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終焉都市の雑草~凶悪な魔物達に侵略された都市で、たった一人の生存者~  作者:
第二章 森の守護者編

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41話 ■■

 洞窟の薄暗い空間とは打って変わって、清涼な風を感じる場所に立っていた。

 都市リーデン。フォルナが生まれ育った場所だ。


 呪具、【魂光】によって生み出されたローブを着た異形が視線を上に上げ、固まった。

 対峙するフォルナの背後、聳え立つその存在が嫌が応にも生物としての本能を刺激する。


 街並みの中、一匹の龍が居た。


「・・・・・・これまた、凄い変わりようだな」


 異形の異変に気付いたフォルナは振り返り、その理由を見る。


「確かに俺の人生の大半はこの光景だった訳だから不思議ではない、か。何処かに師匠の姿もあるかもしれないな」


 正道世界。

 フォルナが生きていた道を表す空間。

 その変化に納得するフォルナとは対照的に、異形の混乱は収まらない。


 視線を上げたまま微動だにしない姿は、まるで高度な演算を延々と続ける機械のようだった。


「あれはただの張りぼてだ」


 大剣を地面に刺し、ただ一つ、折れた剣を手に持ち悠然と歩みを進める。


『フォルナ、あなたらしくない行動ですね』

「俺もそう思うよ」


 こと戦闘において、フォルナは些細な敗北要因も出さぬため、考慮し得るものについて徹底してきた。

 しかし、大剣を置いて折れた剣だけで戦おうとしている姿はそれとは明らかに逆行している。


「どうにも、師匠もそうだったが外の人々は感情に行動を委ねる節があるらしい。その良し悪しは置いておくとして、一度俺もその感情とやらに流されてみようと思ってな」


 表現しがたい後味の悪さ。関りの無い人物の死。知り合ったエルフの表情、涙。

 抱いている感情の名をフォルナは知らない。知る環境になかったから。


 それを無意味だと切り捨てるのは簡単で、この世に比肩する者のいないフォルナにとってはそうすることによって弱点になりうる要因はまた一つ消えたかもしれない。


 それでも、感情(それ)を無視しなかったのは、やはり師匠であるリアムの影響が大きいのだろう。


「いつまで呆けてる」


 立ち尽くしている異形の前でフォルナは剣を振るう。


 【魂光】にとってフォルナは眼中になかった。

 手段が限られている剣士、人族がスキルを獲得しやすい性質を持っていたとしても攻撃に転用できるものは無限ではない。


 対する【魂光】は一度受けた攻撃を二度目から無効化する上に、今まで吸収してきた魂を利用することで異形を召喚し身代わりとすることができる。その数は優に四桁に届いており、いずれ手札が尽きる相手はただただ甚振るだけの肉塊に他ならなかった。


 今はただ、突如として現れた神龍に圧倒され、それに思考を割いていた。


 フォルナに振るわれた剣での攻撃は二度目。

 異形にはその攻撃は届かない。


 ――そのはずだった。


 異形の首が落ちる。

 力なく崩れ落ちる異形、カンテラ内部の光が一つ消えた。


 一拍を置いて、身代わりである異形が消えたことに気付き即座に異形を召喚する。

 異形はフォルナを見てはいるが、そこまでの警戒はないように見えた。フォルナがなんらかのスキルを用いて一度目の攻撃を行っていたと判断したからだ。


 その短絡的な思考も、召喚した異形が一瞬で細切れに切り刻まれれば疑問も浮かぶ。


「また、光が消えたな」


 カンテラ内部の無数の光の内の一つが消えたことを確認して淡々とした声音で呟く。


 召喚し、殺され、殺され、殺され続ける。

 攻撃に特殊な変化は見られない、魔法の類の使用もない。

 同様の攻撃が何故か異形に通用している。


 カタリとカンテラが揺れ、縁が音を鳴らす。


 事実として、フォルナの攻撃になにかスキルの効果を追加しているということはなかった。


 闘気とは、自己を強化するエネルギーであり、修練の果てに操作する事ができる。

 極めればその範囲を広げ、剣や盾のような無機物に込めるという芸当も可能。


 ただ、世間には知られていないことがある。

 闘気は空間にも作用させることができるのだ。

 高密度に練られた闘気によって引き起こされる人為的異常現象。


 効果は、()()()()()

 剣で覆った闘気でそれを引き起こされた場合に起きる結果とは、空間の切断という現象に至る。


 つまり、フォルナは異形が存在している空間を切断することで、間接的に異形へと攻撃を行っているのだ。


(これを見せるには、流石にAクラスの冒険者の実力では役不足になるだろうからな)


 フォルナの認識は正しくもあり、間違いでもあった。

 空間を歪める程に闘気を圧縮し、維持し続けられる人物が他にもいるという認識だ。

 今の世界ではその数は種族に一人いればよい方だという知識がなかった。


『――――!!』


 異形が人の声帯ではでない音で奇声を上げる。

 無機質な本体では表現できない感情を召喚した異形を通して発露しているように見えた。


 漆黒の魔法の攻撃が地面を割いてフォルナを上空へと巻き上げる。

 異形の視界から姿が消え、次の瞬間には異形が両断され、また光が消える。


 いつしか、召喚される異形は僅かにだが体を震わせ始めた。


「なんで震えているか分からないようだな。それは俺の攻撃じゃないぞ」


 瓦礫の上で、一度攻撃を止めたフォルナが異形と呪具を見下ろす。


「それから目を逸らす事はおすすめしない。26年そいつを抱き続けた俺からの忠告だ」


 フォルナが一歩足を踏み出し、異形が一歩下がる。

 フォルナは断言しなかったが、【魂光】はうっすらと体が震える理由の正体を理解し始めていた。


 今まで立場が逆だっただけで、この光景にひどく覚えがあったからだ。

 見下ろしてきた者達の表情を声音を、異形を通して見てきた。


 そう、これは『■■』だ。


『――――ッ?!』


 叫び。

 途端、苛烈になる攻撃。

 想像した未来への拒絶と言ってもいい。

 その感情を抱いてしまった者達の未来を知っているが故に。


 あの者達とは違うと、己は奪う側にいるのだと、


 一閃。

 駄々をこねる赤子を意に帰さぬが如く、空間を斬り割く剣線が全てを無に帰す。


 地形を乱そうと、瞬時に把握し逆に利用する。

 瘴気を撒き散らすも、首元のペンダントの効果によって呪いで蝕まれない。

 理由は不明だが、同様の武器での攻撃が通用する事実。


 そして、敵としてすら認識していないとさえ見える無感情の暗い瞳に晒さらされれば・・・・・・


「・・・・・・」


 フォルナが宙に飛び上がったと同時、彼を覆うように無数の異形が召喚された。

 太陽の光も通らない数での包囲の中、その全てが魔法を発動させようとしていた。


 フォルナの瞳に無数の魔方陣が映る。

 この場面を切り取れば、死神による粛正とでも名付けられるだろうか。


 ――呑まれたな?


 静かに、重い一言が無数の異形の耳朶を通して【魂光】に向けられた。


 宙で反転、足から衝撃波を発生させて空を蹴り地面に向かいながらすれ違う異形の群れを斬り捨てる。魔法の発動、迫る漆黒に対しフォルナは瓦礫の影に潜りいなす。


 フォルナの居場所を見失った異形が視線を巡らせる中、衝撃で吹き飛ぶ瓦礫の影から飛び出した人影が背後から異形を撫で斬る。瞬時に異形が攻撃を定めるが、既にその場にフォルナの姿はない。


 飛び交う異形の死体、舞い上がる瓦礫、それらの影を用いて隠遁と強襲を繰り返す。


 万に届きうる数がいながら、見えない敵に対する手段を用いない異形はどうすることもできずただただ必死になって訳の分からない方向に魔法を放つ。

 無秩序に放たれた攻撃がフォルナに当たることはなく、更に視界が悪くなった戦場で異形の死体の量産が加速する。


 カンテラ内の光の消滅速度は目に見えて分かる程だ。

 着々と死の音が背後から迫る。


「リアム流剣術覇伝――麒麟(きりん)


 【魂光】としての最適解はこの男と戦わないことだったのだろう。

 無数の身代わりを順に出して命を繋いでいけばある程度の時間は稼げるはずだったのだから。


 身代わりにできる異形の最大投入。

 余力なしの全力投球。油断しない選択と言えば聞こえはいいが、相手はフォルナの実力を全く把握していない状況で、との枕詞が付けば話が変わる。


 兎に角、不快な感情を抱く原因を取り除きたいという一心だったのだろう。

 ようは()()()()()


 『■■』から目を逸らし現実を見なかった。

 自分は身代わりの数だけ『■■』を撒き散らしておきながら。


 閃光、世界を後方に置き去りにしてフォルナは最速の技を放つ。

 魔法発動前に魔方陣ごと異形を斬り捨て、単なる蹴りが衝撃波を産み出して宙を足場に飛翔する異形すらも瞬時に肉塊と成す。


 地面に赤熱の跡を残し着地し剣を収めるまで十秒とかからなかった。


 悠然と歩みを進め、【魂光】を見下ろす。


「・・・・・・1年か。それだけ前なら俺は龍に勝てなかっただろうな。まさか、見知らぬ場所で助けられているなんて思いもしなかったよ」


 誰かの思惑で神龍に掛けられた呪いを増幅させるような事態になった時、一年前の時点での対処は難しいと判断したフォルナは、ふと折れた剣に視線を向けて声を掛ける。


「手向けになるかは分からないが、これが俺からの感謝の証明だ」


 振り下ろされる刃が届くまで、【魂光】は目を逸らし続けたそれを骨身に染みる程に感じ続けていた。


 嗚呼、これが――『恐怖』なのか、と。


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