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 私と王子の留学が発表されてからひと月が経ち、私達は今、ピソタリア王国に向かう馬車の中にいる。

 

 留学、と簡単に言っても私一人で行くのと、王子と共に貴族の娘が行くのとでは訳が違う。外部との接触を好まないピソタリア王国にたった一週間で王子の留学を認めさせたのは賢王と名高い国王陛下の手腕に他ならないのだろう。その間、シルフォニアとピソタリアの間を通った手紙はたったの三通。こちらの要求の代わりにあちらが提示した提案をそのまま飲んだ形となっている。

 そのピソタリア王国側が出した提案というのもたった一つだけで、私達二人共が国立の学校に通うことだった。その方が監視しやすいという意味なのだろう。ピソタリア国王とシルフォニア国王、そして彼らが信頼する一部のもの以外には国交を深めるためという名目上で通しているため、シルフォニア王国としてもそちらの方が都合が良かった。

 

 それからほどなくして留学が確定した私達の元には一般生徒に配るシラバスとは異なる、私達用に作られたシラバスが送られてきた。生涯思い出として心に残り続けるであろう、時間の過ごし方の書かれたそれを1ページずつ、ゆっくりと時間をかけて目を通していった。

 組まれている授業はどれも私達の得意とするものばかりで、空白になっている時間もチラホラと見つけられた。それは入れるものがなかったというよりは意図的に開けられたもので、私と王子の空き時間が被っている時もあればそうでない時もある。

 シルフォニア国王陛下いわく、そうでなければ他の相手と交流を持つ機会もないだろうとのこと。それは王子が運命の相手を見つけるためという意味の他に、半年後にどのような判断を下すか決めておくようにという意味もあるのだろう。

 

 まだ見ぬピソタリア王国に、運命の相手と外見的特徴が合致する女性が何人いるかはわからない。だが確実にいる誰かと王子はピソタリア王国で結ばれることとなる。

 それを笑って祝福して、それから………………それから私はあの国で勉学に励むことは出来るだろうか。それはシルフォニア王国でも言えることではある。目を背けたくなる現実から逃げてしまうというのも手だろう。半年、ギリギリまで引っ張って、思い出を作って、そして封じてしまうのだ。

 いつか身体中の毒が抜けきるまでずっと心の奥底にしまってしまえばいい。

 

「シルフィー、シルフィー!」

 考えに浸っていた私を引き上げ、肩をトントントンと軽快に叩く王子は心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「は、はい!」

 十数年間にわたり何度となく見てきたとはいえ、王子のたいそう作りのいい顔をこうも至近距離で見せられるとさすがの私とて驚くもので、逃げる場所などないのにビクッと身を引いた。

 その様子さえも王子を不安にさせる要素の一因となったのか、王子はますます顔と顔の距離を詰め始める。

「気分でも悪くなったのか?」

「あ、いえ、大丈夫です。王子も知っての通り、身体の丈夫さには自信がありますから」

 王子の両肩をゆっくりと押し返してから、私の心臓に悪くないほどの距離を取ってから心配はないと大げさに張り上げた胸を叩いてみせた。

 

「毒に強いのと馬車に酔わないのはまた違うことだと思うんだが……。大体お前は、だな……」

 私の体調の心配は辞めた王子であったが、まだ言い足りないことはあるらしく、久々となるお小言を隣でブツブツと唱え始めた。

 これは懐かしんでいいやら、10年ちょっとの間に生涯のお小言を聞き尽くしたからいいと文句を垂れたいやらで困った私は結局いつも通り、適当に相槌を打って聞き流すことにした。

 

 

 16年間過ごしてきたシルフォニア王国に一時別れを告げ、ピソタリア王国へと足を踏み入れた私達であったが、場所が違えどそう簡単にこの関係が変わることはなかった。


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