れさえも見られない。
それはつまり、相手との隔絶した差があったことを意味する。
エルフ側が異形にある程度の攻撃を与えられたことを考慮すれば、単純にその両者以上に明確な力関係が成り立っていたことの証明だ。
洞窟の奥で、突如として消えた異形とフォルナに驚いたユナンだが、すぐに領域型のスキルだと思い至った。
所持者は少ないが、全くいない訳ではないスキル。
そして彼等がそのようなスキルを使用する場目というのは、相手が強者であり通常の攻撃では倒しきれない場面、奥の手として使用するのだ。
フォルナにとっても一筋縄にはいかない相手なのだろうと判断したユナンは、フォルナが倒しきれなかった場合を想定し、洞窟内に陣を描いて措置を講じた。地盤に働きかけ、洞窟を崩す自滅技だ。
そして緊張の中、再び姿を現したフォルナは、想像するような姿ではなく、軽く運動を終えた後のような落ち着いた面持ちであった。
(手札を隠したかったのだろうな)
自分には見えなかった空間で、普通ではない力を用いたのだろうと。
その理由は幾らか想定できた。
手札が割れた強者は陰謀から逃れる術を失い、圧倒的な強者は恐れられ大勢から忌避される。
それに類するものかは分からないが、なんにせよ全貌が明らかにならない方がフォルナがよしとしたのなら、ユナンとしてはそこを掘り下げるつもりはない。
問題は他のエルフだ。
実際に敵と相対し刃をあわせた彼等はその強さを体験している。
それを難なく払ったフォルナがAランク級というのに疑問を持っている者もいれば、なにか事情を抱えているのだろうと確信を抱いている者もいる。
ただ、それよりも彼等は気になっていることがあった。
「あらぁ、なにか気になることが? そわそわしているようだけれど」
「い、いえっ! なんでもありません!」
年若いエルフが緊張した様子で答える。
大丈夫とは言ってはいるが、その目は常にフォルナの隣に向けられている。
突如現れた精霊種特有の透けた体を持つ女性。
フォルナと肩を並べて歩いている姿を見ながら、エルフ達は彼女の様子を伺う。
エルフは精霊と少なからず関係のある種族だ。
森の穏やかさを気に入る精霊も多いため、お互いに共存して過ごしていることも少なくない。
エルフの女王の住む場所はより顕著で、どこにいても精霊の姿が見られる。
多種多様な様相をしている彼等だが、等身大の人型の形態をしている精霊は殆どいない。人型になる必要性を感じていないというのが大きな理由だが、別の理由として人型で他種族と交渉するような高位な精霊がいるからだ。
基本的に精霊は自由ではあるが、それぞれの位階を大切にしているのか、上位の存在を特別視している。上位の位階にいる精霊は、存在するだけで周囲を環境を変質させ、他の精霊が住みやすい環境を形成するからだ。
特別視とは言ったが、それは親に向ける親愛とは違い神を崇めるような信仰に近いかもしれない。
「フォルナ君、隣の方は?」
「旅の仲間です。一時的に別々に行動していたのですが、つい先刻に合流しまして。丁度いいので手伝って貰いました。他にも数名いるので、おそらく村の防衛しているのではないかと思います」
嘘を交えながら無難に答えるフォルナ。
隣の精霊は紹介されたことで、少し振り返りエルフ達に向かってひらひらと手を振る。その所作もどこか品位があるように見えて、ユナンはおずおずと頭を下げて挨拶をする。
「この度はご助力感謝致します。精霊種の高位の方とお見受けいたしますが、どの派閥に属しておられるのかお聞きしてもよろしいでしょうか」
「派閥?」
明らかに上位と分かるが故、発言はなるべく丁寧にして。
そして質問を受けた精霊は一部に疑問符を浮かべた。
派閥とは、精霊が同属性によって形成している勢力を指す。
そこに権力や政治的なものはない。ただ、同属性の精霊が住みやすい場所や噂話を共有するような、寄合のようなものだ。
ただ、それぞれが持ちうる戦力は無視できない。
もしも水の派閥内で悪い噂が立てば、その場所の水源は枯れ、雨も降らない不毛の土地に変貌する。
逆も然りだ。
(近頃水の派閥の動きがおかしいとは聞くが)
精霊の所属する派閥の長――精霊王と呼ばれている――に向けての感謝の品をどうしようと悩んでいたユナンは、派閥を分かっていなさそうな発言を聞いて困惑した。
一拍置いて、顔を明るくさせた精霊に思い出せたのかと安堵する。
「ああ! あの子達が作ったグループのことですね。ふふっ、あんなに小さかった子が組織を作っているのは感慨深いですねぇ。久しぶりにどこかにお邪魔しようかしら」
親愛を滲ませた声音は、どう聞いても格上に向けるものではなかった。
「あらごめんなさい、つい懐かしくなってしまって。それでなんだったかしら? 私が所属する派閥? 残念ながらどこにも入っていないわね。なんだか毛嫌いされちゃって・・・・・・反抗期かしら?」
「時期を超えれば落ち着くと聞きますね」
「そう? じゃあもう大丈夫かもしれませんね」
次に会ったらなにをしましょうかなどと口ずさむ精霊の傍ら、ユナンの心拍が上昇する。
取り敢えず淀みなく返答できたのは、過去の役職柄だと女王に感謝した。
先に述べたように、精霊は上位者を敬い、精霊王に対しては崇拝している。それは寄る辺を求める精霊の本能であり、個々の自我とは別のものだ。
つまり、精霊という存在はその上位者である精霊王を、『あの子達』などと呼べるわけがないのだ。
――そう、彼女から見て上位者であれば。
(今、私達はなにを前にしている・・・・・・?)
想像して、目を合わせる事ができなくなる。
それは無意識に行われる心理的な防衛反応だろう。
弱者が強者の目につかないようにすることで、獲物にならないように。
生物として自然に備わっている本能が、体に動きを強要する。夢の中であるかのようにいう事を聞かない体にジレンマを覚えながら。
期せずして、フォルナに向いていた注意は分散される形となった。
上位の精霊と共にいることで、本来であれば警戒されて然るべき力を保有しているが、有耶無耶になりそうでさえある。
フォルナの隣で、精霊は少ししたり顔を浮かべた。
「おぅフォルナ! 遅かったな」
「なにをやってるんだ」
村の姿が見えだす頃。
門の前にいる集団を見つける。
そこにいるのは三班のリーダーをしていたオーランと他数名のエルフ。
対面して座っているのは鬼人族の男で、少し離れた位置で木にもたれ掛かるフードを被った男がいた。
「フォルナも一杯どうだ?」
随分と飲んだのか、酒の臭いを漂わせて朱里がフォルナを誘う。
「今はやめておく。それよりも村に異形は?」
「何匹か来たが潰しておいた。内一匹はあいつが確保してる」
親指で指した先はフードの男だ。
「少し研究に時間がかかるだろうが対抗策ぐらいは考えよう。貴重な検体だが、こちらで貰ってしまって構わないだろうか?」
一瞬フォルナに視線を向けた後、確認を取るようにユナンに尋ねる。
「そうして貰えるのなら有難いが、あなた方はフォルナ君の旅仲間だろうか?」
ユナンは鬼人と対面していたオーランに目で尋ねた。
「身元が不確かだったため村に入れることはできなかったが、彼等もそのように言っていました」
その場の状況を見て、なにがあったのかを察したフォルナは取り敢えず肯定の言葉を述べる。
「俺の仲間で間違いありません。勝手な判断でしたが、人手が足らないと思い呼び出しました」
「あっ、村の情報を流すとかはしないから心配無用よ。どの子も数十年実家に帰っていない不良ばっかりだから」
「だれが不良だ誰が。っと、まずは自己紹介だけ簡単にな。俺は朱里、見ての通りの鬼人だ。んで隣のが」
「トゥラという」
名を述べ、身を隠すのは礼儀に反すると思ったのかトゥラはフードを脱いだ。
「魔族か」
「如何にも」
露わになったのは褐色の肌と月夜と同じ光を放つ金目。
頭部に見える山羊に似た角は、魔族の中でも悪魔種特有のものだ。
人、鬼人、悪魔、精霊。
あまり親交を持たない種族で構成されたパーティ。
組み合わせがあまりにも異質で、そこになんらかの思惑を見出そうと考えるも、疑問符が続くだけとなる。
「歓迎しよう」
ともあれ、フォルナの仲間であるならば少なくとも敵ではないだろうとユナンは全員に歓迎の言葉を送った。




