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 エインさんから教えてもらった情報と、私を心配してきてくれた3人の友人に助けられながら、花の成分を解析した。解析の結果出たのは、その毒は徐々に身体を蝕むもので、初期症状は全くでないものだったこと。既知の毒に似たようなものがあったため、解毒剤を作り出すのにそう時間はかからなかった。


 そしてリースは今なお、証拠品として私の手の中にある。


「役ニ立っタようデ何よりダ。何度だっテ作れバいい話だかラ気ニするナ」

 ウルはそう言って、彼の顔を見たとたんに謝り倒す私に3度目となる手袋をプレゼントしてくれた。


「それニ、手袋デシルフィーノ命ガ守れルなラ安イものダ」――とも。


 海のように広き心を持つウルに、そして私を心配してここまで来てくれたツイッタ様とフィリップ様に「行ってきます」と、彼らからもらったお守りを付けた手を振る。


 向かうは例の宮廷医師の待つ医務室だ。

 事情は陛下に伝え、彼女に医務室で待機するように命を下してもらった。そしていざという時のために護衛までつけてもらって、毒の正体を突き止めた私はいよいよ、永きに渡り王家を苦しめて来た呪いを終わらせるのだ。


「あら、シルフィー様。お加減はもう、よろしいのでしょうか?」

 その微笑みは弱っている私に安心感すら与えたものだが、今はそれが悪魔の笑みに見える。彼女はずっと私が命を落とすのを待っていたのだから。きっと今もそうなのだろう。だがもう、そうはさせない。

 

 採用時に提出された履歴書を辿ることで6代前の国王の側妃の血縁者なのだということにたどり着いた。だが陛下が直々にその手の者に調べさせたところ、その女はすでにこの世を他界していたという事実が判明した。彼女どころではなく、その血はすでに途絶えていたのだ。


 彼女は魔女だったのだ。

 永遠の命を得る代償として親戚を根絶やしにした。


 そして彼女がエインさんの暮らすクラウシス村で一時期生活していたことも調べ済みだ。

 クラウシス村では昔からあの花は鎮静剤として用いられていた。実際、その薬は鎮静剤に似た効果があるがそれは一時的なもので継続的に使い続ければ命を蝕むものとなる。子どもや妊婦など抗体の弱い人達の生を吸い尽くすまで、そう時間はかからない。

 そのことをクラウシス村で生活しているうちに気付いて、利用することにしたのだろう。

 

「あなたが犯人だったんですね」

「何のことでしょう?」

「魔女に堕ちて、王家の女性を殺して……あなたは何がしたかったんですか?」

「……黙れ! 貴様に何が分かる!」

『魔女』という言葉に彼女の仮面は簡単に剥がれ落ちた。

 そうなると分かっていて、使ったのだから効果が出なくては困る。他に白状させられる材料をあまり有していないのだ。


「あなたの気持ちなんてわかりませんよ。不審死の正体ならわかりましたけど……」

 あえて冷たく言い放った言葉に彼女は苛立ちを募らせる。もう宮廷医師であると取り繕うことさえも止めた彼女は童話に出てくる悪い魔女のようだ。


「なぜ、分かった……」

「エインさんに、友人に教えてもらったんです」

「……ちっ、あの出来損ないが! 自分だけ幸せになりやがって。王子の隣に傀儡を置けば完成だったのに……」

「あの人は出来損ないでも傀儡でもありません。1人の人間です」

「お前さえ居なければ、お前があの時死んでいればシナリオ通りに進行するはずだったんだ! そうすれば私は……あの人に、愛されるはずだったんだ」

「シナリオなんてありませんよ」

 これは舞台でも何でもない。

 私達一人一人が歩む人生なのだ。どんなに完璧な道を思い描こうが必ずどこかで脱線する。

 

 かつての私はこの道を歩むことなど想定していなかっただろう。

 10年前の私は未来を思い描いた時、きっと真っ白な研究室でたった1人、研究に打ち込む自身の姿を想像したはずだ。

 だが私は王妃様になる道を選んだ。

 いつか誰かに譲る予定だったのに、今では愛する王子と我が子と共にそこに立っている。


 けれど魔女に堕ちた彼女は、自ら時間を止めてしまった彼女はもう、正しい道を進むことなどできないのかもしれない。


 ああ、可哀想な女だと頭を掻きむしって叫ぶ彼女を憐れむ。

 するとどこからか、そんな彼女を深く谷底へと落とし込む声が聞こえた。

 

「なぁ、本当は気づいているんだろう? 私が、そして亡くなった我が先祖達が、あなたの愛した男の生まれ変わりではないことを」

「え?」

 私の知らない情報を口にしたのは、振り返った先にいる王子だった。


「嘘だ、嘘だ、嘘だ! あの人は私を、今度こそは私1人を愛するために生まれ変わって下さったのだ! なのに、他の女が邪魔をするから! だから私はこうして邪魔者を排除してあげるのよ。だって私とあなたの間に他の女なんていらないじゃない? 私1人いればそれで十分でしょう? ねぇ、そうだと言ってよ、ヨシュア様……」

 

 彼女はもう目の前の私達のことなんて見ていなかった。ただひたすらに愛した男の姿を、何もない場所に投影しているのだ。

 男の名前を呼ぶ彼女の顔は妖艶な女性のそれで、ヨシュアと言う男が本当はそこにいるのではないかと錯覚しそうなほどだった。

 

「連れて行け」

「はっ」

「ああ、ヨシュア様。私も連れて行って! ヨシュア様、ヨシュア様!!」

 衛兵達に連れて行かれた女性はずっとその名を叫び続けた。

 

 

 後日調べたところによると、ヨシュア=シンフォニアは6代前の国王陛下だった。

 記録によれば彼は何十人もの女を離宮に囲っていたらしい。その分、彼の子どもは10人以上いた。だがその子ども達は5歳を迎えることなく死んでいった。……たった1人、家の事情によって城を後にした侍女が腹に身籠っていた子どもを残して。その子どもが正式な後継者として迎え入れられ、シンフォニアの王子となった。


 そして父王とは正反対に一人の女性だけを愛して死んでいった。

 

 おそらく彼女はヨシュア=シンフォニアが囲った女性の一人だったのだろう。

 まさかその女性が子孫を殺し続けるとは、ヨシュア本人は予想もしていなかっただろう。

 

 愛は人を狂わせる――まるで毒のように、ジリジリと身体を巡って気づいた時にはもう戻れない。

 

 

「ねぇ王子、あなたは私のことを生涯愛してくれますか?」

「当たり前だろう? この世に生を受けたと知ったその日、シルフィーの事だけを愛すると神に誓ったからな」

「大袈裟ですよ」

「愛してる、シルフィー」

「私もです、王子」


 ヒロインさん達は私を悪役令嬢と称した。彼女達のシナリオを書き換えたわたしは悪役だと。

 けれど私は、悪役令嬢になんてならない。王子の隣を誰かになんて譲ってやることはしないのだ。


 だって私もまた、愛に溺れた一人の女なのだから。


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