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「シルフィー!」
謁見室の扉に背を向けると、私の名前を呼ぶ声が廊下に響いた。嬉しそうなこの声の主は王子に他ならない。彼は早歩きでこちらへと向かってくると嬉しそうにはにかんだ。
「来ていたんだな。今からお茶でもしないか?」
「いえ、帰りますので……」
「そうか……? お菓子はたくさん用意させるぞ?」
お菓子で簡単に釣られると思われていることを寂しく思いつつ、確かにお菓子で釣られている自分がいる。
いやでもついさっき国王様と王子の運命の相手を探す手伝いをすると約束したばかり。それなのに呑気に一緒にお茶なんか楽しんでいていいのか。
……ダメ……だよね? うん、ダメに決まっている。
お菓子なんかで流されないぞと意気込むと王子は私の顔を覗き込む。
「いやか?」
「いえ」
ああ、やってしまった。
お菓子の誘惑に負けないと決意してからわずか数秒。王子の誘惑には勝てなかったというわけだ。
いくら一緒になれないとわかっていても、好意を向けられて拒めるほどに気持ちに区切りをつけられていないのだ。
「そうか」
今までそんな顔、見せてくれなかったのに。王子は嬉しそうに笑うのだ。
これは一時の感情でいわばまやかしみたいなものだとわかっているのに差し出された手にちゃっかりと自分の手を重ねた。
ゆっくりと伝わってくる体温をつい掴むと掴み返されて身体が跳ねる。こんな幸せ、受ける資格なんてないのに嬉しさに心臓は跳ねてばかり。
「あの、やっぱり今日は帰ります。……その、水やりをしなきゃいけないので」
これ以上ここにいたらきっと胸は張り裂けて、私の気持ちは王子にバレてしまうだろう。
それは避けなければいけないからと適当にそれらしい予定をでっち上げた。
すると王子は「そうか……。なら門まで送ろう」とさして機嫌を悪くすることなく、私の嘘を信じたようだった。
門まで来て「今日は一段と綺麗だ」とはにかんだ笑顔を向けて、髪にキスをひとつ落とす。
国王に会うために身なりを整えていたからだろう。いつもの伸びきった髪は綺麗に整えられ、リボンで結ばれている。だがたったそれだけのこと。貴族の令嬢として、普段私が怠っていることを実行したに過ぎない。
なのになぜ王子はそんなにも嬉しそうに、愛おしそうに笑うのだろう。だから私はいつまでたってもこの場所から抜け出せない。もう少し、もう少し。そう望んで居座り続けた。
だがいくらそれを伸ばしてもいつかは終わりはくるのだ。
だって一ヶ月後にはもう彼の隣に私はいないのだから。
「さようなら、王子」
今更ながら私は犯した過ちの大きさに気づいた。恋は盲目とはよく言ったもので全ての判断を狂わせる。最善策が何かなんて考えなくてもわかるはずなのに……。
用意された馬車に乗り込んで、窓から外にいる王子に微笑みを向けた。国王様に全て話してしまおう。話して、どうなるのかはわからないけれど誰かに責められずにはいられないのだ。




