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 ツィッタ様が用意してくれた馬車に乗り、いよいよ国王陛下の元へ、久々のシルフォニア王国へと帰還する。

 未だに王子は私のこの容姿に慣れないようで「違和感があるな」としきりに訴えていた。

 私はといえばピソタリアで鏡に写った自分を見たきりなのであまり気にならない。ただあんなにも簡単に髪も瞳も色が変わってしまったことに対する感動と興奮はまだ心の中で燃え続けている。

 震える手にはルイからの贈り物を装着し、そして腕には変わらずあの日の思い出が光っている。

 

 大丈夫、もう何も恐れることなどない。

 ピソタリアには背中を押してくれたお友達がいる。

 

「……王子」

「なんだ?」

「着替えるので出て行ってください」

「ん? 着替えくらいすればいいじゃないか?」

 

 それにオンナゴコロが分からない所が玉にきずではあるが、それでも愛しくてたまらない王子は私の隣を選んでくれた。

 

 これほど心強いことはない。

 

 たった数ヶ月ぶりとなる謁見室に向かう足は、以前よりも力強く真っ赤な絨毯を踏みしめていた。震えなどない、と断言出来たら良かったのかもしれないが、小さく手は震えていた。

 恐れではないそれを自ら握りしめて、前を向くことに決めた。

 


 そしていよいよ重々しい扉が開かれ、最大の山場であるシルフォニア国王陛下と対面する。

「おお、よく来たな。隣の女性は!」

 普段の私からは想像がつかないほどに変わった姿に、例えこんなに距離が離れていなくとも目の前の女が私、シルフィー=ロクサーヌであると気づくことはないだろう。

 

「そうか、そうか。やっとお前は運命の相手に巡り合えたのだな。その女性の名は何というのだ?」

 私と王子が未だ口を噤む中、陛下はやっと現れてくれた運命の相手に声を弾ませている。

 だが私達は今から、気分が羽根のように浮かび上がった陛下を、強引に地上へと引き戻さなければならない。

 

「シルフィーです」

 

 王子の放った、たった一言。

 それだけで陛下の頬はヒクヒクと引きつる。

 

「いま、なんと?」

 陛下はその言葉を、名前を訂正して欲しいのだろう。

 もう一度チャンスを与えるから、言い直せと。そう、おしゃりたいのだろう。

 

 だが王子も私も、それを訂正するという判断を下すことはない。

 そして代わりに2人揃って、玉座の彼の目を見据え、声を合わせてその名を告げる。

 

「シルフィー=ロクサーヌです」――と。

 

「まさか、まさか、そんなことがあり得るはずがない。シルフィー=ロクサーヌの髪は漆黒の色だろう!」

 王座に据え置かれたフカフカの椅子から腰を浮かし、陛下はあり得ないと何度も叫ぶ。

 

 けれどこれは現実に起きたことなのだ。

 ずっとあり得ないと、王子の隣に私が居ることなど出来ないのだと決めつけていた。

 ピソタリア王国に留学しなかったら、彼らに出会わなければ、私だってあり得ないと心からの叫びを謁見室に響かせることだろう。

 

「友人に変えてもらったのです」

「な、なんだと……。そんなことが……あり得るの、か?」

「父上、何を見た目にこだわる必要があるのです。こんなにも簡単に変えてしまえるというのに……」

 王子の言葉に心が打たれた様子で、王座へと座り込んだ。

 陛下は未だ、それが現実であるのかどうか判断しかねているようで、私達の顔に何度も視線を行き交わせていた。

 

「私はシルフィーを愛しているのです。彼女と共に、歩んでいきたいのです」

 不意に掴まれた手には王子の指が絡められていた。それは私達の想いのようで、私も彼と繋がった手に力を込める。

 私も同じ気持ちである――と。

 

 すると陛下は目を見開いて、ボロボロと涙をこぼした。

「……そうか。あれはわしの希望なんかではなかったのか。シルフィーが運命の相手。そうか、そうか……」

 

 それは私達の未来を否定するものではなく、むしろ陛下は私を歓迎してくれているようだった。

 

「……認めよう。彼女が、シルフィー=ロクサーヌがお前の伴侶になることを」

 そして陛下は私達が一番欲しかった、共に生きる権利を与えてくれた。

 

「髪を戻しなさい、シルフィー」

「陛下……」

「いつも通りの姿で、いつも通りにこの子の隣にいてやってくれ」

「……ありがとう、ございます」

 

 色んな感情が喉元に押し寄せて、感謝の言葉さえもやっと絞り出されたものだった。

 

 

 

 その翌日、私は一人、国王陛下からの呼び出しを受けた。

 

「2年だ」

 陛下は短くそう言った。

 

 その間に子どもを産めと。

 産めなければ今までの風習通り、家に戻すと告げられた。

 そしてそれまでに決してお前を死なせはしないと。

 

 それは王家の血筋を守る、ということを思ってのことではなく、私の命を思ってのことだった。

 陛下はすでに妻を亡くしている。……彼は誰よりも存在するかも定かではない王家にかけられた呪いを恐れているのだ。

 

 

「わかりました。必ずや陛下の腕に子を抱かせてみせます」

 だから私は笑うことにした。

 運命に逆らった私が、呪いにすらも逆らってみせようと。

 

 

 

 それから半年後、国民に向けた結婚式を終え、正式に王子妃となった。

 そして盛大に祝ってもらってから4ヶ月が経った今、私は初めて体調を崩した。

 

 それからすぐに王子と夜を共に過ごす寝室から、他の部屋へと移された。隔離してくれと、私から頼んだことだった。これがもし感染性の何かだった場合、王子に感染したら、それこそ最悪の事態だ。

  ならばと、陛下は今は亡き王妃様が使っていた部屋を使うようにと言ってくれた。


「代々、王妃や王子妃が使っていた部屋だからシルフィーにもその権利はある」――と。

 

 結婚してからはずっと王子の部屋で過ごしていた私がこの部屋に入ったのは今回が初めてだ。

 もう何年も使っていないはずのその部屋は、体調が悪くとも感じ取れるほどに甘い花の香りが満ちていて、不思議と身体は少しだけ楽になったように思えた。

 

「ふぅ……」

 緊張で詰まり気味だった息を吐き出し、宮廷医師が診察に来るのを待った。

 私は陛下が与えてくれた2年すら生きることが出来ないのかと、最悪の事態まで想定した。

 

 

 ――だが、宮廷医師が下した診断は私の予想していたどれとも違った。

「おめでとうございます。妊娠3ヶ月です」

「へ?」

「王子も陛下もお喜びになられますよ」

 

 悪い想像ばかりが先走って、その想像は全くしていなかった。

 

 妊娠か……。ついに私も母になるというのか。

  あまり自覚はない私に代わり、使用人が呼んできてくれた王子と陛下は涙を流して喜んでくれた。

 

「ここに私とシルフィーの子がいるのか……。名前は何にしよう?」

「占い師を呼んで、いい名前を占わせよう!」

「王子、陛下。まだ、性別すら分かっていませんよ」

「ならどちらも決めておけばいい。子は1人とは限らないからな。それに……兄弟は、多いほうがいいだろう」

 

 兄弟は多いほうがいい――それはきっと王子の中にずっとあった希望なのだろう。

 だが妻を亡くした陛下にそれを伝えることは出来なかった。だから父となる今なら、せめて我が子には寂しい思いをさせたくないと強く願うのかもしれない。

 

 

「そうだな。名前はいくつか決めておこう」

「女の子なら可愛らしい名前を、男の子なら強くて誰からも愛されるような名前がいいですね」

 王家に呪いなどないのだと、言い聞かせるように私と陛下は王子の描く未来に賛同する。

 

 2年後もまだ王子の隣に居られるように。

 そして願わくばそこにいるのは私だけではありませんように――と。


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