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終焉都市の雑草~凶悪な魔物達に侵略された都市で、たった一人の生存者~  作者:
第二章 森の守護者編

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36話 頂は悠然と

 集会所から出てフォルナは村の中を歩く。

 特になにか目的がある訳ではない。ただ、こうしてなんとなく歩いてみたかっただけだ。

 彼にとってそれは気分転換であり、整理するために必要なことなのだろう。

 

 都市から出て、この村に来てから困惑することだらけだ。

 安全な場所で、生命の危機を感じない状況での善意ならまだ理解出来た。

 自然と共生するエルフの生活はおおらかで、都市で生活する者達と比べて心に余裕が見られる。その余剰が他者に向けられているのだろうとフォルナはそう結論付けた。


「なぜだ・・・・・・?」


 では今は?

 まさしく緊急事態。

 命の危険があることは全員が分かっている。彼等の行動や表情を見ても現状を軽視している訳ではないことは一目瞭然だ。


 危険が迫った時の人間の行動は非常に分かりやすい。


 裏路地で暮らしていたフォルナは日常的にそのような光景を見てきたのだからそこに間違いはないと考えていた。


 脚に縋り、地に額を擦りつけ、心を屠るように泣き叫ぶ。

 それに対してなにかを感じたのは最初だけだろう。生死を彷徨う暮らしを通して、その行動に疑問は湧く事はなくなり、どころか当然のものだと考えるようになった。


 眉間に皺を寄せて考えながら、フォルナは村長宅の離れの扉を開く。


「集会所には行かないのですか?」


 離れの中、魔道具が散乱している部屋の奥には作業を続けるイナの姿があった。


 集会所の中に姿が見えなかったため、この場所か、もしかしたら村から逃げたのだという予想の回答は前者であったらしい。


「あぁ、フォルナ君。ごめんね、今はちょっと外せそうにないかな」


 極度の集中を続けているのか火照ったように紅潮し、けれど限界まで技術を行使している姿は見るものが見れば脅迫的だという感想を抱くだろう。


「なにをしてるんですか」


「魔道具をちょっとね。今この瞬間にも現状を解決できるものができるかもしれない。そう考えると手が止まらなくて」


 もしかしたらという希望がある。

 なにをやっても意味がない訳ではない実力をなまじ持っているからこそ、イナは集会所で留まる事を選べなかった。


 今まで手を抜いたわけではない。

 この短期間で解決できるものではないと誰よりも理解していて、それでもと考えるのは彼女にとって代えがたいものがあるから。


「一つ聞いても?」


「なにかな」


「どうして俺に助けを求めないのでしょう」


 村人全員が必死になっていることを感じ取り、それでも助けを求めてこない彼等の行動がフォルナは理解できなかった。


「Aランクの魔物を討伐できる俺は確実に手助けになるはずだ。これだけの能力を持っているのは、村の中でもそういないとあなたは言っていた」


「・・・・・・」


 イナは少し作業の手を止め、フォルナに視線を向ける。


(困惑の感情。恐怖はないんだ)


「助けを、ね。確かに今は猫の手でも借りたい程で、フォルナ君の力があればとっても心強いよ。でもね、怪我を負った猫に手を借りようとは思わないよ。とりわけ、少しでも同じ時間を過ごした相手ならなおさら」


「怪我など負っていませんよ?」


「それは目に見えてないだけだよ。君は・・・・・・傷だらけだ」


 異変の一報が届いてから、イナから見えるフォルナの感情の色は薄まり点滅を始めた。

 これは感情を摩耗した際に見られるものだ。この状態になったエルフを見た事があるイナは知っている、その辛さを。


 気力なんて全く湧かず、生の理由さえ見いだせない廃人。

 立ち上がる事はおろか、言葉を発することさえも億劫になる負荷を抱えて、


(それを感じさせないで動いている君は・・・・・・)


 異常をそうととらえる事の出来ないということは、それが常である生活を送ってきたのは明らかだ。


 そんなフォルナに、原因の一つかもしれない戦闘を依頼することはイナにはできなかった。

 心のない機械などではないことは、少し触れ合った時間でも十二分に分かっていたから。


「はいはい! 話は以上だよ~ イナさんは忙しいから部外者さんは外に出てくださ〜い」


 なんとも気の抜ける明るい声音で、よいしょよいしょとフォルナの背を押して離れの外に出す。


「じゃあね」


 フォルナがなにかを言う前に、イナは笑みを浮かべて扉を閉めた。


 締め出されたフォルマは、少しの間中空に手を彷徨わせ、遅れて気づいたかのように自然に下ろす。


 彼女達の感情論は全くもって合理的ではない。

 なにをしてでも生き残るというフォルナの思想とは別種のそれ。

 それを必死に理解しようと、足りない言葉で咀嚼を繰り返すが、ほんの一部しか嚥下ができない。

 そしてふと、どうして己が理解しようとしているのかと思い返す。


「……理由が欲しいのか」


 動くための理由が。

 歯がゆく、目を細める現状。

 フォルナの天秤は依然として傾かない。


 ――お前、俺の弟子になれ


 思い返すは、師との出会い。

 フォルナは苦笑した。


 (そうだった。俺も不合理の上で生きているんだったな)


 全く未知のものだと乖離した認識を持っていたが、振り返れば、その不合理の上でフォルナは今を生きていることに思い当たる。あの時、最も確率の低い選択肢をリアムが取らなければ、出会いの時点で死んでいたのだ。


 いつだったか、フォルナはどうして自分を弟子にしたのかと聞いたことがあった。


 ――なんとなくだ。


 なんて不合理な解答だろうか。

 けれど不思議と今なら分かるような気分を抱きながら、フォルナは深く目をつむる。

 彼の天秤に乗っているのは、片方は命の危険性、そしてもう一方は行動の根拠だ。


 この2つしかなかった天秤に、恐る恐る感情を乗せる。

 

 それは都市では爆弾のようなもので、不要以外の何物でもなかったものだ。

 錆びついた金属が音を立てて、ゆっくりと動くのを見届け、目を開いた。


 「手を貸して欲しい」


 そして影の中にいる者達に言葉を残し、風が吹いた間に、彼の姿は村から消えていた。





 悪夢だな。

 砂塵がふき荒れる戦場でユナンは内心で一人ごちる。


「その身で持って民を守護し、敵を打ち砕け――巨岩兵」


 岩石を操作して生成される巨人。

 崖よりも高い視線から眼下の異形共を見下ろす。

深く沈み込み地面を掠めるようにして拳が崖の間を通る。


 粉砕、崩壊。

 逃げ場のない死地で塵芥のように体を四散させて吹き飛んでいく異形。

 しかし、


 巨人の拳は止まる。


 自分より遥かに小さいそれによって。

 質量差は明らか、にも関わらずそれは地面に屹立し片手で巨人の攻撃を受け止めていた。


 ゆらりと体を動かせば、巨人の腕を足場に飛び上がる。

 弓形に引かれた腕が振るわれる。


 地面が大きく揺れた。


 一撃で右半身を粉砕された巨人が体勢を崩して崖に寄りかかるようにして倒れ込む。

 粉塵が舞い、一瞬にして戦場を覆った。


 ユナンが杖を振るう。

 舞い上がる砂塵が、宙から落下していた岩石がぴたりと動きを止める。

 そしてまるで映像を逆再生するかのようにして巨人の壊れた部位に戻り即座に再生した。


「っ・・・・・・」


 ユナンは額の汗を隠すように平静な表情で戦場を俯瞰する。

 高速で回転させる思考の結論は明日の命を映さない。


 現状の均衡を保っているのはユナンの膨大な魔力を利用した質量勝負。

 ただし当然魔力には限界があり長く続くものではない。


 故に、彼が選択したのは短期決戦だった。

 問題は、敵が想定よりも圧倒的に強かったこと。


 数十トンはある質量を、正面から突き破って来る驚異的な身体能力を持った一個体の存在だ。ランクとしては間違いなくSランク級。これに対処するには、最低でもレベル1000以上の実力者が必要となる。


 その条件を満たしているのはこの場ではユナンとバーシュの二人。

 ちらりとバーシュを見れば、甲冑に覆われた異形との対峙を続けている。

 技術で見れば明らかにバーシュが上だが、彼の一撃を防ぐ厚い装甲が彼を追い詰めていた。


 そして他の者達はもう一体の人型。

 こちらは他の二体ほどの攻撃力はないが、速度に特化しておりその姿を捕らえられず、四名で陣形をくみなんとか対処している状況。


「かはッ」


 そして、呪いの残り香。

 死体から放出されたそれを取り込んだことにより体に異常をきたしていた。


 敗北。

 その2文字が誰の脳裏にも浮かび上がる。

 ここを抜けられたなら、村にいる者達が蹂躙される未来を想像して歯を食いしばる。


 命を振り絞り杖を振るう。

 たった一体の生命体に対しての攻撃とは思えない質量で、空から槍が降り注ぎ、地面からせり上がった壁が圧殺するよう閉じ込め、巨人が上部から踏みつぶしクレーターをつくる。


「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」


 一体でいい、どれか一体を突破するだけでこの均衡は崩れるのだ。


 砂塵の中、人影が見えた。

 徐々に晴れゆく視界には全くの無傷の異形が屹立している。


 ああ、死が近づく。

 戦場での常、見慣れた光景。

 けれど決して受け入れられないものではなく。


 音がした。

 なにかの金属が壊れる、甲高い音が。


 視線を向ける、斧が壊れていた。

 それを扱う戦士はただ一人。


 バーシュが霞む視界で、壊れた斧を手にいう事のきかない足で懸命に立とうとする。

 均衡は崩れる。相手の人型を一体倒す、もしくは――エルフ側で脱落者がでるか。


 甲冑の異形が深く地に沈みこむ。

 出会い頭にみた攻撃を繰り出すつもりだと察っするも、ユナンは目の前の強敵を前に動けない。


「避けろぉおおおッ!」


 せめて声で、意識の虚ろになっている戦友へと投げかける。


 視界の端でバーシュの姿を確認し、


「え?」


 ふと、バーシュの横に影を見た。

 見間違いかと思ったのは、その影があまりにも危機感のない足取りで歩を進めていたから。


 甲冑の異形が地を蹴り迫る。

 今度はユナンの妨害もない完全な状態での一撃、蜘蛛の素じょうに割れた地面を残し、狙いを新たな乱入者へと定め獲物を振り下ろす間際、


 乱入者、フォルナは一歩足を踏み出す。

 その一歩は地面を強引に踏み抜き、スキルと合わせて発生した衝撃波が指向性を持って異形と衝突した。


 威力は五分。

 そして完全に勢いを殺された異形へと剣閃が奔る。


 見ていた者は、フォルナの大剣を振り抜いた姿勢から、おそらく剣を振るったのだろうということしか分からなかった。


 八等分された甲冑の異形が地に落ち、崩壊を始める。


「・・・・・・まだ狩人の仕事が途中なので、少し助力に来ました」


 咄嗟にでた台詞は苦し紛れの理由。

 今のフォルナには、この言い訳が限界。


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