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「よし、じゃあそろそろお土産買って帰るか!」

 袋は着々と中身を減らし、お腹は膨れたところでフィリップ様はそう切り出した。

 日が真上に上がった頃に出てきたのだが、気づけばもう空は色を変えていた。帰るにはちょうどいい頃合いである。

 

「ウイに土産っていうと……アクセサリー系がいいか?」

「あア」

 もう走り出しはしないと思ったのか、フィリップ様はそれぞれの手を握ろうとはしない。現在、ルイと共に郷里で待つ彼の妹、ウイさんへと贈る土産物を吟味している。

 露店に並ぶ細工品を見定めるその目はさながら狩人のようで、本気の目をした2人に声をかけるものはいない。

 

「さて、私達はあの人へのお土産でも探しましょうか」

「え?」

「必要でしょう? もちろん、今日の思い出に何か買うついでに、だけど」

 ツィッタ様はそう付け加えながら、2人が釘付けとなる露店とは別の店へと手を引いた。先ほど私が気になっていた、植物の繊維を結晶化したものをメインに据えたアクセサリーが並ぶ店だ。

 

「これなんてどうかしら?」

「おお、お嬢ちゃんお目が高い。そりゃあ1点もので、カップルで一緒に付けたら幸せになれるってもっぱらの噂だよ!」

「そう、ならこれと、あとそこのブレスレットを4色全て1つずつ頂戴」

「まいどあり!」

 ツィッタ様は慣れたように店主とやりとりをすると初めに目をつけた、2つを組み合わせると円になる石の付いたストラップと、直径数ミリほどの小さな結晶で作ったブレスレットを色違いで4つ購入した。

 

「シルフィー様にはこれとこれ」

 ツィッタ様は小さな紙袋から2つのストラップとブレスレットを1つ取り出すと私の手に握らせた。

 

「ありがとうございます」

「渡したんだから、ちゃんとあの人に渡してあげなさいよ?」

「え?」

「ルイ、フィリップ!」

「なんダ?」

「ほら今日の思い出に」

 私との会話はそれ以上続けないとばかりに買い物が終わったらしい2人を呼び止めると私にしたのと同じように色違いのブレスレットを握らせた。

 

「お嬢、ありがとうございます」

「ありがとナ」


 そうお礼を言うと2人は手首にそれを飾る。

 フィリップ様は空を彷彿とさせるような蒼、ルイはその目と同じ燃え盛るような紅。

 遅れてツィッタ様は闇のような一切の迷いのない漆黒のものを装着する。


「ほら、シルフィー様も付けなさいよ。それでお揃いだって自慢してあげるんだから」

「はい」


 私がつけるのは毒草姫の名に相応しい、新緑だ。

 部屋に引きこもってばかりの真っ白な肌にその色はよく映えた。

 



 それからというもの、日は非情にも私の心などおかまいなしに過ぎて行く。

 バザールから帰ってきてからも王子のことを考えたり、不安になったりしなかったわけではないが、左手に飾られたブレスレットを眺めると自然と心は安定した。

 

「明日か……」

 そしていよいよ明日は王子が学園へ帰ってくる日である。そして彼の隣に桃色の髪の少女が収まっているところを目の当たりにしなければいけない日でもある。

 明日は朝から夕方まで授業が詰まっているのだけが救いではある。ずっとあの3人と共にいれば見苦しく心が荒れ狂うこともないだろう。

 私1人だけしかいない部屋のベッドでバタバタと足をバタつかせ、今日で時間が止まって仕舞えばいいのにと子どもみたいなことを願う。もちろん叶うわけもない、絵空事である。

 

 

 

 眠れずに夜を過ごしたせいで閉じそうになる目を擦りながら授業を聞く。

 留学してきたのにその態度は何だと指摘されれば弁明出来る言葉もないのだが、幸いなことに誰もそのことに突っ込んで聞いてくることはなかった。

 その代わりに婚約者が居なくて眠れない日々を過ごしているのだという発信源不明の噂が流れたのだが、それも明日には消えてしまうことだろうと、そう思っていた。


 ――王子が遠征から帰ってくるまでは。

 

「シルフィー、会いたかった……」

 昼休みに入るとすぐに学園に帰ってきていたらしい王子は教室から出たばかりの私の元へと走り寄り、そして強く抱きしめた。

 側から見れば感動の再会である。

 たった1週間離れていただけなのだが、基本的に優しいピソタリア国民の生徒達はそれを温かい目で迎えてくれる。

 

「えっと、その……おかえりなさい、王子」

「ただいま」

 どんなに注目を浴びようと一向に離そうとはしない王子にとりあえずはその言葉を投げかける。だが私が本当に言いたいのは、そして聞きたいのはそんなことではないのだ。

 

 駆け寄る直前まで桃色の彼女は確かに王子の隣にいたのだ。なのに彼は彼女を遠くに置き去りにして私に抱きついている。

 

「この1週間で変わりはないか? 男に言い寄られはしなかったか? この国の人間にならないかと誘いはかけられなかったか?」

「どれだけ信用がないのよ……」

 腕を緩めて私の顔をしきりに覗き込む王子に、完全に蚊帳の外となっていたツィッタ様は呆れたように声を上げる。

 

「何もありませんよ」

 遅れて私がそう答えると王子は安心したように「良かった」と言葉と共に大きく息を吐き出す。

 

「王子の方はその……どうでしたか?」

「ん? ああ私の方も何も変わったことはない」

「そう、ですか……」

 

 王子はそう答えるが、緩んで出来た隙間から見える彼女は親の仇を見るかのようにこちらをずっと睨んでいた。


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