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 その日から私は体調不良ということで部屋に籠もることとなった。

 王子にも我が子にも会えず、完全に面会謝絶となった。が、陛下にその部屋からの抜け道を教えてもらった私はせっせと設備が万全に揃っている研究室に通っては、自分の身体から摂取した血の検査に明け暮れた。ピソタリアで研究を続けてくれているツイッタ様達と何度も手紙を交わした。


 ……けれどあれから一年が経った今なお、その毒の正体はおろか、特効薬すらも見つけ出せずにいた。


 愛する人にもわが子にも会えない状態が続き、精神が疲弊してきていた。体調不良なんて言い訳として使っていたもののはずなのに、本当にそうなってしまったようだった。

 そんな私を支えてくれたのは室内に充満する甘い香りだった。初めてこの部屋に足を踏み入れた時にも感じたこの香りは枕元に飾られている花のリースから放たれている。

 

「ああ、いい香り……」

 ふと甘い香りに誘われるようにしてそのリースへと手が伸びた。

 ウルから研究時以外は必ず身に着けるようにと言われたその手袋をはめた手でそのリースに触れた瞬間、指先が漆黒に染まった。


「え、まさか……!?」

 2度目となるプレゼントをしてくれたウルには悪いが、その手袋を外して折りたたむとそのリースにペタリとくっつけた。すると私の読み通り、手袋は一面黒く染まった。

 すぐに研究室からビニール袋を持ってくると、ウルからもらったものではない、毒を通さない特注品の手袋でリースを掴んで袋へと入れて密封した。

 そしてすぐに毒物の発生源が分かったことを手紙にしたため、使用人に押し付けた。すぐにピソタリアへと運んでほしいと。


 長い間、部屋に引きこもっていた王子妃にすごい形相で手紙を押し付けられた使用人は戸惑いながらも「はい!」といい返事を返して、馬屋へと走った。

 部屋から出て真っ先に見つけた使用人にお願いしたのだが、運よく足の速い彼に頼めたらしい。これならピソタリアに伝わるのも時間の問題だろう。


 そして私はその足で王宮内の図書室へと向かった。

 国内で出版されたものは全て取り揃えているのはもちろんのこと、国外の本もあまたに取り揃えられた図書室の蔵書数は王立図書館をも上回る。

 私のお目当ては植物図鑑だ。まず初めにあのリースに使われた花を見つけ出すことに決めた。

 思えばあの花の名前を私は知らないのだ。

 毒草以外の植物にだって興味があってこの10年以上、あらゆる文献を読み漁った私が、覚えていないのではなく、知らない。だからこそ気付くのにこんなにも時間がかかってしまった。

 ピソタリア王国の毒物データベースをもってしても解析できないそれが、植物図鑑に載っているのかと問われれば不安な気持ちにもなるが、今の私は藁でもなんでも手掛かりになるなら手を伸ばさずにはいられないのだ。



 本棚からありとあらゆる植物に関する図鑑を取り出して、蜜を求めて花を飛び回る鉢のように花の写真に視線を飛ばしていった。

 お目当ての写真が見つかったのは5冊目に取り掛かった時のこと。野草図鑑にそれは載っていた。

 シルファニア王国とピソタリア王国の境に位置する小さな村、『クラウシス村』という場所にのみ生息する野草だった。だが、その図鑑には写真と生息地のみ載っていて、それ以外の情報は得ることができなかった。


 ならばこの足で赴くまでだ!

 図鑑を小脇で抱え、謁見室まで大股で歩いた。毒の正体らしきものと、その手がかりがある『クラウシス村』までの馬車を出してもらうためだ。


「シルフィー様! なぜこちらに……」

「陛下に謁見を申し込みたいのですが」

 申し込みたいと言っておきながら、私は断られることなど想定していない。衛兵の瞳を刺すように見つめると「しばしお待ちください」と王座に就く陛下へとお伺いを立ててくれた。

 本来ならばこんなに急に謁見を申し込んだところで許されるはずもない。例えそれが王族になった私であろうとも。


「入れ」

 けれど陛下は私の急な申し入れを承諾してくれた。

 だから私は今、説明できる限りのことを彼に伝えた。そして馬車を用意してほしいとも。


「……騎士を誰か向かわせてやるのではダメなのか?」

「私自身で出向いて、いくつか確認したいことがございます」

 それは香りであったり、毒の発生条件など現地に行かなければ、自ら確かめなければわからないことが山積みなのだ。


「そうか……。ならクルスが留守の今のうちに出発しなさい。あの子のことだ、きっと心配する」



 それからすぐに採取セットを持って、王城を後にした私はクラウシス村に着くまでの数時間を仮眠に費やした。

 採取が終わったら研究室に戻って、怒涛の成分解析が始まる。そして解毒剤を作って、投与して……やるべきことはたくさんあるのだ。



 クラウシス村に到着した私を迎え入れたのは小麦色に日焼けした、私と同じくらいの歳の女性だった。

 彼女は私の姿を見つけるやいなや真っ赤な唇をパクパクと動かした。

「待ってたよ、毒草姫様」

 初めて会ったはずの彼女は確かにそういった。


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