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終焉都市の雑草~凶悪な魔物達に侵略された都市で、たった一人の生存者~  作者:
第二章 森の守護者編

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34話 暗雲

 片腕を失ったエルフの男が紐で腕を止血しながらユナンがいる村長宅に走る。

 道中、その姿をみた仲間が目を見開きながらも即座に彼の腕がない方を支える形で同行する。


「一体なにがあったんだ」


「崖の偵察に行っていたんだが、そこにいた異形に気付かれてな。転移石を使ったんだが、転移する前に一撃をもらっちまった」


 聞きながら仲間を担ぐエルフは信じられない気持ちだった。

 決して弱くないエルフの偵察が転移石を使ってでも逃げようとしたにも、こうして重症を負っている。それは明らかに実力がかけ離れているなにかが居たということに他ならない。

 崖の異様は村全体で警戒し続けてはいたが、最早村長の帰還を待つ時間はないのではと、緊張で唾を飲み込んだ。


 急ぎ足で二人は村長宅へと向かいその扉を叩く。


「ユナンさん!緊急事態です!」


 切迫した声を耳にし部屋を飛び出たユナンは玄関口で二人の姿を認める。彼の後ろからは何事かと緊張の面持ちで恐る恐る廊下を歩くイナがいた。彼女はユナンの背から見えた知り合いの姿を視界捉え、衝撃で両手を口にし息を呑む。


「イナッ、カローナといつもの会議メンバーを呼んできてくれッ!」


「うっうん!」


 すかさずユナンが指示を飛ばし、怪我人の救護に移る。

 さっと怪我の患部を確認して呪いによる異変がないことにとりあえず安堵しつつ、回復の魔法で出血を止める。ユナンの回復魔法では欠損の回復は難しいが、回復魔法の長けたカローナであればそれも可能であった。


「ふぅ、ありがとうございます。代理、崖の状況を報告します」


 血を流しすぎたのか、若干青い顔色でエルフの偵察は現状を簡潔に伝える。

 無数の異形が跋扈していること、周囲の環境の変化、そして奴らの戦闘力。


「……そうか、分かった」


 しばし心を鎮めるように目を閉じていたユナンが、覚悟を秘めて目を開く。

 イナが走り回ったのかすぐにカローナと会議を行う主要メンバーが到着した。治療と並行して会議が開かれ、内容に周囲の者たちは唸る。カローナは会議を横目に口を強く結びなにかを耐えるようにしている様子だった。一見魔法の行使に難航しているかのように見えるが、憂いを帯びた瞳からは別の理由だろうと思われた。


「陣をひき異形を掃討する」


 会議は手早く進行しものの数分で決が取られた。

 元々何度も議題に上がった内容だ。安全を配慮して迂闊に手を出せなかったが、相手が侵攻してくるような状況になればそうもいっていられない。


 時刻は夕暮れ。日が落ちかかる頃。

 ユナンの指示で、戦える者は武装をして崖へと向かい走っていた。偵察の情報を元にすれば、もう敵がいつ襲ってきてもおかしくない距離だからだ。


 チームは大きく3つに分かれ、左右の崖から敵が侵攻してくればそれを迎撃するように2つのチームがそれぞれ崖から森に通づる場所に移動し、崖に挟まれた中央の道から来るであろうものに対しては道の出口を陣取るようにして1チームが構えていた。

 ユナンがいるのは道からの敵を迎撃をするチームである。


「少し下がっていてくれ」


 5名を下がらせると、ユナンは右手で持った杖で軽く地面を小突く。

 すると地面が盛り上がり守護を果たす土壁が次々に姿を表した。厚みはそれぞれ20センチ程度で、とても壊せるようには見えない。壁には特殊な魔法が刻まれており、接近する敵に対して土の棘を突き刺すものから逆に取り込んで動きを封殺するものと多種の罠が組み込まれている。


「はっはっは! 流石ですな隊長どの」


「やめてくれ、私はもう退役したんだ」


 気心がしれた昔馴染みがおどけるように言うのに苦笑する。

 わざと快活に話すのはまだ年若いエルフが緊張に呑まれているからであろうと思えば責められない。


 ここには近接戦が可能なものがユナン含め4名と、遠距離が2名。内遠距離の2名が比較的若いエルフだ。


 彼らをみて、ふとフォルナのことを思い浮かべる。

 彼がこの場にいればどれ程心強かっただろうかと。

 先刻、ユナンがフォルナを目にした時、思わず助力を願えないかと声を掛けようとした。


 だが、それは寸前の所で思い留まることとなる。

 フォルナが村の緊張を感じ取ったのか、一瞬臨戦態勢に移行したのをユナンは見逃さなかった。

 虚無の瞳、灰の表情となった彼の諦観に近い感情。


 イナであればより深く感じ取れたであろうそれだが、能力などなくとも分かる壮絶であろう背景を思い開こうとした口を閉ざす。


(これは私達の問題だ。20幾らの子供に押し付けずとも解決せねばならない)


 例え、それで犠牲者がでようとも。

 未来を繋いでくれる子どもたちが生き残ればそれでいい。同じ覚悟を持っているだろうものたちは、その目に一切の迷いがなく、ただただ笑っている。


「それにしても間に合って良かった。ここでならある程度敵の行動を制限できる」


 同意するように仲間が頷き、ユナンも一つ頷き目を細め前方を睥睨する。


「本当にギリギリだったようだ」


 足音、足音、足音。

 重いものもあれば全く音のしないもの、馬のような軽快なものからアラクネのような多足ものまで、まるで統一性のない姿をした異形共が列をなして地を行進する。





 ユナン達の交戦が始まろうとする最中、フォルナの姿は村にあった。

 場所は集会所だ。戦力の低い女子供が集まり、村に攻め込まれた時の防衛拠点として現在は魔法で障壁が展開されている。


 さっと視線を巡らせれば子供は不安そうに縮こまり、そんな子供達を支えるようにして女性たちが寄り添っている。男の数は少なく、殆どが崖の方へと向かっているのだと察した。


 そんな彼等から少し離れた場所で大剣を壁に立てかけてフォルナは屹立している。


(さて、どうするか)


 おそらくは既に村の場所は敵に把握されている。

 昼間に見た鳥の視線でそう察したフォルナは幾つかの選択を思い浮かべる。


 撃退であれば今出ているメンバーでも可能であろう。

 全員の戦力を把握している訳ではないが、フォルナの力を薄々感じ取れていたユナンの力はそこらの冒険者と比べ遥かに高い。

 幾らかのエルフは死ぬだろうが、それでもただ待つだけで明日を迎えられるのだ。


 もう一つの選択肢は逃走だ。

 これが最も確実だと言える。ユナン達が対峙している間に村を出ていけば、如何に速度のある相手であろうと自分に追いつくことは難しいだろうとフォルナは思考する。


 問題は、確実な方法があるのに何故か選択を躊躇していること。


「?」


 その理由が分からず疑問符を浮かべて首を捻る。


「・・・・・・父さん、大丈夫かな」


 子供たちの中からそんな声が漏れる。


「今度一緒に釣りに行こうって約束して、それでっ!」


「大丈夫、大丈夫だから。お父さんはそんなやわじゃないでしょ?」


 母であろう女性が子供を抱きしめる。

 子供に不安が伝播しないようにと気丈に振舞っているが、どうしても震える腕を止めることはできないでいた。


「大丈夫ですか?」


 子供達を見ていたフォルナを気にしてカローナが声を掛ける。


「大丈夫、とは?」


「いえ、なんだか遠い目をされていたので過去になにかあったのではと」


 そんな風に他者には見えたのかと少し驚き、フォルナは逆に問う。


「そういうあなたははどうなんだ? ずっとその胸元のものを握っているが」


「っ・・・・・・あまり、大丈夫ではないかもしれません」


 カローナが握りしめていたものは首からかけたロケットだ。

 カローナはそっと手を緩めてロケットを開く、中には一人のエルフの青年が映っていた。


「その人は」


「弟です。なんでもできる自慢の弟でした。でも・・・・・・一年前の調査で命を落としました」


 伏せた目から涙が零れ落ちる。

 震える声音は彼女の心境を強く表していた。


「本当に、あっさり死んでしまった。・・・・・・朝に行ってらっしゃいと見送って、それっきりに、なってしまった。あの時私がなにかできたんじゃないかと、今も後悔し続けています」


 その弟の墓にはなにも入っていない。

 崖に向かったきり、僅かな灰すらない墓の前でカローナは毎日手を合わせている。


「・・・・・・フォルナさん。誰かあなたを想う大切な人がいるなら、今すぐにここを離れて下さい。残される人は、ずっと後悔と寂しさを感じ続けますから。少しでも、その人の近くに居てあげて下さい」


 涙を拭い、カローナは笑みを浮かべてフォルナに逃げろと背中を押そうとする。


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