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 翌日、国王様から私宛の手紙が届いた。

 赤い蝋印を破らないようにゆっくりと剥がして中の手紙を取り出すと、今日の夜、最終謁見時間に時間を取ってくださるとのことだった。

 そして来週のパーティを予定通り行う、とも。


 嘘でしょ?

 王子の運命の相手になり得る学生は少なくとも学園内にはもういない。この前の子で最後だったのだ。今まで私の元にやってきた子もその半数が学園を去っている。

 そのうちの一人だけ変わり者のヒロインさんがいて、彼女の居場所なら特定できなくもないが、彼女はきっと王子の『運命の相手』にはなれない。


 ***

「二次は王子推しだったけど、リアルなら断然幼馴染だわ!」

 数日前からでは予想もつかないほどに耳の下あたりでバッサリと切りそろえられた桃色の髪。

 そして意志の強さが反映したアーモンドのような瞳は一点に私を見つめていた。


「もう私、貴族じゃないから会う機会はないかもだけど、私の中でのベストカプはあなた達だから頑張ってね。応援してるから!」

 そう残して、頑固そうな少年の乗る荷馬車へと戻って行った。

 少年はその子を隣に乗せ、最後にこちらにぺこりと頭を下げて去って行った。

 荷馬車に乗っていたものの多くは南の一部地域でしか生産されていない野菜であった。そして彼女もまた野菜や果実といった食用の植物の研究に精を出していたこと、そして何の躊躇いもなく荷馬車に乗っていったことから元は農民の生まれだったのだろう。

 世の中には侍女に手を出して孕ませてしまう貴族もいるらしく、幼少期を庶民として過ごしていたものが成長し貴族の家に引き取られるということも頻繁にとは言わないもののよくある話であった。

 彼女だけは歴代のヒロインさん?の中でも割と気の合う存在だった。

 話の半分くらいは私の知らない言葉が飛び散っていたものの、彼女が平民として暮らしていた過去があると知った今なら特に不思議がることもなかったと少しだけ後悔してしまう。

 去り際の少女は王子に果敢に迫っていく時よりも可愛くて、何より自然体だった。


 ***

 その少女は今もきっと幼馴染の彼と仲良くやっていることだろう。

 私が探しているのが王子の運命の相手だとするならば、彼女にとってその少年こそが運命の相手だったのだろう。

 だから彼女を無理やり連れてくることはできない。


 そのヒロインさんは唯一の例外で、他の子はいつの日か学園から急に姿を消していた。中には騎士団長の三男や宰相の男勝りな次女に手を伸ばすものもいた。

 まぁ、その子達も一月としない間にいなくなってしまっていたけれど……。

 残ったわずかなヒロインさん?たちといえば、不思議なことに今はもうかつての面影を残すものはいない。

 髪の色も目の色も変わってしまっているのだ。

 性格も大人しく、私に詰め寄って来た時のような迫力は失われ、他の一般的な令嬢と何ひとつ変わりはなくなってしまった。

 その姿はまるで別人だった。

 名前だけ同じの、顔は全く似ていない替え玉でも立てられたのではないかと自分の頭を疑った。

 けれどその姿に困惑しているのは何も私だけではなかった。家族や令嬢と共に行動を共にしていた者ですら初めは戸惑っていた。

 国王様から与えられた役割上、彼女達が別人のように変わり果てた理由を調べた。

 だが賊に襲われた時のショックだの朝起きたらこうなっていただのどれも真実味にかける話ばかりだった。彼女達の誰かが元のように戻ったという話を聞かなければ、その症状を治す薬を開発したという話も耳にはしていないし、調合してもいない。


 ならば……どうするのか?


 疑問を胸に抱えながら馬車に乗り、城へと向かう。

 一応とはいえ王子様の婚約者かつ貴族の令嬢なので、左右を二人の護衛に挟まれながらガタガタと揺られていく。

 城に着くとまっすぐに謁見室へと通される。

 この前同様に慎重に身体を動かして……と一歩ずつゆっくりと。けれどその行動の時間すら国王様にとってはいじらしく感じたのか、国王様のよく通る声を私に飛ばした。


「そんなのはよい。さっさと近うこい」

「はい」

 許しが出たのであればこんな面倒くさい行動はしない。

 そもそも1日挟んだとはいえ、おめかしするというのは何とも精神力を奪うというものだ。

 つまりここに来るまでの間、めっきり疲れ切っている。

 スタスタと教室移動のように歩き、そして一定の距離を置いて止まり腰を落として礼をする。

 すると国王様は顔の前で手を横に振った。

「誰も見ていないからそういう型にはまった儀礼はしなくてもよい。儀礼なんかよりも大切な話がある」

「……と申しますと」

「来週のパーティのことだ。手紙にも書き記した通り、パーティは予定通り行う」

「ですが『運命の相手』は見つかっておりません!」

 噛みつくようにその事実を述べた。それは決してどうにかなりようもない事実なのだ。

 だがそれを国王様はなんてことないように「ああ、そうだな。そしてもう学園には該当する生徒はいない」と肯定した。


「なら……」

「そこでシルフィー、お主に頼みたいことがある」

「……何でしょう?」

 その頼みごとこそ私をこの場所へ呼んだ理由なのだろう。緊張で喉元に溜まった生唾を飲み込み、言葉の続きを待つ。


「お主が留学予定の隣国、ピソタリアに王子も留学させようと思う」

「……え?」

 予想もしていなかった頼みごとに素っ頓狂な声を上げてしまった。

 いや、どうするかなんて全く予想なんてつけられていなかったけれど……でもそれはなんとも……。

 焦る私に淡々と、もうすでに国王様の中では確定した予定を告げる。

「王子の専攻は生物。自然との共生を掲げるピソタリアの留学は何も不思議なことではない」

 これはもう確定事項なのだ。『頼みごと』なんて建前にしか過ぎない。だからせめて理由が、その建前を実行する訳が知りたい。


「……なぜ……でしょうか?」

「占いの結果が変わったのじゃ」

「そんなことが……」

 あり得るのか。

 占い師なんてこの国にはそう何人もいるものではなく、気軽に人の一生を占えるものでもない。だからこそ、そんなことがあり得ていいのだろうかと思ってしまう。


「なに、身体的特徴に大きな変化はなかった。だが他にいくつか気になる点が出来たのじゃ。そなたには引き続き王子が『運命の相手』に出会うまでの婚約者を演じながら該当者の見極めも並行して行ってもらいたい」

「……」

「そなたが勉学に集中したいという気持ちはわからなくもない。そなたは世界でも名を挙げたほどの優秀な研究者じゃ。わしも本当はそなたを存分に学ばせてやりたい。……だが王子の相手が見つからない今、王子との婚約を破棄してやるわけにもいかない。……許せ、シルフィー」


「お言葉ですが国王陛下、あなた様の頼みごと、お受けできません」

「なぜだ……」

「私がこれ以上王子の側にいることは彼のため、ひいては国のためにならないからです」

「説明しなさい」

「王子は私に好意を持ってくださっているのです」

「なん……だと? それならば……いや、それでもお主を王子と共に添い遂げさせることはこの国を担うものとして許可できない。もうこれ以上、無駄な犠牲を出すわけにはいかないんだ。そしてこの役目を任せられるのはシルフィー、お主以外おらんのだ。……頷いてはくれまいか、シルフィー」

「承知……致しました」

「王子と運命の相手が隣国で出会うと、そして運命の相手がお主ではないことも占いの結果が表している。だからどうか安心してお主は留学生活を送ってほしい」

「全ては国王陛下の御心のままに」


 頭を深々と下げる国王様にそれ以外の言葉を言い出せなかった。言い出せるはずもない。

 だってその言葉は、国王様直々の頼み事は私と王子を少しでも繫ぎ止める糸となるのだから。

 いつかは切れる。

 それまでの期間が延びただけに過ぎない。だがそれでも良かった。


 ピンと背筋を伸ばして謁見室を後にする。熱くなった目頭に力を入れて我慢しろって命令を出す。

 せめて馬車までは保ってくれなきゃ困る。

 やっとの思いで馬車に入り込むと涙が放水された水みたいに溢れ出した。これは嬉しさと自分への戒めだ。

 どうやら私は自分勝手な性格らしい。

 ズルく、そして小賢しい。

 ドレスは水分を得て、元気そうに色を濃く染まる。

 今の私の口角は確実に上がっている。声を殺してなければ楽しげに笑い出してしまいそうだ。


 半年間の期限付きの延命措置はきっと私を苦しめることだろう。見せつけられて、そして一時的にでも実った恋が散っていくのを体感するのだ。


 できることなら、王子の運命の相手はうんと素敵な人がいい。いや、王子のことだから巡り逢うのは素敵な女性に決まっている。

 誰もが羨み、そして嫉妬するのもバカバカしいほどの。

 そしたら私はおめでとうって最大級の賛辞を向けるのだ。


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