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あれから私は王子とツィッタ様によって登校することを、自室から出ることを禁じられた。
いつまたあんなことが起きるかわからないためという理由だったが、おそらくはあれ以来私がひどく塞ぎ込んでしまったからだろう。
禁じられずとももう登校する気力など起きなかった。……そして王子と会う元気さえも。
王子は初めのうちは何度も部屋へと来てくれたのだが、断るうちに来なくなっていた。
こんな私に愛想をつかしたに違いない。過程はどうあれ、これでいいのだ。
私が邪魔さえしなければ残りの時間で王子は自ら運命の相手を見つけることが出来るかもしれないのだから。
王子の遠征時期よりも暗く閉ざした部屋の中、私は布団に包まって外界の一切を遮断する。
私の髪と相まってそこには闇しか存在しない。
何日もその状況が続き、光など存在しないはずのその孤独な空間が確立されつつあったその場所に彼女は入り込んできた。
「シルフィー様。ドア、開けてくださる?」
「……」
「まぁ開けてくれないのなら、マスターキーを使うだけですけど」
ツイッタ様はその宣言通り、半ば強引に部屋へと突入し、そして私から布団を剥ぎ取った。
「いつまでそうしているつもり?」
「…………」
「敵に塩を送るようで言いたくはないですけど、クルス王子はあなたのことを待っているの」
「彼には、運命の相手がいらっしゃいますから」
剥がされた布団を身体の前で丸め込むと私は小さく呟いた。
私なんて彼には必要ないのだと。
けれどそんな想いは彼女と、そして遅れてやってきた他の2人の大きなため息によってかき消される。
「あなたもシルファニア王国もそれはもう大層なもののように『運命』なんて言葉を使うけれど、運命なんて大したものではないわ。そんなもの自分の力で変えられるものなのよ。私はそうしてきた。……私の絶望的な運命をあなたに捻じ曲げられたその日から」
「……え?」
「覚えていないかしら? 6年前、この大陸全土を襲った原因不明の病。それを齢10にも満たない少女が解決したことを……」
「覚えて、います。私が初めて作った『薬』」
忘れるわけがない。
あの日、私は毒の研究で初めて沢山の人を救い、感謝された。
屋敷に閉じこもってばかりの変人だと陰で噂され続けた私が、初めて王子の婚約者として多くの人に認められるキッカケともなったのだ。
例え期間限定だとしても、王子の隣に立っていることを認めてもらえたような気がして泣くほど嬉しかったのを今でも覚えている。
「私ね、もう死ぬって思ったの。きっと私だけじゃない。あの病に罹ったもの全てがそう。これが運命なんだって諦め掛けていた。なのに、なのに……」
私の背中を叩いていたはずのツィッタ様は言葉を紡ぐごとに涙をこぼす。
それは私の代わりに泣いてくれているようだった。
「ああ、お嬢泣かない、泣かない。お嬢が続けられないので俺がまとめると……勝手に諦めないでちょうだい! ってとこですかね」
「ツィッタ様……」
フィリップ様に背中を撫でられて落ち着いたらしいツィッタ様はハンカチで涙を拭うと私の両手を握った。
「あなたは世界に名を馳せる、かの有名な毒草姫なのよ? 毒にするも薬にするも全てはあなた次第なの。……私個人としてはこのまま我が国に残ってくれても一向に構わないけど、でもそれじゃああなたは笑ってくれないでしょう?」
「優しいんですね……」
「誰にでも、ってわけじゃないわよ。あなたは私のあこがれの人で、お友達だから」
その言葉に鼻の奥がツーンとする。
彼女は、そして彼女と共に私を激励するために来てくれた彼らがあまりにも優しかったから。
「シルフィー=ロクサーヌ。前を向きなさい! あなたが愛しているのは悔しいけれどあの王子で。当然だけどあの王子の愛しているのはあなたよ」
「でも占いでは……」
どんなに優しく、強く励まされてもなお、私の頭にこびり付くのは国王陛下より告げられた占いの結果なのだ。
「はぁ……そんなに占いが大事? そんなその時与えられた情報から未来を予測する方法が、私の言葉よりも大事だなんて……。いいわ、なら証明してあげる。他でもない、あなたのお友達である私達が。フリップ、ルイ!」
「はいはい。わかってますよ、お嬢」
「すで二準備ハ出来ていル」
ツィッタ様の呼びかけに2人はようやく出番かと手の中の荷物を掲げてみせる。
「いい? 見かけはあくまで武装の一部に過ぎないわ! それを私に教えてくれたのは他でもないあなただというのに、本当にやんなっちゃう!」
「ツィッタ様、一体何を……」
3人揃って荷物から取り出した手袋を装着して私の元へとにじり寄る。
その様子に若干の恐怖を感じ、少しずつ後退するがそれもすぐに終わりが来てしまう。すぐ近くに木があるとはいえさすがに5階から飛び降りる勇気はない。
「そんなに見かけが気になるなら変えてあげる。たった一夜だけだし、それは根本を変えるものではないの。それでもあなたの背中を押せるなら、あなたの役に立てるのなら……この私が! 裏方に回ってやってもいいと言っているのよ!」
「え」
「シルファニアの国王様にお会いするのは今晩らしいじゃない? それだけ時間があれば余裕で変えられるわ。あなたはただここで人形みたいに座って感性に備えていればいいの。主役はあなたなんだから」
「……」
「ピンク色のウェーブのかかった髪の毛。王子よりも頭二つ分小さな背丈。アーモンドのようなクリクリとした目が特徴的?」
「……」
「身長はあの王子が後々成長すればいいとして、目の形は化粧で誤魔化して、後は髪と瞳の色だけね? そんなのすぐに変えて見せるからあなたは座って待っていなさい」
椅子を手繰り寄せてそこに私の腰を下ろさせると3人は手慣れた様子で、私を変えるための準備を執り行っていく。
「……なんでここまで……」
「言ったでしょ? 私はあなたに認めてもらいたかったの。天才と呼ばれたあなたに認められて、対等になりたくて、回復したその日からずっと私は研究に打ち込んだの。それがようやくあなたに私の、この長年の結果を見せて、役立ててもらうことが出来るの。はしゃがないわけないじゃない。喜ばないわけ、ないじゃない……」
「お嬢、染料の用意できました」
「あなたの目も髪に合うように変えてあげる。そして私の研究をその身で実感してちょうだい」
フィリップ様から小さな容器を受け取ると黙々と私の髪に何かを塗っていった。
どう変わっているのか、身だしなみには頓着しないせいで全面鏡を持って来なかったことが今になって悔やまれる。
フィリップ様はツィッタ様のサポートを継続している。そしてルイは袋から真っ白な糸を取り出して驚きの速さで何かを製作し始めた。時折私の空いた手にピッタリとそれをくっつけては形の確認を行っている。
そしてどれくらいの時間が経っただろう。
ツィッタ様の指示によりフィリップ様が運び込んできた全面鏡の前に立たされた私は声を失った。
「っ」
目の前にいたのはずっと自分のなりたかった姿だったからだ。
「私はあなたが研究者に進むのは大歓迎よ! でもお友達としてはあなたが幸せになる道を歩んでほしいの。だから行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
「貪欲になりなさい、シルフィー=ロクサーヌ。誰もあなたを悪役だなんて責めはしない。いたら私が蹴散らしてあげる。だって私はあなたのお友達なのだから」
「シルフィー、こレを持っていケ」
「これは?」
「ウルイノ民二伝わル糸デ編んダ手袋ダ。全テの魔かラお前ヲ守ってくれル」
「ありがとう」
「行ってらっしゃい、シルフィー様。俺達は見守ることしか出来ませんが、あなたの隣にはクルス王子がいらっしゃいますから」
背中を押されて部屋から出るとそこには正装を着込んだ王子の姿があった。
彼は私を視界に捉えると眉間にシワを刻んで、小さく「いつもの方がきれいだ」と呟いた。




