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宮廷医師から安静を言い渡された私ではあるが、まだ妊娠3ヶ月目。
そこまで気を使う必要はないと思うのだが、王子と陛下はまるでそろそろ子が産まれてくるのではないかと錯覚しそうなほどに日々私を気遣っては世話を焼いてくれる。
あれから私の部屋となった代々王妃や王子妃が使っていた部屋には、ピソタリア王国でもらったツイッタ様とウルの贈り物をいつも見える位置に飾っている。
本当なら今までのように付けていたいところなのだが、心配性の王子からほとんど部屋の外に出ることを許してもらえないため、飾るだけに留めている。
あの日の痛みはたまたまだったようで、あれからすっかり痛みを感じることも、そして妊婦特有の吐き気を感じることもない。至って元気だ。
……それに歴代の王妃様達のように具合が悪くなることも、今はまだない。
このまま平穏な日々が過ぎてくれればと、膨らみ始めた愛しい腹を撫でていたある日――ウルからもらった手袋がほんの少し、黒ずんでいるのに気づいた。
初めは光の加減かとも思った。
けれどその日を境に徐々にその色を増していけば、光だなんだと言い訳することも出来なくなった。
『全ての魔から守ってくれる』――ウルはそう言っていた。
けれどそれ以上は時間の関係もあり、聞くことが出来なかった。だから私はすぐさま筆をとった。隣国の友人にこの状況を説明するために。
そのことが何か悪いことの前兆だったら……と思うと王子や陛下には告げられなかった。もう少しで子が生まれるのだと喜んでいてくれている彼らに水は差したくなかった。そしてツイッタ様とフィリップ様にも告げないはずだった。
何もなければそれに越したことはない。
だがその数日後、手紙などの媒体を挟むことはなく、直接シルフォニア王国へと足を踏み入れたウルの背後には、何やら怒りで震えるツイッタ様の姿と、どうどうと彼女を諌めるフィリップ様の姿があった。
「なぜ、そういうことを私に連絡しないのよ! シルフォニア王国に向かおうとするウルを止めて、問い詰めなかったら知らないところだったのよ!?」
「まあまあ、お嬢。今回は急を要するから足を運んだだけで、本来なら手紙で済ませようと思ってた案件だから。とりあえずは黙ってて」
「……わかったわよ」
「急を要する?」
「あア、シルフィー。早速だガ、手袋ヲ見せテくレ」
「え、ええ」
今までに見たことがないほど真剣な眼差しで私を見つめるウルに、飾っておいた手袋を見せた。
するとその黒さにウルは顔を歪めてとある質問を投げかける。
「そノ手袋ガ漆黒ニ染まル前ニ何カ毒ニ触れたカ?」
「いいえ」
そんなことはあり得ない。だってその手袋は、こうして部屋を与えて一日中休ませてもらうようになってからはこうして飾ってあるし、その前だって大事な時、勇気の欲しい時以外は閉まっておいたのだから。
もちろん毒草のお世話をする時に使ってなどいない。
「そうカ……一応、他ノ人間ガそれニ触れたカどうカ確認ヲ取ってくレ」
そしてウルの言う通り、私の世話係の複数の使用人にも確認したのだが……彼らは触れていないという。私の大切なものだから、と。彼らの瞳には嘘は映っていなかった。
そう判断したのは、私だけではなかったようで、ウルとフィリップ様、そして先ほどのウルの言葉で状況を察したらしいツイッタ様も腕を組んで唸ってしまった。
『手袋の色を変えた毒はどこからやってきたのか』――4人ともがその問いに答えを出すことは出来ないでいる。
私なんかずっと毒草を研究していたのに、全く見当すらつかないのだ。
「毒であることには間違いないのよね?」
「あア。こレは代々ウルイノ民ガ他国ニ嫁グ王族ヘ、身ヲ守ル道具としテ贈ル品ダ。……毒殺されることヲ防グためノ」
「そう……毒ならいいわ。好都合よ」
『毒』ならば、感染症などではないのなら……私はきっと死なない。
以前よりも私は自信が持てるようになった。いや、今の私は自分を信じ過ぎているかもしれない。けれど私は『毒草姫』なのだ。その私が毒から我が子を守れないでどうする。
そして手袋を漆黒に染めたのが毒だと言うのなら、呪いの正体が毒だと言うのなら私がそれを解き明かしてみせようではないか!
スタートはこの子が無事に産まれてから。そしてタイムリミットは私が死ぬまで。
「色々と毒の抗体を持ったあなたがこんなものに負けるとは思わないけど……けれど無理はしないで」
「この手袋はピソタリア王家に持ち帰って鑑定をかけます。……毒草姫の危機となればすぐにでも動いてくれるでしょうから」
「俺ハ手袋ヲもウ一度作ル。だかラそれガ届くまでハ、安静ニしてロ」
「ツイッタ様、フィリップ様、ルイ……ありがとう……」
「何を言ってるのよ! 私たちはお友達でしょう?」
「ええ」
「いつだって力になるに決まっているわ! だから遠慮なく私達を頼りなさい!」
大げさなほど胸を張り上げるツイッタ様はいつにも増して頼もしく、ピソタリア王国に留学した時間の大切さを改めて実感するのだった。




