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そして彼女は数日後、今までのヒロインさん達がそうであったように、私がひとりきりの時を狙ってやってきた。
普段はこの時間、同じく空き時間であるルイと共に過ごすのだが、彼女と2人きりで話すために彼には席を外してもらった。
「初めまして。シルフィー=ロクサーヌと申します」
「シルフィー……、ロクサーヌ……」
私が心底憎いというようにその茶色い瞳を尖らせて私へと突き立てる。
今まで何人もの方と対峙してきたが、目の前の彼女がヒロインさん達の中でもズバ抜けて私への敵意を示している。
それは今まで彼女の同胞達を王子と結ばせなかったが故のものなのかは定かではない。
だが一つだけ言えることは彼女は私との会話すらも行う気はないということだ。その証拠に初対面だというのに自己紹介すらしようとしない。その上、手に握られているのは動物を調教するための鞭。この区画は植物専攻の生徒が植物を栽培するのが主であり、動物が管理されている場所からは離れている。
彼女の手元にばかり注目していたせいか私は彼女が今なお怒りをフツフツと湧き出していることに気づくのが遅れた。
「あんたさえいなければ私はお姫様になれるの。生まれ変わったこの世界であんたさえいなければ今度こそ私は、幸せになれるのよ!」
彼女がヒステリックな声を上げると共に鞭を私の顔に向けて叩きつけようとしていたことに気づいたのは、それが目の前の男の腕に真っ赤な痕を付けた後のことだった。
「危なかったな」
「クルス、王子……なぜ、ここに……今は、授業中のはず、じゃ……」
名も知らぬ彼女の声はひどく震えていた。
私もそうであるように、彼女も王子がこの場に登場することを考えもしなかったのだろう。
「それはお前もだろう、スフィア=オラバサル。シルフィーに、私の婚約者に何をするつもりだったのか答えろ!」
「私は、私はただあなたのために、この女を、悪役令嬢を排除しようと、して……」
「私がいつそれを望んだ?」
「だってあなたはその女に苦しめられているんでしょう? そういう、シナリオ……じゃない……」
「連れて行け」
声にならない嗚咽を吐き出した時点で王子はその少女を視界に捉えることを止めた。
代わりに私へと身を翻して、そして「遅くなってすまない」と遅れてやってきた恐怖を拭い去るように頭を撫でた。
すると今さらながらに涙がこぼれ落ちる。
怖かったのだ。シルファニアにいた頃に出会った少女達は言葉で迫りこそすれ、身体を傷つけようとはしてこなかったから。
「ごめんなさい、王子……」
「謝るのは私の方だ」
王子はそう言うけれど、私が邪魔さえしなければ、今まで出会った少女達ならば彼と上手くやれたのではないかと思うと過去の行いを悔いずにはいられなかった。
彼女こそがそうなのだろうと思っていた。
ピソタリアの留学期間はもう残りわずかで、新しい候補者を見つけ出せる自信などないのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
伝う涙の分だけ謝罪をする。
それは私自身でさえも誰に謝っているのかさえもわからない。
私は何度も選択を誤り続けてしまったのだから。




