30話 報告
村へと帰還したフォルナとルグは狩った獣達を家に置いた後、調査報告をするため村長宅へと向かう。
二人を出迎えたユナンはルグの様相から何事かを察し、そのまま書斎に付いてくるように伝える。書斎には、周辺の地図情報と植生や歴史が記された文献が本棚に所狭しと置かれてあった。
「呪い、か」
ルグの話を聞いたユナンはそう呟き、顔を顰め顎に手をやる。
呪いに関してはフォルナが幾つか補足はしたが、専門的な部分を学んだ訳もないため根本的な解決には至らない。
呪いによって発生した“なにか”に対する対処法をそれとなく伝えるに留まる。
先刻に生まれた呪いの異形を屠った際は核の存在する比較的簡単に祓えるものであったため、呪いの発生源まではそれ程困る道程にはならないだろうと考えながら、フォルナは机の上に置かれた地図の地形を頭に記憶した。
「なるほど、分からないはずだ。呪術系統のものは禁忌指定されているからね。文献にも詳細が分かるようなものは厳重に保管されている」
呪術はその醜悪さにより忌避されている。
どの国家に置いても禁忌とされ、呪術の使用が認められた場合は最悪その場で殺されるか、拷問によって心身ともに嬲られる未来が訪れる。
そうせざる負えない過去がある訳だが、これだけの措置が講じられて尚、神龍の悲劇は起きた。単なる興味か復讐か、リアムの話を聞く限りでは単なる狂信者の愚行にしか思えないが。
呪いの位置づけをなんとなく認識したフォルナの傍ら、ユナンは冷汗を流し地図を睨む。
フォルナをルグに紹介した時からなにかしらの収穫があればと期待はしていた。そして、その通りに真実と思われるものが語られた訳だが、その事実はユナンにとって最もあり得て欲しくはないものだった。
というのも、一度呪いと仮定した上での対抗策を実施し、失敗しているからだ。
◇
それは、一年前に行われた作戦だった。
現在と比べ、まだ一見して分かるほどには澱んでいなかった空気。それでも異変を感じたという報告の元、それに対抗するチームが作られた。
『まあ任せなって。厄介事はすぐに片づけっから、村は任せたぞ』
ユナンは口を堅く閉じ目を瞑る。
思い起こされるのはチームが崖に向かう当日。息子である現村長アメリオの背を叩きながら村から出て行く姿だ。
チームの長の名はリリクといった。
年は村長リリクと同年代の300程。比較的若い分類に入るが、その彼がチームのリーダーを任された理由は、彼が特殊なスキルを保持していたからだ。
スキル名は【神聖魔法】
ゾンビやスケルトンのような不死者、実態を持たないワイトのような死霊系に対しての特効を持っていた。
通常手を出せない霊的な災いを強制的に分解し浄化できる能力は今回の事態に最適であると考えられたのだ。
補給として崖近くに簡易拠点を作り、チームの帰りを待った。
そして、
――帰ってきたのは、たったの一人だった。
腕が半ばから切断され、体に穴を開けた状態でその一人は帰ってきたのだ。
すぐに処置を施そうとする村人を押しのけて彼は血反吐と共に報告する。
『す、すぐに女王に救援を! 絶対に、誰も奥に行ってはならない!』
鬼気迫る表情に皆が慄く中、ユナンはすぐにでも最奥へ進まんと脚を出す。
誰もが認める実力者である存在。なんとしてでも連れもどす覚悟で踏み出した足は、誰かに服を掴まれることで止められた。
服を掴んだのは、他でもない血まみれの男だった。
『あいつらの・・・・・・覚悟を、踏みにじるような行動は、たとえ貴方であろうと許さない・・・・・・ッ!』
服を掴んでいる手をどけることは、とてもではないができなかった。
執念とも言えるような眼光が踏み出そうとした足を縫い止める。まるでメデューサに睨まれた戦士だ。
ユナンであろうとも敵わないと判断せざる負えない何かを見たのだろう。
そしてこの彼は、仲間と共にすることなく、決死の覚悟で情報を伝えに戻ってきた。その心情は察するに余りある。
結局、男はその目で見たものを伝え息絶えた。
敵の攻撃になにかが含まれていたのか、ポーションが効かずの失血死だった。
◇
「ふぅ」
小さく溜息を吐きユナンは頭を振って昂りそうになった感情を押し留める。
今は過去に囚われ視野を狭くしてはならない場面だ。
フォルナの言葉を百パーセント信じるかは別として、敵を呪いまたはそれに類するものであると仮定する。
崖奥のなにかが村に近付いてこないことを今一度熟考する。
「フォルナ君、呪いとはいっても我々は敵の姿が想像できない。呪具のようなものがあるのか、それともあの澱んだ空気そのものが危険と判断すべきだろうか」
禁忌指定の呪いはそれ自体が秘匿されているため性質の想定ができない。
「敵の正体がどのようなものであるかの断言はできません。ただ、なにが危険であるかについてですが、“全て”と考えた方がいいでしょう」
都市内部にいた呪いから生まれた異形、それらに共通する危険性。
一つは距離に捕らわれない攻撃。異形との間にあるあらゆる物体、空間を無視しその攻撃は降りかかる。視認されなければ問題はないが、裏を返せば一度視認されれば終り。一方的なワンサイドゲームとなる。
それを踏まえれば村の人々は視認されていないのだろう。
誰もが健康的に暮らしているのをフォルナは既に確認している。
そして、一度攻撃を貰えば表しようもない感情の乱れが起こる。
フォルナの認識では息苦しい程度に収まるそれだが、それは彼に限定された話だ。
通常、都市に巣くうレベルの異形のものでは、よくて廃人、正気を保てるものなど殆ど残らない。
それらを簡単に説明し、フォルナは断言する。
「この戦いに長期戦は存在しません。一度相対したなら、確実に屠る必要があります。そこで逃せば、全滅します」
平坦な声音、嘘の交じり気が一切ない視線を受けてルグとユナンの二人は災厄の未来を正しく認識した。
悲壮に顔を青褪めさせるルグとは対照的にユナンは現状の把握と対処を導きだす。
経験の差であろう。通ってきた修羅場の数だけ幾分か余裕を持ったユナンは、すぐさま行動に移すべきタイミングだと直感する。
「会議を開く。ルグ、メンバーを呼んでくれ」
首肯したルグが部屋を飛び出し、部屋にはユナンとフォルナだけが残る。
「ありがとうフォルナ君、君のおかげで最善手が取れそうだ。ああ、少しイナの様子を見て来てくれないか。おそらく離れ家にいると思う。それと、今日は狩人の仕事はもうないから部屋でゆっくりと休養しているといい」
続けて、今日はありがとうと微笑を浮かべるユナン。
「・・・・・・分かりました」
一瞬、その様子を観察するように視線を動かしたフォルナはすぐに表情を戻し、部屋を出る。
廊下を歩きながら抱いた疑問を明確にする。
先刻、ユナンは『最善手が取れそうだ』と口にした。
最善手。異形との戦闘経験がある自分が参加するのが最善手であるはずだとフォルナは考える。
にも関わらず、ユナンは会議にフォルナを参加させるつもりはないそぶりを見せた。
なにか疚しい内容があるのか、はたまた別の理由か。
村人の命が懸かっている現状、なりふり構わずあらゆる手段を講じるのが必然だと、当然のように認識しているフォルナは首を傾げる。
(まだ現状の把握ができていない? それとも俺を強制的に操る術を持っている可能性も、確か人柱とかいう儀式のようなものもあると聞いたことが・・・・・・)
思考を続けながら、離れ家に足を運ぶ。
村長宅より幾分か小さい木造平屋。扉を軽く小突く。
中から返事は帰ってこない。ただ気配があるのは間違いなく、フォルナは僅かに闘気を練った状態で扉を引いた。
扉に鍵は掛かっておらず軽い力で開く。
内部に視線を巡らせたフォルナは若干の驚きを浮かべた。
「これは・・・・・・」
隙間なく棚に並ぶ道具の数々。
それでも収まりきらなかったであろうものは床に並べられ、専門的な用語と詳細な寸法が載せられた図面が散乱していた。
特有の魔力波動を持つこれらは、全て魔道具だ。
一般的に流通しているものから、局所的に活用する高度なものまでがここに収められていた。
床の魔道具を踏まないように進み、奥にいる部屋の主を視界に収める。
製図版とにらめっこしながらペンを走らせるのはイナだ。
いつもの朗らかな笑みではなく鬼気迫る真剣な表情で作業を続けている。
扉の音が聞こえなかったのは極度の集中にあったからだろう。
ふと、溜息を吐き凝り固まった体を解すように首を回したイナの視界にフォルナが入る。
「えっ、フォルナ君! なんでここに?」
「ユナンさんに様子を見てきてと言われまして」
「そうなんだ。そろそろお昼だから心配かけちゃったかな」
フォルナはイナの元に移動し、近くの作業台にある魔道具を一つ手に取る。
ペンダントの形をしたそれはサファイヤに似た輝きを持ち、吸い込まれそうなほどに透明だった。
「これらの魔道具はイナさんが?」
「えへへっ、まだまだだけどね。魔道具は魔力さえあれば才能に左右されずに奇跡を体現できる道具でしょ? これらがあるだけで多くの人が笑顔でいられる。きっと素敵な未来に繋がる」
フォルナはその夢に返答をしなかった。
無知ゆえの泡沫の夢。外の世界を知らないイナだからこそ発することのできる幻想だからだ。
強力な魔道具が普及されれば、必ず殺戮が起こる。
人の欲は際限を知らない。今手に入っているもの以上のなにかを望むのだ。
――世界中の人々が彼女のような考えができたなら。
ありもしない仮定、悪意の一切ない笑みに当てられたか、フォルナ自身も一瞬夢を見た。そして苦笑を浮かべ夢を夢のままに意識から消す。
「ちなみにその魔道具はね。悪~いなにかを吸収して浄化する優れものなのです! まぁ、まだ試作品段階だからそれ程効果はないんだけどね~」
「それは凄いですね。あの崖付近にも効果があるのでしょうか」
「それはね~・・・・・・えっ」
浮かべていた笑みの一切を消して勢いよくイナはフォルナを見る。
「いっ、行ったの? あそこに?」
「ルグさんの手伝いででしたが、調査しなければならないとのことだったので」
勢いよく立ち上がり倒れる椅子など気にも止めず、イナはフォルナに詰め寄る。
避ける事もできたが、イナの表情を見てフォルナはその場に留まった。今にも泣きだしそうな表情、元になる感情は心配と恐怖か。顔を青褪めさせながらイナはスキルを用いてまでフォルナの体の状態を確認する。
彼女の瞳に映るフォルナの色は出会った時と同じ。
(よ、良かった。あれに侵食はされてないみたい・・・・・・)
一通りの安全が確保できたのか、一歩引いてイナは顔を上げる。
「あの・・・・・・」
珍しく戸惑いを見せるフォルナ。
「お願い、もうあそこには行かないで」
声を震わせながら言うイナの言葉になんと答えたものかと考える。
「あそこは、例え強力な魔物を討伐できる君でも・・・・・・」
含みを持たせた発言からはなにがしかを知っていることが分かる。
ユナンが会議に参加させなかった理由にも通ずるものかもしれないが、どうしてかその先を聞くきにならないことにフォルナは疑問符を浮かべた。
「その魔道具は君が持っていて。体になにかあったらいけないから」
押し付けるように渡された魔道具を見ながら、フォルナは崖の方向に視線を向けた。




