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今日で王子が居なくなってから3日が経つ。
彼が居ないとはいえ他の3人はいるわけだし、むしろあと少しで王子とも彼らともお別れして1人になるわけなのだからこれくらいは慣れないといけない。
いけない……のだがどうやらこの3日間の私の表情はひどく暗いらしい。
「シルフィー様、今日は王都を見て回りません?」
「今日はバザールが開かれているんですよ」
「シルフィー、うまイ物モいっぱイでルゾ」
朝からずっと3人はこの調子で鬱々ジメジメとした、今にもキノコが生えてきそうな部屋から私を引っ張り出そうとしている。
どうやら休日だしやることもないから部屋に篭っていようという計画は彼らを不安にさせてしまったらしい。
「私は留守番をしていますので、3人で行ってきてください」
「……ねぇシルフィー様。私、この数ヶ月であなたが王子を大切にしていること、そして諦めようとしていることもわかっているつもりよ」
ツィッタ様は私達の事情をほんの少しだけ知っている。だが私の気持ちを打ち明けたことはない。それでも彼女にはバレてしまっている。きっと分かり易すぎるのだろう。そんなんじゃダメ、なのに……。
「諦めようだなんてそんなこと、思ってませんよ」
諦めようだなんて、今の段階でそんな意思の弱さを見せているようじゃダメだ。王子が帰ってくる4日後にはきっと全てが丸く収まっているはずだ。だから私はその場をさっさと退かなければいけない。
……だが今の私にそんなことが出来るだろうか?
あの日みたいに意地汚く少しでも時間を延ばそうと足掻きはしないだろうか?
自分のことなのに、4日後に私がどの道を選ぶか全く想像が出来ない。
「シルフィー様」
「ツィッタ様、やっぱりお出かけ、一緒にいってもいいですか?」
励ましの言葉を追いがけしようとしてくれたツィッタ様の言葉を遮るようにして、頼む。
するとツィッタ様は機嫌を悪くし、その一方でルイは表情を明るくした。
「美味しイもノ、いっぱイあルらしイ。たらふク食べテ、お土産買って帰ろウ」
「ルイ……」
「妹ノ土産探すノ手伝っテくレ」
「あの人の分も買っておかないと、でしょう?」
「クルス王子の不在中にバザール行ったって言ったら機嫌を悪くしそうですけどね」
「これくらいいいでしょう? …………シルフィー様の留学期間が終わればそう簡単には会えないんだから」
行きなれているらしいフィリップ様を先頭に、私達は王都のバザールへと繰り出した。
王都で流行っているらしい露店に並ぶ食べ物や細工品はどれも見たことのないものばかりで、私を含めてバザール初参加になる3人は大いにはしゃいだ。
「フィリップ、こレ」
「買ってやるから少し待ってろ」
「あれは何ですか?」
「ん? あれは異国の魔術で植物の繊維を結晶化したものですよ」
「私、これが欲しいわ」
「お嬢は1人で突っ走るな!」
4人中3人が好きな物に走れば、当然そのしわ寄せはフィリップ様に行く。
「いいか? 手を離すなよ?」
最終的にはいい歳した男女が手を繋いで移動するという、なんとも不思議な光景が誕生した。
提案したのはもちろんフィリップ様である。彼を中心として4人並んで歩くのは流石に邪魔ではないかとも思うが、いざ広がってみれば道は馬車3台が同時にすれ違える程広いため、そう邪魔にはならなかった。……他の通行人達の生温かい視線は痛いほどに感じたが。
「フィリップ、これ持ってきな」
「ありがとう」
「うちのも。ほらお友達と後で食べな」
「ああこんなに……」
「この前はうちのが世話になったからな、これも持ってけ」
「悪いな」
そして歩くたびに増えていく食べ物。
彼の両手はルイの手とツィッタ様の手の他にどこでもらったのかわからなくなったビニール袋で埋まっている。
バザールに出向く道中、よく街に出かけるのだと言っていたがまさかこんなに人気だとは思ってもみなかった。私の中でのフィリップ様といえばいつもツィッタ様と言い争ってはお世話をしているイメージが強い。
「フィリップハ昔かラ城内外問わズ人気だナ」
「私の婚約者ですから当然よ!」
「はいはい。っとそろそろどっか座って食うか」
「賛成!」「いいわね」「はい」
そろそろ袋が指に食い込み始めたフィリップ様の提案により、道の端に用意されているパラソル付きのテーブルセットへと腰をかける。
「いっぱイあるナ」
テーブルにもらった袋を乗せていくと全部で10はあった。それも途中で袋にまとめて渡してくれたものもあるから中々の数である。
その中からとりあえず全てを取り出して、そしていくつか、早めに食べたほうがいいものをフィリップ様がピックアップすると私達の好みに合うものをそれぞれの手に乗せた。
「んじゃあ俺は飲み物でも買ってくるから、ここで待っててくれ」
身軽となったフィリップ様がそう言い残して去ろうとする。
「私も行きます」
4人分の飲み物、彼一人では運べないだろうと思って名乗りを上げたのだが、それはツィッタ様に「ダメよ」と阻まれた。
「俺一人でも行けるんで大丈夫ですよ」
そしてそのうちにフィリップ様はさっさと近くのドリンクスタンドへと向かってしまった。
そして残った私はなぜ止められたのかわからずに彼女の顔をじいっと見つめると、その答えは早速もらったホットドッグを完食し終えたルイの口から溢れる。
「例エ相手ガフィリップデ、行ク先ガ短距離でモ、男ト2人二なれバあいつハ怒ルだロ」
「あいつって……」
「嫉妬深い男って、嫌よねぇ……」
「ジュース買ってきた、ってシルフィー様、顔赤くないですか? 熱中症とか? とりあえずジュース飲んでください」
早々と帰ってきたフィリップ様に指摘されてしまうほどに私の顔は紅潮し、熱を帯びている。
これはジュースを飲んだところですぐに冷めることはないだろう。分かっていても顔を3人から背けるためにゆっくりと甘いジュースを吸い上げるのだった。




