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『毒草姫』――シルファニア王国ではどちらかといえば畏怖を意味する呼び名であるのだが、ピソタリアでは賛美の言葉に値するらしい。

 ツィッタ様に言わせれば今までの痛いくらいの視線は転校生への好奇心ではなく、憧れの視線だったらしい。


 そう言われてからメンタルが傷つくだけだとシャットアウトしていた会話に耳をそばだてるようにしてみると「あの毒草姫がピソタリアに!」だとか「このクラスになって良かった……」だの声を殺しているのにどこか興奮した会話が聞こえてきた。


 実験でのハブられているのでは?との疑惑も私の被害妄想だったらしい。

 やってみたいと名乗り出てみると恐れ多いだのなんだのと中々仲間に入れてはもらえなかったものの、ツィッタ様が「じゃあ私がシルフィー様と組むわ!」と名乗りを上げればクラス全体が「なら私も」と一斉に名乗りを上げたことにより、実験ごとにくじ引きで班を決めることで収束した。その後は私も実験に加えてもらっている。

 

 ツィッタ様、さまさまである。

 ちなみにそのツィッタ様は他の生徒からも一目置かれるほどの私のファンらしく、今まで研究して来た毒草の薬剤への利用方法など、論文で提出したものなんかはすべて目を通してくれているらしい。

 シルファニア国内にしか出回っていないはずの物はわざわざシルファニア王国に居るフィリップ様の親戚に頼んで送ってもらうのだという。おそらくは書いた本人よりも事細かに内容を語ることができるのだろう。


 ツイッタ様いつだって桃色の髪を振り乱しながら、私の知らない私の魅力を語る。

 彼女からしてみれば荒れた手は勲章のようなものらしく、愛おしそうに眺めては「毒草姫と話せるなんて……」と夢心地に呟いてみせた。

 

 

 そんなツイッタ様ではあるが、ただ1つだけ彼女とお友達になったことで困ったことがある。

 それはなぜか王子とツィッタ様は驚くべきほどに仲が悪いのだ。それはもう犬と猿でももっと仲がいいんじゃないかって疑うくらいに。


 ツィッタ様は私とお友達になってから、彼女の父に当たるピソタリア王国の国王陛下から私達の事情を聞き出したようで、これ幸いと王子から私を離そうとする。


 私もそろそろ王子離れとコミュニケーション能力の強化を行おうとしていたところだったから、ここまではいい。ツイッタ様のことだからこのことを口外はしないだろうと絶対的安心感がある。


 だが王子は『婚約者』という最強の盾を片手に、今まで以上に私の側を離れなくなってしまったのだ。

 それもしばらく続いていた同級生達からの誘いをことごとく断るようになった。

 そのせいか私達はツィッタ様以外のほぼ全生徒からは憧れの婚約者認定をされてしまっている。

 王子が私の腕に腕を絡めれば微笑ましい視線を送り、いつのまにか周りから人という人が居なくなってしまっている時もあった。

 

 これでは運命の相手を探すどころではない。

 


「はぁ……」

 私は週でたった一コマだけ存在する1人の休み時間、土いじりをして過ごす。

 何処にいても授業が終わった途端に王子がやって来るのならせめて彼らがやって来ても他人の迷惑にならない場所がいいと結論づけたのだ。

 まぁ、私が若干のホームシックに陥っているというのもある。

 シルファニア王国から持ってきた植物を手入れしているとあの頃を思い出すのだ。


 最近は王子とツィッタ様とフィリップ様に囲まれていることが常となりつつあるが、昔は、学園に入学する前の私は1人であることが多かった。

 毒に興味を持った私はずっと同年代のご令嬢とは馴染めず、だからといって人の輪に入ろうとするわけでもなく、青々とした香りが鼻をつく時間こそが至高だった。


 プチプチと雑草を抜いては捨て、そして葉っぱを間引いていると「おイ」と頭から聞きなれない言葉が降ってきた。

 

「はい」

 顔を上げるとそこには見覚えのない少年が1人。ちょうど私が今しがた世話をしていた植物に成っている実と同じくらい赤々とした瞳をこちらへと向けていた。

 

「こレ、お前のカ?」

 カタコトな喋りの少年が細い割に節ばった指を向けたのは私の与えられた区画に植えてあった花だった。こちらは彼の髪と同じ黄色味がかった白の花をつける。

 

「そうですよ」

「こノ花、俺ニくレ」

「いいですよ。はい」

 初対面ではあったが、少年はどこか焦っているようだったので特に何かを追求することなく彼の手に手折った花を数本握らせた。

 

「後日改めテ礼にくル」

「気にしなくていいですよ」

 区画に植えてある16ある種類の中から、留学中にも必要なものなど4つほどで、残りは土いじりをしてなければ落ち着かないからという理由で持ってきたものに過ぎない。

 その4つだって食用のと、後は眠れない時に枕元に飾るようである。もちろんロクサーヌ屋敷にも植えてあり、そちらの世話は侍女のマーフィーに任せてある。


 必要とする人がいるならその人の手に渡った方が花も幸せだろうと笑って見せると彼はフルフルと首を振った。

 

「俺ハウルイの民ダ。受けタ恩ハ必ズ返ス」

「そうですか」

 どうやら彼はウルイという民族らしい。彼から想像するに真面目か一族なのだろう。ペコリと頭を下げる彼を見送ってから手についた土を水で洗い流す。

 

 蛇口を閉めるとリーンゴーンとピソタリアに来てから耳に慣れたチャイムの音が鳴る。

 そろそろ授業を終えた3人がやって来る頃だろう。


 植物園の隣にいつのまにか作られたベンチに腰掛けているとすぐに口争いをしながら向かって来るツィッタ様と王子の姿が、そして彼女に持たされたのだろう中々の高さを誇るお弁当を抱えたフィリップ様が目に入る。

 

 ああそういえば今日はツィッタ様が手料理を振る舞ってくれる日であったなぁと思いながら、彼らの到着を待つのだった。


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